一月の伯爵日乘&更新履歴
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伯爵日乘
●一月一日(土)・・・昨日はきゃわゆい恋人みるクン(るいう)とのあけおめコールのあとすぐに寝てしまったので、十時には目が醒めた。寒くてお正月らしいよい元日である。朝刊を取り込んで、のんびりと読む。まだ年賀状は来ていない。
昼過ぎ、堀炬燵でテレビを見ていたら不覚にも寝てしまう。一人の年越しなんて本当に久しぶりなので、のんびりし過ぎるσ(^◇^;)。
起きたらもう二時過ぎ。大慌てでシャワーに入って身支度をして、三時前には出発。アルファロメオを出し、甲子園口の近くにある、妹の予備校以来の旧友である極楽OLのりえちゃん宅に急ぐ。そこでりえちゃんと、同じく妹の旧友で僕とは初対面のそこでグラフィックデザイナーぶーちゃんを載せて、更に途中で妹を拾い、JR甲子園口駅北側の99ショップへ回った。
そこで買出しを済ませた女性陣を載せて、もう一度りえ宅へ。今日は四人で新年会なのだ。またしてもたこ焼だが、美味しいからまぁいい。
さて、りえちゃんお手製のすじ肉蒟蒻なども入れたたこ焼、なかなか上出来であった。粉は「業務スーパー」のものが一番いいんだそう。何度も何度も焼いて、かなり長時間食べ続け、全員お腹一杯になってしまった(^_-)-☆。たこ焼は鍋以上に盛り上がるかもしれない。
満腹になって一息ついたら、今度はりえちゃんが人生ゲームを持ち出す。一人暮らしの女の子でこれは珍しいのではなかろうか? こんなゲーム何十年ぶりといった感じだが、昔ながらのボードゲームも多少は今風要素が入っているようで、就職できないとフリーターになったりするので笑える。なんだか僕はやたらと堅実で、全く無借金のままで上がり、清算してみたら二番目の金持ちとなっていた。二順目は同じゲームなのだがボードの上に更に一枚シートをかぶせ、ワールドバージョンとなる。こんなゲームでこんな盛り上がるのが不思議なぐらい盛り上がってしまった(^_^)v。今度は僕の一人がちで、女性陣はみな終始トントン程度だったのに、一人で百万長者になっていた。現実世界でもここまで金儲けがうまいといいのだが(^_^;)。
その段階でもう夜の九時頃だったのだが今度は「筍にょっき」とかいうゲームが出てくる。テレビ番組が元ネタらしいのだが、最近放火されまくっている某間統計ヤンキー量販店にて購入したとのこと。非常に単純なゲームなのだが、これまた信じられないぐらい盛り上がってしまったσ(^◇^;)。みんなのキャラクターによるところが大きいだろう。
まだまだみんな元気だったのだが、十一時は散会する。ぶーちゃんを国鉄甲子園口駅まで送り、妹と甲陽園の実家に帰る。結構深夜だったのだが、まだ両親ともに起きていたので、母に関西風のお雑煮を作ってもらった。大の味噌汁嫌いの僕だが、お雑煮だけは白味噌でないと許せないのである。とても美味しかった。
なんだか最新型のマッサージチェアが入っていたので、三十分もやってしまった。超気持いい♪ 一時過ぎ、実家を出て、一時半には一人の甲麓庵に帰宅。すごく寒い。年賀状が来ていた。しかし喉がとても痛い(≧w≦)。はしゃぎすぎたか、もう治ったと思っていた風邪がぶり返したらしい。
●一月二日(日)・・・朝はちゃんと目覚めたのだが、熱っぽいし喉の調子も最悪である。とうとう本格的に風邪のようである。よって今日はヒロポン、まおびさんらと住吉大社に行く予定だったのだがキャンセルして、おとなしく寝ていることに。
ということで、テレビもつまらないし、新聞は休刊日だしで、退屈するかと思ったら、熱のせいかかなりよく寝てしまった。で、夜目が醒めたらちょっと気分がよくなっている。本当はここで出かけてはいけないのだろうが、ヒロポンと連絡を取って、九時過ぎに梅田に出る。
倒産寸前の阪急東宝グループがやってるぼろい木賃宿、新阪急ホテルのロビーでお茶しているまおびさん、その友の伊予氏、誓英猊下、ヒロポンに合流。結局見世物小屋はなくてお化け屋敷だったとのこと(≧w≦)。まだ喉がかなり痛いのだが、阪急の悪口で大いに盛り上がってしまった(笑)
値段だけはホテル料金だがサーヴィスはファミレス以下の新阪急ホテルは十時にしまってしまったので、あとは梅田をうろうろ。十時半に解散して、新開地に帰る誓英猊下と阪神特急(高速神戸行きなのに山陽5000系であった)に乗って帰宅。風邪薬を飲んで寝る。
●一月三日(月)・・・まだ風邪が治りきっていない。よって夕方までは寝て過ごした。
夕方四時過ぎに家を出て、直通特急で梅田に出る。まだ「ムジカ」は正月休みなのだが、既に大変な人出である。でも堂島地下センターはまだ開いていない店も多い。
アバンザ堂島の地下一階のセルフサーヴィスのカフェで、ヒロポンと合流。2005年の銀聲舎と伯爵の年間目標を「処女歌集を出す」ということに決めた。実際これは達成しなければならないことである。
六時で閉店、これは正月三日だから早仕舞いということらしい。ヒロポンとちょっとぶらぶらしてから、梅田で解散、阪神特急で帰宅する。
そのまま車を出して、武庫川右岸道路を疾走、宝塚へ向かう。今日は懇意にしている映画監督草野陽花氏と、朝日新聞の千種記者と三人で新年会なのである。
武庫川沿いの「タイムズ」に車を入れる。おそらく旅館のあとだろう。元々温泉街だったこの辺り、もう宝塚温泉の名残は殆ど何も残っていない(T_T)。ともあれ、そこから歩いて五分ほど、宝塚南口駅から山手側に広がる古いお屋敷街の中にある、「小林バー」というかなり渋いバーに入ると、二人は既に到着してて、かなり飲んでいたσ(^◇^;)。滅茶苦茶盛り上がって、途中から千種夫人も合流、更に盛り上がりまくる(^_-)-☆。このバー、オレンジジュースもグレープフルーツジュースもちゃんと生のをその場で絞ってくれる。さすがという感じでとても美味しい(^_^)v。
十時半頃に場所を変えようということになり、今度は旧温泉街の雑居ビルに入っている「クリア」というスナック?に入る。ん〜、スナックでいいのだろうか? 飲み屋には疎いので何ともいえないが、結構大勢の女の子(ホステス)が働いている。かといって北新地や祇園にあるような「クラブ」ではないし、行ったことないけどキャバクラのような下賎なイメージでもないし…(^_^;)。
ともあれ、そこで「二人で付き合ってる」という女の子たちがついてくれて、またしても騒ぐ。僕が十一歳年上なのだが、その僕から見ても二人ともすっかり酔っ払いのおっさんであったσ(^◇^;)。喉がまだいたいのだが、僕もカラオケで二曲ほど唄わされた。
十二時にはお開きに。「クリア」が「タイムズ」のまん前なので、アルファロメオで千種夫妻と草野監督を送り、また武庫川堤防道路を飛ばして甲麓庵に帰宅すると、風太がやってきて課題をやっている。十二時半頃であった。
一時頃に風太とまた車で出発、豊中へ向かう。途中空港前走井交差点で王将に入り、今日最初の食事。実は何も食べていなかったのだ。で、餃子、天津飯、エビマヨなど食べると、深夜というのに超満腹になってしまった…。
そのままスーパー銭湯「五色湯」に行く。風太お気に入りのスーパー銭湯である。正月三日のせいか、深夜二時半なのにかなり混んでいた。ここは天然温泉ではないが、風太共々一時間あまりたっぷり寛いでしまった。
帰宅したらもう四時。風太に肩をもんでもらったら無茶苦茶いい気分になったので、軽くミクシィしてすぐに寝た。
ネットで拾った情けない芸術家のニュース⇒![]()
●一月四日(火)・・・なんと、十時間も寝てしまったσ(^◇^;)。風太は先に起きていて、洗濯をしてくれている(T_T)。ありがとう(≧w≦)
今日は非常にのんびりした一日。何しろ起きたのがもう夕方近かったので、すぐに夜になる。中耳炎はもうあまり気にならなくなり、これだけ寝たら風邪もかなりましである。
七時過ぎ、風太が業務スーパーを覗いてみたいというので、車を出して今津の業務スーパーまで行く。歩くとちょっとあるのだが、車だと本当にすぐ。非常に安いので、僕も色々買い込んでしまった。風太なんて京都に帰るのに、二キロ以上もあるたこ焼ソースなど買い込んでいた(^_^;)。
八時には帰宅、そのまま出かける仕度をして、風太と二人、九時前には出発、特急に乗って梅田に出る。「ムジカ」に入ると、八歳児ことあきとくんが先に入っているので、合流して三人で十時まで優雅にお茶を楽しむ。マスターとは新年のご挨拶を。
閉店で店を出ると、かなり寒い〜。三人で堂山のツタヤ書店に行き、ビデオコーナーをぐるぐる回る。それから風太の希望で「梅たこ」へ行き、たこ焼を食す。ソースが品切れで醤油味にしたが、意外に美味しい。それにしてもこの時期に屋外で食事することになろうとは!! アーケード街の中だったので思ったほどは寒くなかったが。
十一時に泉の広場地上で解散、お京阪で帰る二人と別れ、阪神梅田で旧友の山下と合流、一緒に直通特急に乗って甲子園に戻り、そのままアルファロメオを出す。西国街道の「フォルクス」で僕はお茶、山下は食事をする。
一時には店を出て、山下を送ってから帰宅。
芦屋にこんなレストランができるらしい⇒
。元の電話局で、1929年の建物である。よいことだ。
しかし大ショックなニュースも。
横浜・山手のシンボル、聖公会礼拝堂ほぼ全焼
4日午後6時10分ごろ、横浜市中区山手町の横浜山手聖公会の礼拝堂から出火し、鉄筋コンクリート造り一部地上2階地下1階建て同礼拝堂など延べ約460平方メートルをほぼ全焼した。
牧師の岡野保信さん(55)が両手に軽いやけどを負った。
横浜市消防局などの調べによると、礼拝堂内の事務室付近から煙が上がっているのを、岡野さんの妻(48)が見つけ、119番通報した。山手署などで出火原因を調べている。
同聖公会は、観光スポットとしても知られる外国人墓地や元町公園に隣接。アメリカ人建築家J・H・モーガンの設計で、中世ゴシック様式の外観で知られる。1931年に建てられ、1990年、市の歴史的建造物に認定された。
近所のフランス人会社員リュック・シャバナルさん(40)は「とても穏やかになれる礼拝堂で、山手のシンボルだったので残念」と話していた。
(読売新聞) - 1月4日23時7分
何ともはや、新年早々大変なバッドニュースである。もったいない。
●一月五日(水)・・・昼前には起きた。体調はかなりよい(^_^)v。しかし冷え込みは厳しいようだ。
今日は会う予定のみるクン(るいう)からなかなか連絡が来ない。二時過ぎに「今起きた。だから四時前に行く〜♪」とメールが入ったので安心してまっていると、結局来たのは五時半(≧w≦)。去年の暮れ、時間があまりにもルーズだということで喧嘩になったところのなのに、新年初デートからこれである…o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!
ともあれ、何しろ随分久しぶりなので、まずは茶の間でごろにゃんとまったり過ごす。可愛い(^_^)v
七時半頃、みるクンと出かける。丁度特急が出るところで、特急に続いて発車する急行に何とか乗ろうと必死で走ったらすごく疲れてしまったσ(^◇^;)。何とか急行には乗れたので、八時前には梅田に到着。そこで韓国帰りのゆずひこ少年と合流し、「ムジカ」に向かう。今日は僕ら三人のほか、ミクシィで僕がやってる「ムジカの紅茶」コミュニティ(まぁ同好会のようなもの)で知り合った人たちも来て、突発的ミニオフ会をしようということになっているのだ。
店内に入ると、早速目印である僕の黒マントに気付いた出石君が声をかけてくる。出石君のお友達のはと女史も一緒である。
早速一番奥の大テーブルに陣取って、五人でお茶会。しばらくして、出石君の親戚のミスター氏もやってくる。初対面同志が多かったのだが、みんなお茶好き、「ムジカ」好き同士なので、すぐに打ち解けて非常によい雰囲気のお茶会になった(^_^)v。とても楽しく、十時までお茶した。ゆずひこからは韓国のお土産も貰う。
バイクのミスター氏と「ムジカ」前で別れ、あとの五人で梅田まで歩く。ゆずひこと阪神梅田で別れ、阪急組の出石君とはと女史を阪急梅田まで送り、僕とみるクンはHEPナビオとHEPファイブの間にある風太お勧めの「北野屋食堂」に入る。やたら量が多いので有名な定食屋である。二人とも鶏南蛮定食を頼むが、ものすごい量σ(^◇^;)。必死になって食べたが、わりと美味しい。
十一時半頃の急行で一緒にもどる。帰宅前にツタヤに寄って映画を借りた。みるクンは今夜はお泊りである♪
ということで、夜中だが、二人でアントニア・バード監督の「司祭」鑑賞会である。プロテスタント(英国国教会)が主流の英国にあって貧しいアイルランド系住民が多いゆえにカトリック教徒も多いリバプールを舞台に、ゲイであるカトリック神父グレッグ師の苦悩を描くこの作品については既にこの日記でも何度か書いているが、英国やアイルランドやキリスト教についての予備知識がないときちんと読み取れない映画である。途中時々ビデオを停めて解説しながらの鑑賞となったが、先月のクリスマスイブの深夜礼拝に一緒に参列していたこともあって、みるクンの理解は正確に深まったようであった(^_^)v。彼もとても喜んでくれたので、僕も嬉しい♪
●一月六日(木)・・・昨夜寝たのは五時頃。よって僕はお昼には目が醒めたのだが、みるクン(るいう)はこっちが起こす三時まで爆睡していた(^_^;)。冷たい雨で寒いが、家の中に二人でいると暖かい。今日は予定を入れていないので、二人でのんびりと過ごす。みるクンは台所を片付けてくれたり、お風呂を掃除してくれたり。とてもきゃわゆい(≧w≦)
夜九時半頃に一緒に出かけると、雨はやんでいる。ダイエーに行ってディッパーダンのクレープを食そうとすると、なんとオーダーストップo(`ω´*)oプンスカプンスカ!!。仕方ないので地下二階に下りて、色々お惣菜やお寿司、そして七草粥セットなど買って帰宅、一緒に食す。
十一時前、アルファロメオを出してみるクンをみる邸まで送ってあげる。うちからは片道十分ぐらいである。そのまま帰宅。
●一月七日(金)・・・旧友の山下と朝から出かける予定だったのだが、起きたらもう十一時だったσ(^◇^;)。それからやってきた山下と山下の車で出発、武庫川ランプから阪神高速に乗り、一路三重県を目指す。寒いがよい天気である。阪神高速の神戸線から環状線、松原線と走り、松原ジャンクションからに使命犯自動車道に入り、天理インターチェンジからは一般国道ながら殆ど高速道路の様式で作られている名阪国道25号線を疾走する。亀山インターチェンジから東名阪自動車道にちょっとだけ入り、四日市インターチェンジで降りる。今日は先月のクリスマスに引き続き、イタリアより一時帰国中の藤井女史に会うことになっているのだ。
四日市インターからわりとすぐのところに藤井邸があるので、早速女史と合流。正午に甲麓庵を出たのに、なんと二時間半で着いてしまった。次の予定は七時半に名古屋駅で藤井女史の友人、小泉女史と合流である。ということで、鈴鹿遊園地、湯ノ山温泉、長島スパーランドなど色々意見は出たのだが、どれも時間的に中途半端なので、とりあえずそのまま名古屋に向かうことにした。
名四国道23号線に入り、一路名古屋を目指すが、平日のこととて結構混んでいる。それでも三十分ほどで桑名市に到着、国道をそれ、旧市街を走り、東海道の七里の渡し(江戸時代東海道は名古屋・熱田神宮から桑名までの七里は海路だったのだ)の船着場のすぐ近くにある、六華苑に入った。前々から一度訪ねてみたいと思っていたのだ。
立派な長屋門で300円なりを支払って中に入ると、広大な庭園。聞きしに勝る大邸宅である。ここは桑名の山林王二代目諸戸清六の邸宅として、あのジョサイア・コンドルの設計で大正二年に竣工した、西洋館と和舘が並立する典型的な明治の富豪邸宅である(竣工は大正だが)。コンドルといえば明治初期にお雇い外国人として来日して以来、帝国大学造家学科(東大建築学科)の基礎を築き、辰野金吾、片山東熊ら日本の建築家の第一世代を育てたことで有名な建築家だが、岩崎邸はじめ錚々たる貴紳顕官の邸宅を建て続けたコンドルが、晩年に地方地主の邸宅を引き受けていたとは面白い。それにしてもよく現存したものである。
揖斐川に面していてとても寒いのだが、まずはぐるっと周囲を巡る。蔵や離れがあるうち庭も侘びた風情があって渋いが、南側の池泉回遊式の大庭園は実に見事であった。
そしていよいよ内部に入る。再建された内玄関から入り、まずは蔵を抜け、離れを見て回る。それから一旦内玄関に戻り、今度は反対側の本館に入る。こちらは広大な数奇屋の和舘から見る。主人用の今も次の間まで会ってとても広い。廊下も家人・来客用の畳廊下と使用人用の板張り廊下に分かれている。しかし、この厳寒期に暖房の入っていない室内を見て回ると、日本家屋がいかに夏向けに立てられているかがよくわかる。つまりとても寒い(≧w≦)。
そして最後にいよいよ、四階建ての円形望楼を持つネオルネサンス様式の洋舘を見る。戦後は住居としては使われなかったそうなので家具類はあまり残っていないが、タイル、暖炉、天井の刳り型装飾など見所は多い。三人とも満足して、非常に時間をかけて見てしまった。
抹茶とお菓子で300円だったのだが、その営業はなんと三時半まで。閉めるの早すぎであるo(`ω´*)oプンスカプンスカ!!。既に四時半を過ぎていたので、断念して旧諸戸邸をあとにして、山下の車に戻る。僕の運転で出発して、23号線を一路名古屋に向かう。そろそろ暗くなってきた。
六時には中心部に到着。まずは太閤通に抜けて、中村遊廓を車でぐるぐる。牛若楼の前も通る。駅前銀座通を名古屋駅方面に走り、途中にあったコインパーキングに車を入れ、あとは名古屋駅まで歩く。小泉女史との待ち合わせまでまだ一時間半あったので、中央コンコースを桜通側まで歩いて、高島屋名古屋店に入る。デパートマンである山下が見たがったのだ。地下に下り、まずは「赤福茶屋」で善哉と抹茶のセットを食す。デパートの中の茶寮にしてはとても安くて美味しかった。
それからワイン売り場でイタリアワインの赤を一本購入、エスカレーターで一番上まで上り、各階をざっと見て回る。一階に下りて、また太閤口まで戻り、そこで小泉女史と待ち合わせである。
約束の六時半きっかりに東京から小泉女史がやってくる。食事はどうしようと話し合って、結局また高島屋に戻り、山下の知人がいる中華料理屋さんに入ったのだが、ここがものすごく美味しかった。鮑と海鼠の煮物、鱶鰭と蟹のスープなど、大御馳走が出て、四人とも大満足。ゆったりと閉店の十時まで寛いでしまった(^_^)v
それから太閤口を出て、寒い中を中村方面に歩き、名古屋唯一のミニシアターと同じビルに入っているアートカラオケというカラオケボックスに入ったら、外扉が一枚扉なのに籠扉は二枚重ね片開き扉という非常に珍しいエレベータであった。エレベータオタクを自任する僕だが、こんなのは初めて見た。
そこで二時間ほど唄いまくる。世代が近いので、大体唄ってる歌が判るのがよかった。
で、その近くのコインパークに停めてあった車に戻り、僕が運転して小泉女史を弥富の実家に送り、更には藤井女史を四日市の実家まで送る。あとは霧雨が降ってきた中、亀山まで裏道を抜け、そこから名阪国道に入る。
途中針パーキングエリア(道の駅「針テラス」)で二時間ほど寝てしまったが、そこから運転を山下に交代して、五時頃には甲麓庵に帰着した。疲れたが楽しかった。
●一月八日(土)・・・ヒロポンから一時に難波に来いといわれていたのだが、起きたらもう二時(≧w≦)。どうしようもないので、夕方から合流することにして、書斎に籠る。
夕方、きゃわゆい大好きなみるクン(るいう)から会いたいとメールが入るので、一緒に行くことに。甲子園駅のホームで合流し、そのまま急行に飛び乗って梅田に出る。
ヒロポンとの合流まではまだ少し時間があったので、二人でジュンク堂書店大阪本店に入り、建築、造園関係の本など見る。昨日行った六華苑がでている本も見つけた。
ヒロポンから「ムジカ」についたとの連絡が入ったので、みるクンと行く。ジュンク堂からはすぐである。着いたらヒロポンのほか、マムコと篠原詮女史もいて、年始の挨拶を。
あとはいつもどおり、死ぬほど濃い会話を閉店ぎりぎりまで楽しんだ。
十時に店を出て、淀屋橋からお京阪電車に乗るマムコとは店の前で別れ、残る四人で寒い寒い中北新地を抜けて阪神梅田で解散。僕とみるクンは阪神電車に乗って甲麓庵に戻る。でももう遅いので、すぐに車を出して、みるクンを家まで送ってあげた。そのまま帰宅。
●一月九日(日)・・・寒い日曜日である。今日から十日戎が始まるが、やっぱりこの祭は寒くないと雰囲気が出ないから、いい感じ。夕方まで用事はないので、書斎で書き物など。
午後四時頃、みるクン(るいう)がやってくる。今日もとてもきゃわゆい(≧w≦)。今日は朝七時に目覚ましもなしに起きたそうで、天変地異でも怒らないか心配になったσ(^◇^;)。
家でごろごろして、六時前に二人でアルファロメオで出発、中津浜線を北上し甲東園を目指す。駅の近所のコインパーキングに車を入れて、西宮市役所甲東支所ビルの第一厨房でまおびさんと合流、僕も軽くお腹に入れようと不味いホットドッグなど食べる。今日は三人でダンスリー・ルネサンス合奏団のコンサートなのだ。
開演二十分前になったので、四階に上がり甲東ホールに入る。ここが今日の会場なのだ。ここは初めてで、市役所の支所の中のホールなんてどうしようもない多目的ホールだろうと思ってたら、意外と音楽専用ホールになってて、内装も音響も悪くない。公共施設が何もない四十五万都市西宮なのだが、330席でパイプオルガンもないものの、まぁましなホールであった。
とにかく、関西人でよかった。ダンスリー・ルネサンス合奏団とコレギウム・ムジクム・テレマンの演奏をいつでも生で聴くことができるのだから。恐くアジアで最高水準といっていい古楽の楽団を二つも擁するわけで、古楽マニアにとって関西圏以外に住むことなど考えられない。
今日のコンサートは隔月例会「コンセール・ビメストリエ」の九十七回目である。この回数だけ見ても、この楽団の歴史がしのばれる。東京ではそんな時代に古楽の楽団など考えられないことだったはずである。関西の文化度の高さを示す好例の一つといえよう。
今回は題して「ルネサンスの好色一代男 フランソワ一世 音楽物語」である。Texte1〜6までに分けられ、それぞれに代表者であるリューティスト岡本一郎氏の夫人であるマリヴォンヌ岡本女史の語りが入って、ユーモラスに進めれた。演奏される曲は器楽曲とソプラノソロが入るものがほぼ半々、全てフランスの作曲家(イタリアからの移民も含む)で揃えられ、実に典雅な雰囲気。大昔からルネサンス音楽が大好きながら生で聴くのは初めてというまおびさんはもう大感激しているし、みるクンも「とても楽しかった〜♪」と喜んでいた。コレギウム・ムジクム・テレマンのコンサート同様、客層も非常に上品で、如何にも阪神間らしい(^_-)-☆
九時頃に終演、コンサートの余韻に浸りながら駐車場まで歩き、三人で関学前から伯爵の実家付近を経由して、満池谷から万葉苑筋を下り、十日戎の宵戎である西宮神社に向かう。が、何しろ三日間で百万人以上の人出を誇る、わが国屈指の大祭であるので、付近は車で入れないし、駐車場もないし、殆どの道が路上駐車で一杯である(≧w≦)。結局43号線より南側に回って、浜脇公民館の近くに何とか車を停めることができた。
そのまま歩いて西宮神社に。全国に戎神(明治以降に作られた、何の伝統もない国家神道では蛭子命もしくは事代主命とされる)を祀る神社は数多あるが、その総本宮がこの西宮神社であり、例えば大阪の今宮戎神社の「今宮」とは「今西宮」の意であり、つまり今風にいうと「新西宮」ということになる。京都にも「今熊野神社」があるように、昔は一般的な言い方だったのだ。
既に十時頃だったが、日曜日でしかも明日も祭日ということもあり、相当な賑わいである。いつもは阪神西宮駅から歩くので、いきなり南側からアクセスすることは僕にとっては珍しい。鯛焼など食べつつそぞろ歩き、重要文化財である赤門から境内に入る。本殿脇の西宮神社会館にいき、受付で旧知の吉井貞俊前権宮司にお目にかかりたい旨伝えたら、なんと去年三月で第一線を退かれたので、昨年までのように常時会館に待機して賓客の接待に当たられているわけではない由(≧w≦)。日本古代史、中でも神祇祭祀の研究をしている学者であるまおびさんと学者神主として名高い権宮司は是非とも紹介したかったので、とても残念であった(T_T)。
仕方ないので会館を辞去し、そのまま拝殿、本殿を通り、神楽殿、摂社群を見て、露店を冷やかしながら広大な境内を巡る。見世物は今年も本格的な見世物小屋ではなく、お化け屋敷であった。
南門から境内を出て、車に戻る。既に十一時近いので、まずはみるクンをみる邸に送り、そのあと一旦甲麓庵に戻り、まだ渡していなかったみんなからの誕生日プレゼントをまおびさんに渡す。みぜらが長い帰省からやっと帰ってきてくれた(≧w≦)
それからまた車を出し、国鉄甲子園口駅までまおびさんを送り、そのまま帰宅した。
今日の訃報。
訃報:小森和子さん95歳=おばちゃまで人気の映画評論家
「おばちゃま」の愛称で親しまれた映画評論家の小森和子(こもり・かずこ)さんが8日、呼吸不全のため東京都港区麻布台3の3の9の601の自宅で死去した。95歳だった。密葬は近親者で済ませた。喪主は養女晴子(はるこ)さん。
東京都出身。貿易商の二女に生まれ、高校卒業後、中央公論社の見習記者、外国商社勤務を経て、40歳の時に当時「映画の友」編集長だった故淀川長治さんの勧めで映画批評を書き始めた。ジェームズ・ディーンを敬愛し、シャーリー・マクレーンら多くのハリウッドスターと交流した。
髪を染め派手な衣装に身を包んだ外見と、独特の軽妙な語り口はテレビでも人気を集め、バラエティー番組へのゲスト出演も多かった。「おばちゃま」「モアベター」などの言い回しは流行語にもなった。一方で、文壇人やハリウッド男優らとの交際も赤裸々に語り、恋愛遍歴をつづった自叙伝「流れるままに、愛」などの著書もある。92年には私財3000万円を「日本映画振興のために」と松竹に寄贈した。
十数年前に仕事をやめ、自宅で療養しており、晩年は体調を崩して外に出ることは少なかった。
毎日新聞 2005年1月9日 19時45分
明治生まれの方が亡くなるたびに同じことを書くが、明治がどんどん逝ってしまってとても寂しい。テレビニュースによると七年前に淀川長治氏の葬儀に参列したのが公の場に出られた最後だそうで、パーキンソン病を患っていらっしゃったとのこと。
●一月十日(月)・・・起きたらもう午後(≧w≦)。慌てて身支度を整えて、みぜらは留守番にして出発、直通特急で西宮駅に急ぐ。
阪神百貨店内のぼったくり紅茶店「レピシエ」前で天女さんと合流、今日は祭日で本戎なのでものすごい人手の中、今日も西宮神社を目指す。赤門に入る手前から、既にもう満員電車状態でえらいことであるが、何とか境内に入り、人並みに揉まれつつ西宮神社会館を目指す。途中放射能汚染で人類滅亡を目論む悪徳ヤクザ企業関西電力が梅昆布茶を配っているので一杯貰ってやって飲んでやった。
何とかかんとか神社会館にたどり着き、受付で尋ねると、吉井権宮司は二階の大広間で来客の接待中とのこと。二階に上がって大広間に入り、昆布茶と和菓子を出してもらって待つことしばし、前権宮司がいらっしゃる。天女さんを権宮司に紹介して、早速作品を色々拝見する。豆本、巻物、いつ見てもすごいものばかり、全部権宮司の自作である。絵画としてもだが、記録的な価値も非常に高い。
権宮司とお話しするうちに、人ごみに揉まれつつきゃわゆいみるクン(るいう)が登場、権宮司に紹介し、早速巻物など見せてもらう。そうこうするうちにゆずひこ少年もやってくる。
天女さんがお神楽を習いたいと言ったことから、権宮司が神楽の先生を紹介して下さることになった。で、善は急げと神楽殿へ向かうのだが、境内は押し合いへし合い押し競饅頭状態である。そこで社務所の中を通り、裏へ回り、出たところはなんと本殿の神前廊下であった!! 主祭神である蛭子命はじめ三柱の神さんが祀られている本殿のまん前を突っ切っていくのだ。拝殿から大勢の人が僕らの方を見て賽銭を投げ、拍手を打っているσ(^◇^;)。何ともはや、ものすごい体験であった。
無事神楽殿に到達。御影雅楽会の方に紹介して頂き、もう一度拝殿に戻ろうとまたすごい抜け道を権宮司に案内して頂く。本当に面白い方である。
そこで権宮司とはお別れし、僕らは境内を人の流れに沿ってそぞろ歩く。南門から出て、そろそろタイムアウトの天女さんを阪神西宮駅のバスターミナルまでお見送りして、僕らはもう一度境内に戻る。ぐるっと回るが、さっきよりは人ごみは若干ましになっていて、たこ焼や銀杏などを食べる。
相当に寒くなってきたので阪神西宮駅から特急に乗って三人で甲麓庵に帰宅するが、みぜらは神戸でイベントとかで留守。お菓子など食べて過ごす。
八時頃、ゆずひこ少年が帰る。僕とみるクンは十一時頃までまったりごろにゃんと寛いでから、車でみる邸まで送ってあげた。盛り沢山で楽しい一日だった。
今日のニュース。
ハウルの動く城:
海賊版DVD販売、露天商逮捕 兵庫県警
兵庫県警は10日、上映中の宮崎駿監督の人気アニメ映画「ハウルの動く城」などの無断複製DVDを販売するなどしたとして、同県姫路市佃町、露天商、大塩盛嘉容疑者(35)を著作権法違反容疑で現行犯逮捕した。
調べでは、大塩容疑者は同日、「十日えびす」の祭りでにぎわう西宮神社(同県西宮市)の露店で、販売目的で無断複製のDVDを所持していた疑い。警戒中の西宮署員が発見し、約1000枚を押収した。「ハウルの動く城」のDVDはまだ発売されておらず、同署は映画館で隠し撮りされた可能性があるとみている。【服部陽】
毎日新聞 2005年1月10日 22時19分
昨日「確かに日本橋とかの露店では細々と海賊版売ってるけど、こんなメジャーな祭で堂々とあからさまな犯罪商品を売っていていいのか?」と話したところなのだが、やはり早速逮捕されたようだ。いくらなんでも欲張りすぎた、愚かなやつである。因みにまおびさんによると「ハウル」は駄作だったそう。僕はキム卓が声というだけで金を出してまで見る気にはならない。
●一月十一日(火)・・・寝たのが朝の八時だったので起きたら二時過ぎ(^_^;)。ということで今日も慌てて身支度をして、三時過ぎには出発。みぜらは留守番である。
急行で梅田に出て、大阪ヒルトンインターナショナルホテルのロビーで今日も和装の天女女史と合流、そのまま「ムジカ」へ向かう。今日はこれから神戸新聞の平松女史から「性の用語集」の記事でインタビューを受けるのだ。
四時丁度に「ムジカ」に着いたが、僕らの方が先に到着してしまったようだ。十分ほどして平松記者とカメラマンの山崎記者が到着、梅田から迷ってはったそうσ(^◇^;)。早速に「性の用語集」についてインタビュー開始。大いに語りまくった。途中「日が暮れる前に」ということでインタビューを中断、一階に下りて前庭で写真撮影になる。黒インヴァネスコートに片眼鏡という非常に不気味なスタイルでばしゃばしゃ撮りまくられてしまった(^_^;)。山崎記者はそれで退場。
また店内に戻ってインタビューの続き。途中で「阪急梅田から道に迷って四十分もかかってしまった〜」といいつつ、大好きな恋人のみるクン(るいう)が登場した。そういうドンくさいところがまたとてつもなくきゃわゆい(≧w≦)。
五時五十分頃にインタビュー終了。次回甲麓庵歌会も取材して頂くことになった。四人で梅田まで歩く。ヒルトンプラザウェストで平松女史と別れて、三人で毎日新聞大阪本社を目指す。今日はこれから糸瓜句会なのだ。途中初めてハービスエントの中を通るが、なかなか綺麗なデザインで新しい建物にしてはいい感じに作ってあるので感心した。
で、六時過ぎには毎日新聞社に到着、受付を経ていつもの十一階教養室に入ると、既にかなりの皆さんが集まっている。天女さんは初参加。今日は新年歌会ということでいつもとは違い、席題はなしで、まずは事前提出済みの詠草から天地人を選句するとのこと。早速選句にかかるが、詠草が多くて結構大変。
七時は全員で下に降りて、国鉄環状線福島駅を目指す。そして環状線に一駅だけ乗って、野田で下車。俄か吟行で、野田戎神社に行くのである。一昨日昨日とえべっさんの本家本元である西宮神社に行って、今日は野田戎、期せずして十日戎の三日間全てに行くことになってしまったσ(^◇^;)。クリスチャンなのにねぇ。
地下鉄玉川駅付近から十日戎の堤燈が飾られていて、狭い参道に入ると両側にびっしり屋台が並び、かなりの賑わいである。大阪の戎神社というと今宮戎や堀川戎が有名だが、あちこちにあるらしい。更にいえば、戎神をメインに祀っているところ以外でも、境内摂社に戎神社があるところでも西日本では十日戎を盛大にやるところが多い。ということで、この野田戎は全然知らなかったのだが、大阪市域に編入される以前、「野田藤」で有名だった頃の村祭の雰囲気を今に残していて、なかなかによい風情であった。七時十五分に解散、一時間の吟行(二句提出のこと)となったので、銘々各々に参道をそぞろ歩き、戎神社を目指す。
神社は可愛らしい小さな神社だが、無住ではなく住込み専従の宮司もいて、氏子も多いようだ。大きな神輿、地車もあり、がんがんと祭囃子を生演奏している。僕、みるクン、天女さんもそれぞれ手帳を出して、せっせと句作に励んだ。
それにしても、この三日間を毎日祭に来て、かなりの数の男子高校生を見てきた。テキ屋もいれば、当然参拝客にも大勢いる。今までの僕なら、「あの子が可愛い、この子も可愛い」と目移りしていたろうに、今年は全然それがない。というか、「これだけ大勢男の子を見ても、みるクン並みに可愛い子なんて全然いないなぁ」と、わが恋人の可愛さをつくづくと感心し、再認識した次第である。天女さんにそういうと、「みるクンみたいに品のある子はそうざらにはいないでしょう」と僕の意見に賛同してくださったので、恋人の欲目ではなく、客観的に見てもそうなのだろう。とても嬉しい♪
八時十五分にまた参道入口に集合、みなで駅まで歩き、環状線に乗る。そこで残念ながら天女さんはタイムアウト、そのまま帰ることに。僕らは福島駅で下車、高架下のいつもの「へそ家」に行くと、残念ながら満席(≧w≦)。なのでその向かいの「とり藤」にて新年会&句会である。忘年会もすごかったが、今回も滅茶苦茶盛り上がった(^_^)v
ということで、僕の詠草。
武張る手に活く一輪の寒椿
七草粥の湯氣の向かうに君笑みぬ
初春や湯船に泡の二つ三つ
少年と冬眠醒めぬままをりぬ
以上四句である。兼題は「寒椿」「初春」「冬眠」で、「七草粥」は当季雑詠である。今回は全ての句に票が入って、一句目は天にも入った(^_^)v
更に野田戎神社での当日詠は
初囃子聽きつつ社殿の裏を打つ
息白く露店冷やかす初戎
の二句。
明日も学校だし昨夜殆ど寝ていないというみるクンが途中で帰るので、僕も店の外まで送っていった。名残惜しい(T_T)
そしてお開き後も何人か残ったので、いつもどおり草太氏の発案で二次句会になったσ(^◇^;)。題は季語ではなく「初」で、僕は
初戀も遠く不惑の去年今年(こぞことし)
と詠んだらそこそこ評判がよかった。
ということで、十一時十五分ぐらいに解散。阪神福島駅に着いたら丁度急行が出たところだったので、一旦梅田に出てから折り返しの急行に乗った。十二時前には帰宅。みぜらは早くも寝ている。
●一月十二日(水)・・・滅茶苦茶寒い。いよいよ一年で最も寒い季節の到来である。午前中は霙が降っていた。
ということで、ぬくぬくと寝て、あとは書斎に籠る。平和な冬の一日であった。
八時過ぎ、出勤するみぜらと一緒に出発、直通特急で梅田に出る。駅のホームでみぜらと別れ、僕は一人で「ムジカ」に行く。マスター夫妻によると、昨日のコレギウム・ムジクム・テレマンは空いていたとのこと。
閉店で店を出て、寄り道せずに梅田へ戻る。ダイエーに寄ってから帰宅。
それにしても、今日は笑える出来事があった。郵便で、風太の大学の図書館から風太宛に「督促状」と書いた封書が届いたのだ。封筒に「督促状」と書くのもすごいが、今出川の風太邸ではなく甲麓庵に届いたということは、彼が入学以前に何か借りていたのだろう。そしてお役所仕事で、図書館側は風太が自学の学生になって現在京都在住であることを把握していないのであろう。
風太と八歳児とみるクン(るいう)にどこからかは書かずに「風太に督促状が来てる」と携帯メールで知らせると、三人とも「振り込め詐欺か?」という反応だったのも笑ってしまった。ともあれ、問題の督促状は土曜日に風太に渡すことになった。
今日の変質者。
児童ポルノ:DVD販売目的所持の容疑、会社員を逮捕
児童ポルノのDVDなどを販売目的で隠し持っていたとして、警視庁保安課と綾瀬署は11日、千葉県我孫子市岡発戸、コンピューター設計会社社員、松本智弘容疑者(27)を児童買春・児童ポルノ禁止法違反(提供目的所持)で、静岡市清水三俣、部品会社社員、岩浪一雄容疑者(24)をわいせつ図画販売目的所持容疑で逮捕したと発表した。
調べでは、松本容疑者は7日、自宅に女児のポルノ映像をまとめたDVD1枚を販売目的で所持。昨年9月には、ネットオークションで大田区の男性会社員(36)にわいせつDVDを販売した疑い。岩浪容疑者も同日、同じ目的で同様のわいせつDVDを自宅で所持した疑い。【合田月美】
毎日新聞 2005年1月12日 15時52分
実刑を食らわせてやるべきだろう。
んでもって今日の言論の自由の危機。
NHK特番:民衆法廷の主催者が抗議声明 NHKを批判
旧日本軍の慰安婦問題を裁く民衆法廷を扱った特集番組をNHKが01年1月に放送する直前に、当時、官房副長官だった安倍晋三・自民党幹事長代理が「公正中立な立場で放送すべきだ」などとNHK幹部に指摘していた問題で、中川昭一・経済産業相もほぼ同内容の指摘をNHK幹部にしていたことが分かった。
民衆法廷を主催した市民団体「VAWW−NETジャパン」の西野瑠美子共同代表らは12日、NHKや安倍氏らにあてた抗議声明を発表後に会見し、「NHKは裁判で政治介入はないと主張し、偽証を続けていた。怒りとともに報道機関としてのNHKに大きな危機感を覚える」と話した。また、東京高裁から17日に予定されていた控訴審の結審の延期も検討しているとの連絡を受けたことを明らかにした。【NHK問題取材班】
▼中川氏のコメント 公正中立の立場で放送すべきであることを指摘したものであり、政治的圧力をかけて中止を強制したものではない。また、(NHKによる)説明の前後における番組制作の経緯については関知していない。
■「NHKは襟をただせ」田中早苗弁護士
放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送番組委員会副委員長を務める田中早苗弁護士の話 民衆法廷の判決が放送されなかったのはいかにも不自然だと思っていた。NHKは「編集権」を掲げているが、問題なのは政治的な圧力があって屈したのではないかと視聴者に疑われてしまうことだ。この点は、政府と対立した場合、対決姿勢を鮮明にする英国放送協会(BBC)と大きく異なる。公共放送だからといって、政府や政治と緊張関係を持ってこなかった責任は大きい。NHKは襟をただすべきだ。
毎日新聞 2005年1月12日 21時28分
ネット右翼どもはそれでも自民党を支持するのだろう。ファシズム前夜のドイツとそっくりな衆愚状態が進行している。
本日のゲイ心中?!
男性2人が練炭自殺か 神戸と長野の少年?
12日午前10時35分ごろ、兵庫県明石市野々上のホテル浴室で、若い男性2人が死亡しているのを明石署員が見つけた。浴室内には燃え尽きた練炭があり、同署は2人が自殺したとみて調べている。2人は10代半ばとみられ、宿泊者名簿などから神戸市内と長野県内の少年とみられる。
調べでは、2人は浴槽の中と外で倒れており、浴室は粘着テープで目張りされていた。チェックアウトしない客を不審に思ったホテル従業員が近くの交番に通報した。
ホテルによると、2人は11日午後6時半ごろにチェックインしたという。
(共同通信) - 1月12日13時55分更新
とのこと。朝日の夕刊によると15〜6歳ぐらいだったとあるし、ホテルってラブホだろうし、すごくゲイゲイしい。
また、今日は以下の売専殺人事件の判決も出ていたのだが、まだネットをいくら検索しても出てこない。
「愛媛は死体揚がらず」 ゲイバー店員遺棄場所
大阪市のゲイバー店員口元翼さん=当時(19)=が殺害され、愛媛県新居浜市の海岸で遺体が見つかった事件で、大阪、愛媛両府県警の合同捜査本部が死体遺棄容疑で逮捕状を取った店の元同僚山田俊容疑者(25)=窃盗罪で実刑判決=は「西条市の海は死体が揚がらないと聞いたので捨てに行った」と供述していることが30日、分かった。
山田容疑者は西条市の隣の同県新居浜市に住んでいたことがあり、捜査本部は土地勘があったため遺棄場所に選んだとみている。山田容疑者を同日移送し、逮捕する。
25)=死体遺棄容疑で逮捕=ら元ゲイバー店員と共謀。2002年11月7日ごろ、口元さんが店内で死亡したことから遺体をレンタカーで運び、西条市の護岸から海に捨てた疑い。「揚がらない」はずが、口元さんの遺体は同月18日、新居浜市内の海岸に打ち上げられた。
山田容疑者は滋賀県警に窃盗容疑で逮捕され、細貝容疑者らと口元さんにリンチを加え、殺害したことなどを供述したとされる。
以上南日本新聞より。主犯が懲役九年だった。
●一月十三日(木)・・・また明け方どころか朝まで起きていてしまったので、目が醒めたらもう午後二時(≧w≦)。これでは生活乱れすぎである。みぜらはとっくに起きていた。
ともあれ、とりあえずは書斎で土曜日の講演の準備などいそいそとする。今日も外は寒いらしい。ついでにギャラリーの更新なども興が乗ってかなりしてしまった。
今年初めてナオヘー爺とお茶することになったので、出勤前に一緒に行くというみぜらと八時前に出発、特急で梅田に出る。八時二十分頃に「ムジカ」に着いたら、既にナオヘー爺と哲子さんが到着していた。そして隣のテーブルには先日突発的オフ会をともにした出石君が偶然にも来ていた。彼もこの店がかなり気に入ったようだ。
ということで楽しくお茶会。みぜらは九時前に出勤していったが、入れ違いにバイト上がりのマムコがやってくる。マムコと哲子さんは初対面だった。
九時半過ぎに、最終バスに乗りたいと哲子さんが先に出て、僕ら三人は十時まで粘る。店の前でマムコと別れ、ナオヘーと阪神特急に乗って帰った。
今日の内部告発。
NHK特集番組:
「偏向」指摘問題 制作責任者が告発会見
「不利益はあると覚悟している。しかし真実は伝えて行かなければ」と涙を拭きながら語る内部告発したNHKの長井暁プロデューサー=東京・渋谷区のホテルで13日午前10時55分、塩入正夫写す
旧日本軍の慰安婦問題を裁く民衆法廷を扱ったNHKの特集番組に対し、中川昭一・経済業産相と安倍晋三・自民党幹事長代理が放送直前、NHK幹部に「偏っている」と指摘した問題で、この番組の制作責任者が13日会見し、「政治家の圧力によって番組改編を余儀なくされた。NHKは政治介入を許した」と証言し、「今回のような露骨な政治介入は稀有なケースだが、海老沢勝二会長体制になってから政治介入は恒常化している。職員の不祥事より重要な問題だ。会長と役員は総退陣すべきだ」と訴えた。政治家による“圧力”に抗議して、内部告発した現職のNHK職員が会見を開くのは極めて異例。
会見したのは番組の担当デスクだった長井暁・教育番組センターチーフプロデューサー(42)。長井CPは、昨年12月に、NHKの内部告発窓口「コンプライアンス推進委員会」(委員長・海老沢勝二会長)に対し、調査を求めている。しかし、1カ月たっても調査が行われないため、会見に踏み切ったという。
長井CPによると、番組は放送2日前の01年1月28日夜に完成。しかし翌29日午後6時すぎに、当時の放送局長だった松尾武放送局長(現・NHK出版社長)から「内容を変更するので、見せてほしい」と言われ、国会対策担当の野島直樹局長(現・理事)、と伊東律子番組制作局長と共に、異例の局長試写が行われた。その結果、「天皇に責任がある」とした民衆法廷結論部分などがカットされたほか、民衆法廷に批判的な識者のコメントを増やすなど大幅に改編されたという。さらに放送当日の30日になって元慰安婦らの証言などもカットされ、結局、44分だった番組は40分に短縮され放送されたという。
長井CPは当時、政治の介入を感じていたが、後になって中川、安倍両氏が、当時の放送総局長ら野島氏ら幹部に「公正中立な立場で放送すべきだ」などと語ったことを上司から聞いた、という。
中川氏は当時、慰安婦問題など歴史の教科書記述を調べる「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」代表で、官房副長官でもあった安倍氏は元同会事務局長だった。【NHK問題取材班】
▽NHK広報コメント
NHK広報局は「当時、NHKの担当者がさまざまな国会議員に対して、NHKの事業内容を説明した際に、この番組について話題になったのは事実です。しかしこれによって、この番組の公正さ・公平さが損なわれたということはありません。この番組はNHKの編集責任者が自主的な判断に基づいて編集し放送したものです。コンプライアンス推進室は通常の手続きに従って調査しています。調査の途中経過については通報者に知らせています」とのコメントを発表した。
毎日新聞 2005年1月13日 12時26分
自民党の世襲極右馬鹿政治家どもは全員暗殺する方が人類のためだな。アルカイダは何をしているのだ。怠慢極まりない。
今日のヒヒオヤジ。
名古屋刑務所豊橋支所:元看守部長に実刑 名古屋地裁
名古屋刑務所豊橋刑務支所(愛知県豊橋市)の男性刑務官が拘置中の20代の女性被告(当時)と性的行為をした事件で、特別公務員暴行陵虐罪に問われた元看守部長、小戸森彰被告(46)=起訴時に懲戒免職=に対し、名古屋地裁(田辺三保子裁判官)は13日、懲役3年(求刑・懲役5年)を言い渡した。田辺裁判官は「犯行は大胆かつ悪質。刑務官への信頼を失墜させた責任は重大」と述べた。
判決によると、小戸森被告は03年9月5日〜10月15日の間、勤務中の昼間に5回、担当の女性刑務官が不在の際、女性を倉庫代わりの調べ室に連れ出して性的行為をした。同9月17日には夜間勤務中に鍵を持ち出し、女性の独居房で関係を持った。小戸森被告は同年6月から女性と職務上の面接をしているうちに親しくなっていた。
法務省の調査などで、同支所は女性収容区の鍵の保管がずさんで、巡回や監視カメラのモニターも不十分だったことが判明。事件後、法務省は全国の矯正施設の女性収容区に新たな警備システムを導入、女性刑務官の増員などの改善策を打ち出した。【加藤潔】
毎日新聞 2005年1月14日 0時47分
法務省が人権擁護ではなく人権蹂躙のための官庁であることがよく解る事件であった。
●一月十四日(金)・・・明日は二時間の講演をこなさなければならないのに、どうにもこうにも昼夜逆転がひどい。今日も明るくなってから寝て、起きたらもう午後(≧w≦)。これではいけない。
とりあえず、夕方まで書斎に籠る。みぜらに頼まれたので車を出して五時前に一緒に出発した。業務スーパーに行きたいというのだ。まずは国鉄甲子園口駅前の大和銀行へ回る。みぜらの口座は埼玉協和銀行だったので、ここまで来ないと下ろせないのである。それから今津まで走り、途中ガソリンを入れてから業務スーパーに入る。するとそこに恋人のみるクン(るいう)から電話が入って、それじゃちょっとだけ会おうか、ということになった。
そこで買物をしているみぜらをそのまま業務スーパーにおいて、車ですぐの待ち合わせ場所に行く。寒い中本を読んで待っていてくれたが、いつもいつも新鮮にかわゆい。読んでいたのは「天声人語」だった(^_^)v。
軽く小一時間ドライブして、みる邸まで送ってあげる。丁度そこにみぜらからメールが入るので、再度業務スーパーへ。みぜらは大量に買い込んでいたが、僕も冷凍食品やお餅など買う。お餅が異常に安かったのだ。
それからご飯どうしようということになって、結局夙川の蔵寿司に行く。起きてから何も食べていなくて結構お腹空いていたはずなのだが、僕は九皿でギブアップ。ただしデザートを更に二皿食べたがσ(^◇^;)。みぜらはものすごい量を食べていた…。元気である。
帰宅したら八時半。明日のイベントの準備をするというみぜらを留守番に、今度は電車で梅田に出る。明日は行けそうもないので、今週最後の「ムジカ」なのだ。ゆっくり優雅にお茶をして、十時半頃に帰宅した。
今日の素晴らしいニュース。
旧三島測候所 保存へ官民一丸 市と保存する会
市、文化財登録制度活用
保存する会 署名や募金活動
取り壊しの危機を迎えている旧三島測候所=三島市東本町=の保存活動を展開する「三島測候所を保存する会」(緒明実代表)と三島市は、今後、連携して保存活動を展開していくことを11日夜、三島商議所で開かれた会合で決めた。三島市は文化財登録制度を活用しての保存を今後、関係省庁に働き掛け、保存する会は署名や募金活動で市を支援していく。
文化財登録制度 建築後50年を経過した住宅や社寺、橋など広く親しまれたりしている建造物が対象。外観を大きく変えなければホテルや資料館などとして地域活性化のために自由に活用できる。文化財指定制度に比べ考え方も規制もゆるやか。欧米で定着。 三島測候所は平成15年3月から無人化され、敷地を更地にして財務省に返還することになったため、グラウンドワーク三島の呼び掛けで同会が発足。保存活動が始まった。
市は、財政事情から用地購入を断念。財務省に跡地用地の保存を要望するとともに、県や静岡気象台とも登録文化財の可能性について協議してきた。
三島市がこの日の会合で、渡辺豊博事務局長ら同会のメンバーに示した案は、まず気象庁が建物を気象庁財産として登録文化財に申請。文化庁に登録された後で、財産の管理を文化庁に移し、文化庁が管理を三島市に委託する―という内容。
土地を取得せずに建物の保存が可能となる案だが、国有財産法などでは文化庁が地方自治体に管理を委託できるのは指定文化財に限られていることから、規制緩和などによって例外となるような働き掛けをしていく必要がある。
そのため、住民の熱意を示す保存署名が不可欠となり、市は同会が集めた1万2000人の署名のコピーを取り、今後、関係機関に示すことにしている。
これまで市が同会の署名活動を後押しすることはなかったが、この日の会合で「今後は広く自治会にも働き掛ける」と確約。渡辺事務局長は「市とスクラムを組んで4万人署名を目指す。募金活動も積極的に展開したい」と話した。
昭和5年に建設された三島測候所は、階段の石製手すりや玄関のステンドグラスなど大正ロマン風の建築美が特徴で、日本近代建築総覧にも掲載されている。
文化財登録制度 建築後50年を経過した住宅や社寺、橋など広く親しまれたりしている建造物が対象。外観を大きく変えなければホテルや資料館などとして地域活性化のために自由に活用できる。文化財指定制度に比べ考え方も規制もゆるやか。欧米で定着。
静岡新聞1月14日
素晴らしい。こういう行政ばかりだと日本もいい国になるのだが。
●一月十五日(土)・・・頑張って午前中に起きて、みぜらも起こす。今日は午後から異業種交流会オンリーワン主催の僕の講演会なのである。とにかく身支度を整えて、公園に使うCD-Rを鞄に入れて、みぜらと一緒に一時前には出発、雨模様なので客足が心配である。
特急で梅田に出て、東梅田から地下鉄谷町線、堺筋線と乗り継いで、堺筋本町駅に着いたのが一時半。会場である大阪市立産業創造館の一階で聴きに来てくれた哲子さんと合流、エレベータで最上階の17階に昇る。この階の「交流プラザ」が今日の会場なのである。
既に設営は終わってて、岡本さんはじめスタッフの皆さんがそろってる。既にお客さんもちらほら。代表の岡本さんたちに挨拶して、講演用のプロジェクターの調子など見る。
窓から景色など見るうち、気がつけば客席はほぼ満席状態、そして定刻の二時になった。風太と八歳児ことあきとくんが駆け込んできたところで、講演開始。
大体大学に講義に行く時も学会発表も今回のような講演も、最初からテーマが決まっていて持ち時間もせいぜい二時間までなのだが、今回は自由に喋ってよいとのことで、三時間もある。さすがに三時間分の原稿なんか用意していたら死んでしまうので、簡単なレジュメを用意して、それに沿って話した。つまりごりご来聴の皆さんにお配りしたものと同じものを観ながら喋ったのだ。一応テーマは四つ。
@冤罪と司法
A短歌を詠むということ
B近代建築と都市
Cセクシュアルマイノリティとゲイコミュニティ
お蔭様で聴衆の反応はとてもよく、長丁場にも関わらず途中で退出した人も一人もいなかった。原稿なしで三時間喋り続けるというのは結構体力勝負だったが、結果からいうととても楽しく喋ることができた。休憩は途中十分のみ。
「性の用語集」も準備して行ったのだが、思った以上に売れて、俄かサイン会状態に。こんなこと生れて初めての体験で、気恥ずかしいけどやはり嬉しい(^_^)v
なお、終わってから名刺交換に来た人の中に、約二十年ぶりの再会になる高校の後輩や、十二年前にお会いしたタウン誌のエディターさんなどがいて、不思議な縁である。長い間生きていると、こういうことがあるんだなぁ。
風太と八歳児はそこで帰り、みぜらも夜のイベントの準備のために帰宅するが、哲子さんはそのあとも付き合ってくれた。ということで、堺筋本町の居酒屋での二次会にも、かなりの人数が参加してくれた。講師としてはとてもありがたい。なんだか声が嗄れてきていたのであるが、それでも食べ、かつ話しまくった。歌会に参加表明してくれる人もかなりの人数に♪
更に三次会は堂山を案内して欲しいということだったのだが、希望者がなんと二十名である。そんな大人数で入れる店、堂山広しと言えどもそんなにたくさんはない。しかも土曜日なのでエクスプロージョンはイベントだろうし、ジャックインザボックスとジェイズ大阪は女性不可である。ということで、僕もいったことがないのだが、一般的には外専バーとして知られているヴィレッジに行くことに。
堺筋本町から地下鉄に乗り、天六で乗り換えて、中崎町で下車。雨は上がっている。ゲイタウンについて若干の解説をしつつヴィレッジに到着したが、まだ時間が早いせいもあって、さすがに空いていた。
哲子さんと若干のスタッフ以外は殆どがゲイバー初体験、本当はもう少し小さな店の方が雰囲気が濃かったとは思うが、時間が経つにつれて堂山らしい雰囲気にはなってきて、皆さんもすごく喜んでくださったようである(^_-)-☆
まだまだ盛り上がっている感じだったが、十一時過ぎには解散して、同じ方向のスタッフ杉田氏と阪神急行で帰宅した。
●一月十六日(日)・・・昨夜はへとへとに疲れ果てての帰宅だったのだが、そのせいか単に昼夜逆転が続いているせいかなかなか眠れず、寝たのは明るくなってから。
よって目が醒めたのは二時を過ぎてからだった。みるクン(るいう)がやってきて、朝のうちに帰宅していたらしいみぜらが出迎えている声が聞こえたのである。よってそぉっと僕の寝室に入ってきたかったらしいみるクンの企みは達成できず。とはいえ、朝から遊びにくるといっていたのに来たのが二時過ぎである。こっちが寝ている方がおかしいのだ(笑)。
あとはゆっくりまったりと過ごす。去年お歳暮に戴いたハムを三人でサラダにして食べたが、とても美味しい♪
神戸でチャリティーイベントがあるとかで、七時頃にみぜらが出かけていく。僕らは更にのんびりして、みぜらが借りてきたDVDで映画「ヴァン・ヘルシング」を観た。スティーヴン・ソマーズ監督、ヒュー・ジャックマン主演の吸血鬼映画なのだが…。ん〜〜〜、全くダークな面のない冒険活劇だった。インディ・ジョーンズのようである。冒険活劇としてみたらそんなひどい出来ではないし、唯一プラハでの仮面舞踏会(でもカトリック圏のプラハで19世紀にはろぃんパーティーがあったとは到底思えない。その他ファッション面など、とにかく考証は無茶苦茶だった)のシーンは耽美でよかったが、全体的にはゴシックロマン色がなさ過ぎ。吸血鬼を題材にしていてこれでは、あっけらかんと明るすぎるといわざるを得ない。音楽だってまるで「スター・ウォーズ」か何かみたいなのである。ドラキュラ伯爵はすごくかっこよくてあんな感じになりたいと思ったし、伯爵の花嫁たちは共同管理人遊月みたいでとてもいい味を出してはいたが…。
やっぱりドラキュラ役者はクリストファー・リーに尽きるし、せっかくの吸血鬼ネタなら荒唐無稽な冒険活劇ではなくダークなゴシックホラーにして欲しい、というのが結論。
それに、ちゃんとブラム・ストーカー著「吸血鬼ドラキュラ」を読んでいる僕にとっては、エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授はアムステルダム大学の研究者なのだ。それをアクションヒーローにされても、どうにもこうにもイメージがつながらないこと甚だしい。
十時過ぎに車を出して、みるクンをみる邸にに送る。まっすぐ帰宅したら、じきにみぜらも帰ってきた。んが、昨夜のイベントでまた火吹きをやったところ、口の中の皮が殆どめくれてしまってえらいことになってきたそう(≧w≦)。スピリタスのアルコールに爛れたのではなく、一瞬炎を吸い込んだのだろう。痛くて何も食べられなくなってきたとのこと。とりあえず解熱鎮痛剤をあげたけど、これは医者に行った方がいいかもしれない。
●一月十七日(月)・・・大震災から十年目の朝、涙雨のように時雨が降り続けている。毎年十六日の深夜から読売テレビでは震災の記録映像を夜もすがら流している。僕は生粋の西宮市民にも拘らずあの地震の時、関西にいなかった。おかげで生き延びたのかもしれないが、でもこれは僕にとって一生の負い目である。早く寝なくてはと思いつつ、結局途中吐き気を催しつつも朝まで読売テレビを見続けてしまった。
それにしても、やはり関西は広い。阪神間だって色々である。長田で焼け出されたおばちゃんと芦屋で炊き出しをしていた御婦人は、明らかに言葉が違う。ミクシィの中で程度の低い関西人差別をしていた自称ピアニストの蝦夷(えみし)ニートなど、こういうニュアンスを読み取る感性が全く欠落しているのであろう。
しかし朝十時前に西九条に集合し、哲子さんたちとUSJに行く約束だったので、二時間しか寝ないで八時には起きる。んが、起きてきたみぜらが口内炎ですっかりダウン(≧w≦)。その上ナオヘー爺も発熱との連絡が(T_T)。哲子さんと二人で行っても寂しいので、結局延期した。
まぁ雨だったし、震災の日を心静かに家で過ごすことにして正解だったかもしれない。
夜、とにかくお茶だけでもしようと、みぜらを留守番に八時の特急に乗ると、「ムジカ」で会う予定だったゆずひこが偶然尼崎から乗ってくる。ので一緒に「ムジカ」に着くと、先に哲子さんが来ていたので、三人でのんびりお茶。雨は上がっているが、震災記念日のせいか、今日はとても静かであった。でも一昨日の僕の講演会の話題で盛り上がる。
閉店前には店を出たが、既に最後の客であった。淀屋橋から市バスに乗る哲子さんと店の前で別れ、ゆずひこと阪神特急に乗る。甲子園でダイエーに寄ってから帰宅。みぜらの口の具合はまだまだ悪いようだ。
今日のニュース。ヒヒオヤジがやっと年貢を納めた。
強制わいせつ:高塚ホークスタウン前社長、起訴事実認める
女性社員ら8人に対する強制わいせつ罪に問われた盛岡市加賀野、ホークスタウン前社長、高塚猛(こうつかたけし)被告(57)は17日、福岡地裁(谷敏行裁判長)の初公判で、起訴事実について「その通りです」と述べ、全面的に認めた。さらに「私の責任で行った行為で深く反省している。被害者の皆さんに心よりおわび申し上げたい」と謝罪した。検察側は冒頭陳述で、十数年前から身勝手な理由で、わいせつ行為をしていた実態を明らかにした。
検察側の冒頭陳述によると、盛岡市内のホテルで総支配人をしていた高塚被告は、部下の仕事への意欲を高めるため、肩を組んだり「ハグ」と称して抱きつくなどしていた。91〜92年ごろには、いさめる部下がいなかったのをいいことに、女性従業員の体を触ったり、キスするなど身体的接触をエスカレートさせた。94年には「マッサージ」として、胸などを触るようになった。
福岡ドームの副社長に就任した99年以後もわいせつ行為を始め「今のセクハラじゃないですか」と抗議する従業員に「僕はそんな気じゃないから」などと答え、取り合わなかった。
起訴状によると、高塚被告は01年2月〜昨年6月、経営する福岡市のホテル内事務所や、出張先の大分県内の旅館などで、従業員や社外の女性計8人に、いきなりキスしたり、布団にもぐり込んで触るなどのわいせつな行為をした。毎日新聞 2005年1月17日 20時22分
死刑制度には徹底的に反対の僕であるが、個人的にはこういうおっさんは仮に死刑判決が出ても同情しないな(笑)。
んで、煙草なんて百害あって一利なし、ということの証明。
たばこ多いほど自殺の危険 中年男性で、厚労省研究班
日本人の中年男性では、1日に吸うたばこの本数が多いほど自殺する危険性が高まるとする大規模疫学調査の結果を、厚生労働省研究班(主任研究者・津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)がまとめた。21日から大津市で開かれる日本疫学会で発表する。
日本は年間3万人を超える自殺者が出ており、自殺による死亡率が世界でも非常に高い。研究班は「たばこと自殺の関係は未解明の点が多い。禁煙で自殺が減るかどうかも研究課題だが、喫煙本数の多い人の心の健康に注意することは、自殺予防対策に有効だろう」としている。
研究班は40−60代の男性約4万5000人を約10年間追跡。この間に自殺した173人の喫煙状況を調べた。
その結果、1日の喫煙本数が20本未満の人と比べて、自殺の危険性は30本以上40本未満の人で1・4倍、40本以上の人で1・7倍に、それぞれ高まった。(共同通信)
- 1月17日16時31分更新
この記事はミクシィの「ノースモーキング」コミュで見つけたのだが、ミクシィには疫学というものがなんたるかも知らない人物が大勢いて非常に呆れた。通常レベルの日本語を解さない人物がネットラジオで何を喋っているのやら。
●一月十八日(火)・・・明け方まで起きていたので、目が醒めたら午後。今日は暖かいようだ。みぜらの口の中の様子は相変わらず最悪のよう(≧w≦)。本当は医者に行った方がいいのだが。
とりあえず夕方までは書斎に籠る。気がつけば七時前、今年になってまだ一度も行ってなかったので、近所の耳鼻科に通院。もうすっかり直っていると思いきや、「まだ少し腫れてるねぇ」とのこと(T_T)。もう投薬はいらないが、週に一回か二回は来なさいだって。ということで、水泳再開はまだ当分お預けになってしまった(-人-)
一旦帰宅、口内炎で死んでるくせに、みぜらは出勤の準備をしている。大丈夫なんかいな。でも僕もミクシィつながりでお茶する約束になったので、みぜらを待たずに一人で出発、特急で梅田に出る。
「ムジカ」に着いて待つことしばし、ミクシィで知り合ったばかりのcopecopen女史を待っていると、僕の所属事務所であるよしもとザ・ブロードキャストショウのYプロデューサー(僕のマネージャー)から携帯に電話。昨年末に企画書を出していた、スカイパーフェクTVで僕の番組を作る計画が、やっとほぼゴーサインが出たという嬉しいお知らせであった(^_^)v。但し去年の段階では一月末から撮影、二月には放映という予定だったのがかなり延びて、五月までに収録して、放送開始は七月になりそう、とのこと。でもまぁゆっくり時間かけて番組作りできるので、それは悪いことではない。とにかく頑張ろう♪
そしてcopecopen女史がやってくる。三重出身で東京在住が長かったがこのたび関西に越してきた、という女性である。紅茶好きでクラシック好きで建築好きなので、たちまちに意気投合、楽しく優雅なお茶会となった。
閉店で店を出て、阪神百貨店まで一緒に歩いて解散、特急で帰宅。今夜は風もなく暖かい。
今日の「ざまあ見さらせ」
廃刊:月刊誌「発言者」、3月の最終号で
評論家・西部邁氏主幹の月刊オピニオン誌「発言者」(秀明出版会)が3月発売の最終号で廃刊することが分かった。
同誌は94年創刊の保守系月刊誌。2月発売の3月号は休刊し、3月に発売する号を最終に廃刊とする。西部氏の事務所によると、財政上の理由で廃刊を決めた。今後はほかのオピニオン誌の創刊を目指すという。【栗原俊雄】毎日新聞 2005年1月15日 東京夕刊
実に実にいい気味である。権力の犬が下らない体制迎合雑誌を出すなんて紙の無駄以外の何ものでもない。
知り合いがでていた。
暮らしWORLD・先日、大阪で探偵社を営む山崎世美子さんと…
先日、大阪で探偵社を営む山崎世美子さん(42)とお会いした。ブティックの店員時代からお客さんに身の上相談をされることが多く、離婚を機に事務所を設けた。接した女性は2万人以上。軽快な関西弁につられ、私も打ち明け話をしてしまいそう……。で、相談のほとんどは「夫が」「彼が」という男女間のすれ違い。男性は理解できないだろうが、女性はそうした悩みを友人などに話すのに抵抗がない。山崎さんいわく、「親友はダンナの性癖まで知っている」って。なるほど。
さて、どうすればすれ違いを超えられるか。カップル、夫婦円満の「三種の神器」は会話、食事、セックス。女性は話を聞いてほしいのよね。高齢化の最近は、70代の夫婦の浮気調査も少なくないという。女心を知りたい方は山崎さんの著書「女探偵が教える心ののぞき方」(サンマーク出版)をどうぞ。【五十嵐英美】毎日新聞 2005年1月18日 東京夕刊
「オンリーワン」で知り合った人だが、そういうきっかけで探偵を始められたとは知らなかった。
今日の鬼畜官僚。
難民クルド人親子:トルコへ強制送還される
父親の収容に対し厳しい表情で会見するクルド人家族の長女(中央)ら=18日、坂本高志写す
難民と認定しない日本政府に抗議し、東京都内の国連大学ビル前に座り込んだトルコ国籍のクルド人2家族のうち、アハメット・カザンキランさん(49)とその長男(20)が18日、法務省入国管理局によりトルコへ強制送還された。カザンキランさんは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から難民と認められたいわゆるマンデート難民で、2家族の弁護団は会見で「国際的に非難される異常な行為だ」と批判した。
法務省は「日本とUNHCRの難民認定は目的や対象が違い、(認定)結果が異なることはある。マンデート難民だからといって、強制送還されないわけではない」と説明している。
関係者によると、カザンキランさんはトルコで政府に批判的なデモに参加したことなどから身の危険を感じて脱出し、90年に来日。その後家族を呼び寄せ、96年に難民申請をしたが、不認定とされた。不認定の取り消しを求めた訴訟では1審・東京地裁が請求を認めたが、控訴審で逆転敗訴(03年5月)し確定。東京入国管理局は17日、カザンキランさんと長男の仮放免更新を認めず再収容していた。
妻や長女、支援者らは、再収容への抗議会見のさなか、強制送還の事実を知った。長女は「どうしてこれほどひどい扱いをするのか」と号泣。二女と三女が通う埼玉県の定時制高校の男性教諭ら支援者は先月、6万人以上の署名を集めて法務省に提出していたが、男性教諭は「6万人でも駄目なんですか。100万人ならいいんですか」と嘆いた。この日強制送還された長男が再収容の直前に「これからも日本政府は難民にひどいことをするのだろう」と書いた手紙も読み上げられた。
弁護団は「第三国への出国のための在留特別許可くらいなぜ出せないのか。日本政府は難民認定のハードルを元々高く設定しているが、クルド人に関しては異常なほど厳しいと言わざるを得ない」と指摘。「妻ら5人の仮放免更新も近づいており、彼らも強制送還するのではないか。トルコでは迫害される可能性が高い」と話した。【坂本高志】毎日新聞 2005年1月18日 20時14分
またしても人権蹂躙省が本章をむき出しにしてけつかる。
んでもって、ヒロポンから送られてきた、今日のニュース。なんとヤフーのトップニュースだったとのこと。
脱法ドラッグで中毒死=使用させた男逮捕−傷害致死罪を適用・茨城県警
茨城県三和町のホテルで昨年7月、法律で規制されていない「脱法ドラッグ」を多量に使用した地方公務員の男性=当時(29)=が中毒死する事件があり、境署は18日、男性に薬物を使用させた同県常陸大宮市山方の無職中島則男容疑者(36)を傷害致死の疑いで逮捕した。中島容疑者は「使用は合意の上だった。死ぬとは思わなかった」と供述している。
使用された脱法ドラッグは幻覚作用がある「5−Meo−DIPT」を成分とする薬物。通常の使用量は10ミリグラム程度とされ
るが、他の脱法ドラッグ同様、限度量や致死量ははっきりしない。しかし、同署は中島容疑者がインターネットで購入する際、危険性
を認識していたと判断。「故意に適量を大きく超えて使用した」として傷害致死罪を適用した。
(時事通信) - 1月18日20時1分更新
男二人でラブホに入ってゲイが大好きな5MEOで中毒死とはまぁ、何ともはやゲイゲイしい事件である。にしても何でみんなお薬が好きなのかねぇ。愚かである。
●一月十九日(水)・・・ん〜、今週はちょっとだらけ過ぎている。またしても昼過ぎまで寝てしまった。まぁ朝までなんだかんだと雑用はしているのだが…。
ともあれ、今日も夕方までは在宅、書斎でせこせこ書き物などをして過ごす。本当はみるクン(るいう)とデートの予定だったのだが、彼はまた風邪を引いてしまって学校を休んでいるのだ(T_T)。まだ口中火傷のひどいみぜらが七時半頃に出勤していき、僕もあとを追って八時前には出発、特急で梅田に出る。
「ムジカ」に着いたら、既にヒロポンが先に来てお茶をしている。早速僕も典雅にお茶を飲みながら、今後の銀聲舎の活動、西本ビルギャラリーの運営、そしてスカイパーフェクTVでの僕の番組など、色々打ち合わせで盛り上がった。
閉店で店を出て、西梅田で別れる。かなり冷えてきた。まっすぐに帰宅。
今日の血税の無駄遣い。
歌手の水準低くオペラ短縮…新国立劇場「ルル」2幕に
新国立劇場(東京・初台)は19日、来月8日から公演予定のオペラ「ルル」を、一部の歌手が芸術的に満足できる水準に達していないことを理由に、当初予定していた全3幕完成版から全2幕版に急きょ変更して上演すると発表した。これにより出演者が一部変更となるほか、公演時間も1時間半近く短縮される。
同劇場では、「高い水準を維持するには2幕版への変更が最善の方法と判断した」とし、同劇場オペラ芸術監督のトーマス・ノボラツスキー氏は「このような結果となり大変遺憾。心からおわびします」とのコメントを出した。
「ルル」は作曲家のベルク自身が手がけた2幕版と、死後に未完で残された第3幕を補筆・完成させた3幕版があり、最近は3幕版での上演が多い。
(読売新聞) - 1月19日21時39分更新
国立の劇場は東京に二つ、大阪に一つ、あとは沖縄に一つあるだけである。国家予算をつぎ込んでいる芸術になのになんていい加減な仕事をしてくれるのだろう(≧w≦)
●一月廿日(木)・・・うみゅ〜、起きたらまた午後遅い(^_^;)。みぜらの口中は相変わらずの大惨事状態(-人-)。大寒だけ合ってかなり寒い。
七時頃、大好きな恋人、かわゆいみるクン(るいう)が遊びにくる。寒いので出かけるのはやめて、家でまったりごろにゃんと過ごす。途中からみぜらババサマも起きてきた。まだ喋りにくそう。
三人で善哉を食べて、十時過ぎに車を出し、みるクンを彼の最寄り駅まで送った。今日は自転車を駅に停めていたのである。
家に戻ったら十一時前。とりあえず車は路上駐車して、大慌てでダイエーに駆け込んだ。さすがにもうあまり賞品がなかったが、マグロのお造りをゲットできたので、牛乳と野菜ジュースも買って帰宅。車をガレージに入れる。
とても行動範囲の狭い一日であった。今日はみぜらも在宅している。
●一月廿一日(金)・・・昨夜はわりと早く寝たのでここ数日の間では結構早く起きれた方。相変わらず寒い。
今日も特に予定はないので、夕方までは書斎で書き物をして過ごす。
七時過ぎ、出勤準備をしていてるみぜらより先に一人で出発し、特急で梅田に出る。「ムジカ」に入ると既に哲子ねぇさんが到着していて、しばらくは二人でお茶。そしてゆずひこ少年、更にはナオヘー爺もやってくるので、四人でにぎやかなお茶会となる。
十時前、市バスで帰る哲子さんが先に退席し、僕らは閉店まで更に粘る。全員同じ沿線なので阪神梅田から一緒に帰宅した。
今日の馬鹿ヤンキー。
傷害:15歳に入れ墨、容疑で逮捕−−大阪府警
大阪府警少年課は19日、中学3年の女子生徒に入れ墨を彫ったとして、入れ墨師、二宮誠司容疑者(34)=大阪府箕面市西小路2=と風俗店経営、谷口辰也容疑者(28)=同府池田市石橋4=を傷害容疑で逮捕したと発表した。女子生徒は自ら入れ墨を望んでいたが、同課は15歳という年齢を考慮し、異例の傷害容疑を適用した。
調べでは、2容疑者は04年2月24日午後3時半から約2時間、箕面市内の二宮容疑者の施術所内で、女子生徒の左胸部分にヘビの絵柄の入れ墨(約10センチ四方)を彫り、傷害を与えた疑い。女子生徒に「術後の疾病・傷害について補償などは請求しない」とした誓約書を書かせ、年齢を18歳と偽らせていた。
女子生徒は谷口容疑者の風俗店でアルバイトをしていたが、その後に移った風俗店が府警の家宅捜索を受け、入れ墨を施していることが発覚した。【江畑佳明】毎日新聞 2005年1月20日 大阪朝刊
こういう脳留守女には顔一面に刺青してやればいいのだ。
今日の内部告発。
警察不正:「負けたら死ぬ覚悟」現職警官が手口証言
愛媛県警の捜査費不正支出問題で、ついに現職警察官が全国で初めてカメラとマイクの前に立った。会見した県警鉄道警察隊の仙波敏郎巡査部長(55)は“不正の手口”や“公表への圧力”を詳細に証言した。これに対し、県警は会見内容を聞いていないとしてコメントを避けたが、大洲署だけとしてきた不正支出問題は、新しい局面を迎える可能性が出てきた。会見の主な一問一答は次の通り。【津久井達】
◇「君は昇進試験に受からん」
今回証言しようと思ったのはなぜか。
−−正義感からだ。特別監査で何かが明らかになるかと期待したが、そうならなかった。最後のチャンスだと思った。
県警からの圧力はあったか。
−−昨日もそうだし、何度も引き止められた。県警幹部から「お前が会見したら、県警は1年間は立ち上がれなくなる」と言われた。だが、問題にフタをしたら、一生立ち上がれないと思った。
95年以降も偽造領収書は作られているのか。
−−私は(偽造領収書にかかわることを)要求されなくなったので、確認できないが、その後もあったと思う。
今後の身の振り方は。
−−あと4年たてば定年を迎える。「圧力に負けたら死ぬ」くらいの覚悟で臨まないと、この席にはいられない。
捜査協力者は実際に存在するのか。
−−存在しない。組織の情報を告発する人が金をせびるはずがない。
偽造領収書作りを拒否したことで、差別を受けたことはなかったか。
−−警部補への昇進試験を受けた際、当時の署長に「偽造領収書を書いていないので、君は受からんよ」と言われた。
偽造領収書は警察官全員が書いているのか。
−−95年までは、私以外に一人、偽造領収書作りを拒否している人間がいた。偽造領収書作りにかかわらないと、昇進できないので、ほとんどがやっていたと思う。
他にも裏金作りの方法はあったのか。
−−各署の会計課が署員の印鑑を保管し、口座を作り、架空の旅費を請求・ねん出して裏金を作っていた。
毎日新聞 2005年1月21日 16時02分
警官にも一万人に一人ぐらいはまともな人がいるということだ。
●一月廿二日(土)・・・今日はもし早起きできたら京都で開催される現代風俗研究会例会に出席するつもりだったのだが、起きたらもうお昼近かったので断念。みるクン(るいう)は今日から三連休なので会おうかといっていたのだが、メルマガ「伯爵日乘」の編集がまだできていないうえに二十五日締切の「新アララギ」の歌稿もまだできていないというので、会うのは断念。
午後二時頃、みぜらがヒロポンのうちに向かって出発していく。
僕も結局ヒロポン邸帝塚山パンデモニウムに行くことにして、六時過ぎにアルファロメオで出発した。
旧国道から尼崎市に入り、出屋敷から第一阪神国道に出る。玉江橋を渡り、アルカイックホール前でゆずひこ少年を拾った。大物から南下し第二阪神国道を通り、弁天町から阪神高速西大阪線を経て、大国町から四ツ橋筋を南下、帝塚山に至る。今日は阿修羅チャンネルの収録日だったので、ヒロポンのほかみぜら、誓英猊下、マムコ、篠原詮女史、そしてゲスト出演者も二人と大人数。その上更に帝塚山御近所組の哲子ねぇさんまで登場し、非常に賑やかで楽しい会合となった。
電車勢が十時半頃に帰っていき、僕は十一時には辞去、アルファロメオにゆずひこと猊下を乗せて出発した。地元の哲子さんは自転車である。ちょっと帝塚山界隈のお屋敷街を見て回り、あとは茶臼山の発展場を抜け(笑)、国道43号線で尼崎に向かう。二号線の三和商店街付近でゆずひこを降ろし、既に十二時を過ぎていたのでそのまま神戸へ。
新開地に到着、二人ともお腹がが空いたので「ドラゴン」という大衆中華料理屋に入ったら、牛バラ丼がなかなかに美味しかった。そして猊下の自宅前で猊下と別れ、あとは一直線で帰宅するが、二時を過ぎていた。
●一月廿三日(日)・・・今日は映画のロケに行く日である。早朝、カオリンがやってくる。彼女は今日はうちで寝るのである。それからまた寝ていると、朝十時二十二分にきゃわゆい恋人のみるクン(るいう)から電話がかかってきた。一緒に行く予定だったので起こしてくれたのだ。
ところが、十一時半には甲子園駅のホームで会おうと言っているのに、十一時十五分ぐらいにみるクンにメールしたら、なんとまだ家にいるとのこと( ̄□ ̄;)!! 彼の家からうちまでは徒歩と電車だと三十分以上はかかるのである(ーー;)。しかもいつまでたっても何の連絡もなくみぜらが帰ってこない(ーー;)。
慌ててみるクンに電話して、車で迎えに行こうかともいったのだが、とにかく遅刻はできないので、結局一人で行くことに(-人-)。全くもう…(T_T)
カオリンを留守番に十二時の特急で梅田に出て、国鉄大阪駅でなんと950円もぼったくられて、長浜行きの新快速に乗ったのが一二時半。中でパンなどかじって食事を済ませ、京都についたのが十二時五十七分だった。一時に西大津駅前集合なのでちょっと焦ったが、十二時五十八分発の湖西線に乗れたので、十分もかからずに西大津駅に到着、着いてみたら主役の女優さんと同じ電車だった。
駅前で前田智広監督に出迎えてもらい、出演者の森田先生の車で今日のロケ地、旧琵琶湖ホテルへ向かう。といってもすぐなので、すぐに到着。西大津駅からのピストン便は僕らで最後とかだったので、もう大勢が集合していた。二十人ほどのロケ隊である。
旧琵琶湖ホテルは、滋賀県下随一の超一流ホテルだった琵琶湖ホテルの浜大津への移転後大津市に寄贈され、びわ湖大津館として再生、利用されている。ほかはビジネス級のホテルしか持たない京阪電鉄グループなのに、グループ内で唯一の超一流ホテルである琵琶湖ホテルの風格ある旧館を捨て、実につまらない現在の建物に移転したのは本当に馬鹿としか言いようがない。敷地は広いのだから、手狭ならニューグランドホテルのように隣地に新館を建てれば済んだ話である。ただまぁ破壊はされず、公的施設としてリノベーションされたのは不幸中の幸いだった。保存工事も最低限に留められているので、同じ建築家の作品である中之島公会堂のようなもう見たくないと思わせるひどい保存工事例よりすごくましである。エレベータも建設当初の完全手動式、蛇腹扉のものではないが、1957年に付け替えられた、自動着床装置つき手動駆動・自動扉式のオーティス社製ものが、手動ノッチなどオリジナルの機器を残したままで自動式に改造されて大切に用いられている。インジケータなど、電光併用横型針式というほかでは見たことのない珍しいものであった。
因みに設計はあの岡田信一郎で、鉄筋三階地下一階桃山御殿様式という極めて特異なスタイルの建築である。背面は直接琵琶湖に面し、かつては大型遊覧船も接岸していた大きな専用桟橋を持ち、非常に美しいロケーションなのだ。もうここに泊れないというのは、やはり大変に惜しいといえよう。
ということで、衣装を決めたり、メイクをしてもらったりしているうちに撮影の準備が整い、二時半から撮影開始。スタッフは大体監督の仲間だが、キャストの方は結構初対面同士が多いのに、早速和気藹々としてよい雰囲気になってきた。僕はいきなり出番。といっても台詞はない。秘密警察のトップの横に常に控えている、片眼鏡の不気味な補佐官の役なのだ。立っているだけの楽な役といえるが、でもそこにいるだけで存在感がないとできない役である。普段の僕そのままのキャラなので、演技という感じでもなくスムーズに演じられて、なんと殆どのカットが一発OKになった。この日はみんなノリノリだったせいか、僕の出ないシーンもまた、大体が一発でOKになっていった。これは結構すごいことなのでは?
出番がない時や、準備街のときは控え室でみんなでおしゃべりしたり、お菓子を食べたり。プロの俳優もいれば、監督にいきなり誘われた人もいて、なかなかに面白い。
因みに完成は五月頃、その後コンクールで入選を目指し、通れば劇場公開、そうならなくてもDVDは発売されるそうなので、インディーズとはいえアマチュアではなくセミプロの作品だろう。ちゃんとした映画への出演は初めてだが、実に楽しい経験だった。
順調に撮影が進んだので、予定の九時より一時間近く早くに撮影終了、片づけが済んだ人から順次西大津駅に送ってもらうことに。
ということで、仲良くなった女優さんたち三人と僕で、まずは西大津駅まで送ってもらった。そこから国鉄湖西線、京都駅で東海道本線の新快速に乗り換えて大阪に戻り、そこから阪神電車で帰宅したら、十時頃だった。カオリンがいて、みぜらは一旦帰ったらしいがまた出勤していない。
ほぼ同時に、今日はお泊りのきゃわゆい恋人、みるクンがやってくる。ん〜〜〜、本当に、何度会っても飽きないし、会うたびに新鮮に可愛い。素敵な恋人である。
カオリンと三人でご飯など食べるが、さすがに疲れ果てていて、僕が一番最初に寝てしまった。
●一月廿四日(月)・・・明け方みぜらが帰ってきて、そのままメイクも落とさず、茶の間で寝てしまった。そのあとカオリンが四国へ帰っていく。
僕らはのんびり寝た。今日はみるクン(るいう)が学校休みのため、二人でひねもす家にいて、のんびり、ゆっくり、まったりと過ごした。寒い冬の休日だが、とても楽しい♪
みぜらが出勤したあと、ゆずひこ、哲子ねぇさんとお茶しようということになって、八時前にみるクンと出発、特急で梅田に出る。まずは大阪中央郵便局へ。みるクンが明日締切の「新アララギ」の歌稿をまだ出していなかったので、ここから速達で出すのだ。
先に梅田に到着していた哲子さんともすぐに合流できたが、ゆずひこがいつまでたっても来ない(≧w≦)。結局阪神梅田に移動して待つことしばし、九時になってようやくやってきた。
本当はみるクンはそろそろ帰宅しなきゃだったのだが、まぁせっかく梅田に出たのだしということで、僕がミクシィで主宰しているムジカの紅茶コミュニティで知り合ったnekonekonekochanさんのお店、「茶摩」に向かう。天五中崎商店街なので梅田から歩いてすぐだろうと思っていたのだが、駅でいうと中崎町というよりもう天六というところなので、つまり地下鉄にしてゆうに二駅は歩いたことになってしまった(≧w≦)。
ビルの二階、アンティークで埋め尽くされた素敵なお店で、お茶は「ムジカ」の堀江マスターの弟子だけあって、「ムジカ」のお茶はほぼ全てそろっている。早速四人で注文、nekonekonekochanさん姉妹とも楽しくお話しながらのお茶会となった。生憎巨大猫の大ちゃんはいなかったが、フレンチトーストもとても美味しい♪
十一時前まで長居してしまった(^_^;)。梅田まで四人で歩き、地下鉄御堂筋線で帰る哲子さんと別れ、三人で阪神特急に乗って帰宅した。
●一月廿五日(火)・・・殆ど寝ていないが、頑張って十時には起きて、そのまま身支度。朝帰りのみぜらは熟睡しているので起こさずにおく。
十一時には一人で出発して、急行で梅田に出る。しかし待ち合わせの哲子ねぇさん、バスがものすごく遅れたと随分ゆっくりの登場であった。
待ち合わせが阪急梅田駅三階改札ブックファースト前だったので、そのまま改札を通り、以前の急行と同じぐらいも停車する腐った京都線特急に乗って京都に向かった。
要らん駅にはやたら停まるくせに肝心の駅には停まらないウンコ特急なので桂で下車、高槻以東は全駅停車に成り果てた急行に乗り換えて、大宮駅で下車した。
雲助運転手が非常に多いことで悪名高い京都市バスに乗って、北野天満宮前を目指す。今日は「初天神」なのだ。
天満宮前のバス停で降りると、大変な賑わいである。とりあえず、風太を待つことにして、本門仏立宗前の古本市など見て、大福餅を買って食べる。すると思ったより早く風太が着いたと電話があるので、神社の門前へ。そこで風太と、吃驚したことにヒロポンと、和歌山の西本ビルで陶器店を開業準備中の源じろう氏がやってくる。風太とはたまたまそこで偶然に会ったらしい。
ということで、五人で天神の市をゆっくり散策。意外と寒いが、いつもどおり賑わっている。途中、上七軒歌舞練場を見て、ヒロポン目当てのミニチュア清水焼屋さんに到達。僕も小さなピアスを買った。以前もこの店のティーカップのピアスを持っていたのだが、割れてしまったのだ。
それから古い古い置き薬の紙袋(実は中身が入っている!!)を一つ五十円で購入、更にはコンビーフの缶のような缶に入った古い古い味の素も購入した。薬のほうは「飲んだらあかんよ〜」といいながら売っていて、味の素の方は「使えます」と書いてあるのが面白かった。
そのあと、源じろうさんが1931年製の骨董レジスターを格安で購入、これは掘出物であった。西本ビルでの店舗で使うそう。見にいくのが楽しみである。
境内はまた来月回ることにして、平野神社の境内を抜け、北野白梅町近くの駐車場まで歩く。源じろうさんがそこに車を停めているのである。荷物を載せて、いざ出発しようとしたら、なんとパンク(≧w≦)。でも整備士の資格があるという源じろうさん、なんと六分ぐらいでスペアタイヤに取り替えてしまった。
そして源じろうさんの車に乗せてもらって、一同で京都駅八条口へ。そこで降ろしてもらって源じろうさんとはそこでお別れ。僕ら四人で京都駅内のマクドに入って軽くつまむ。
七時に和歌山で仕事があるというヒロポンが五時前に電車に乗ったので、僕らはアバンザブックセンターへ行く。今日と在住そろそろ一年になる風太だが、まだいったことがないというのだ。そこで色々本を見るうち、誓英猊下が女友達と一緒に登場、彼らも今日は京都に遊びにきていたので、一緒にご飯でも、となったのである。
もう暗くなってしまったが、大した距離でもないので四條河原町目指して歩いていると、なんと雨がぽつぽつと。猊下のお友達が和服姿だったので濡れては大変とタクシーを拾って四條河原町に行くと、なんと和服割引ということで570円を500円にしてもらった(^_-)-☆。MKタクシーは素晴らしい。
四條河原町で老舗喫茶店「築地」に入ると、猊下もお友達も感動している。しばらくしてまおびさんも登場、徒歩で来た風太と哲子さんとも再合流して、西木屋町四條下ルの「みんみん」には行って美味しい中華料理を堪能した。
それから「たんぽぽ」に電話して、お母はんに営業中であることを確認してから、四條大橋を渡って祇園を散策。雨はどうやら本降りにはならなかったようだ。「たんぽぽ」ではお母はんの美しい京都弁と京都的婉曲表現を堪能、珈琲も美味しかった。
四條小橋から地下にもぐり、阪急の改札前で風太、まおびさんと別れ、僕ら四人は快速急行に乗った。梅田で誓英猊下たちと別れ、哲子さんは地下鉄に乗り、僕は阪神で帰宅。みぜらは出勤していていない。
帰宅して、すぐにきゃわゆい大好きな恋人、みるクン(るいう)と電話で話す。本人も昨日耳が痛んだことなどすっかり忘れていたのに、「耳の調子どう?」と聞いてくれたのがなんだかとっても嬉しかった(^_^)v
今日の鬼畜。
韓国:便利屋が母親殺し乳児誘拐 出産偽装の依頼受け
韓国で36歳の女性が5歳年下の男性と結婚するために妊娠したとうそをつき、「便利屋」に乳児の誘拐を依頼、便利屋は誘拐を実行し母親を殺害するという事件が24日発覚した。
聯合ニュースによると、この女性は03年3月に男性と知り合い、子供2人をもうけた家庭を捨て、男性と一緒に暮らし始めた。結婚するために、妊娠し米国で出産するとうそをついて、韓国内の友人宅に身を隠し便利屋に乳児誘拐を依頼した。
便利屋は7000万ウオン(約700万円)で請け負い、昨年5月に京畿道で生後70日の乳児を抱いていた女性(21)を誘拐し、この女性を車内で殺害、山に埋めた。
警察は容疑者の女性を人身売買で、便利屋3人は殺人や死体遺棄などの容疑で24日、逮捕状を請求した。(ソウル共同)
毎日新聞 2005年1月25日 0時41分
嫌韓派の低能右翼保守派どもはことさらにこの猟奇事件を言上げし、韓国人の残虐さを騒ぎ立てることだろう。日本の残酷事件には一切言及せずに。草の根保守なんて呼ばれる連中なんて所詮その程度の知能である。
そしてこれが世界の常識。
最悪男:ブッシュ米大統領が優賞候補に
【ロサンゼルス國枝すみれ】最悪の映画や役者を選ぶ「ゴールデン・ラズベリー賞」の候補が24日発表され、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「華氏911」で「主演」したブッシュ米大統領が最悪男優賞候補にノミネートされた。ブッシュ大統領はまた、ライス新国務長官とともに「最低カップル候補」にも挙がっている。
「華氏911」は、大統領が01年同時多発テロ発生の連絡を受けた後も約7分間、童話を読み続ける実録映像を使用して、全米で反響を呼んだ。「華氏911」の出演者では、ラムズフェルド国防長官が最悪助演男優賞、ライス氏も最悪助演女優賞にノミネートされた。また、同映画の中でブッシュ大統領を無条件に支持するという趣旨の発言をしたブリトニー・スピアーズさんも、最悪助演女優賞にノミネートされた。
ゴールデン・ラズベリー賞は約650人の映画記者やファンの投票で決まる。発表・授賞式は2月26日。
毎日新聞 2005年1月25日 20時11分
日本と違って決して馬鹿ばかりではないのがアメリカのアメリカたる所以である。
●一月廿六日(水)・・・昨日の睡眠不足の所為か、起きたらもう午後(≧w≦)。まぁ予定がないので書斎に籠ってのんびり書き物して過ごす。かなり冷え込んでいるようだ。
みぜらが服を買いにいきたいというので、二人で八時前に出発、直通特急で梅田に出る。プチシャン地下街のギャル服屋さんでみぜらお好みのタイプがあったので、買物はすぐに済んだ。
出勤するみぜらとヘップ地下入口前で別れ、僕は軽くカレーなど食う。
それから歩いて「ムジカ」に向かった。北新地は賑やかだが、相当に冷えている。とはいえ、まだアバンザ堂島の池は凍っていなかった。
「ムジカ」に着いたら九時過ぎ。マダム、マスターと話しながら閉店までゆっくりお茶した。
いい加減泳ぎに行きたいのだが、ここ数日また耳が痛いので、諦めてそのまま梅田駅へ。特急で帰宅する。
今日の非科学。
血を流すマリア像:人間では解明できない奇跡!
イタリア・ローマの北にあるチビタベッキア市で、高さ30センチほどのマリア像から、血の涙が流れ、町に数千人が訪れるなど名物になっていた。血の涙は1995年ごろから十数回流れ、その正体を探る調査が続いていたが、このほど、調査団が調査結果を発表した。
AP通信が地元紙の報道として伝えたところによると、地元の教区が神学者、歴史家、医師らに調査を依頼し、X線やCTスキャンで調査した。
調査結果によると、血は男性のもので、像の内部には血を出させるような装置は見あたらなかった。
調査に当たった神学者らは「超自然の神秘で人間では解明できない」と結論付け、神の使わした奇跡と驚いているという。(サイバー編集部)
毎日新聞 2005年1月26日 16時19分
これだからカトリックなんて迷信、淫祠邪教に過ぎないのだ。実に馬鹿馬鹿しい。この教会はとりあえず戸締りを厳重にするか、監視カメラを設置することだ。さすればすぐに“奇蹟”なんて起こらなくなるか、もしくはお騒がせ犯人が逮捕されて全ては終りである。
●一月二十七日(木)・・・また昼夜が逆転気味になってきてしまった。書斎で夕方まで書き物して過ごす。夜、出勤準備しているみぜらより先に出発、特急で梅田に出る。
ジュンク堂大阪本店にて買物の後、「ムジカ」で哲子ねぇさんと合流、閉店までお茶をする。
ダイエーによってから帰宅。
今日の訃報。
訃報:フィリップ・ジョンソンさん 98歳 死去=米建築家
フィリップ・ジョンソンさん 98歳(米建築家)AP通信によると25日、米コネティカット州ニューカナーンの自宅で死去。死因は明らかにされていない。
84年建設のAT&Tビル(ニューヨーク、現在ソニーが所有)は、ポストモダニズムの代表的建築として評価された。改築前のニューヨーク近代美術館(MoMA)や、ニューヨーク州立劇場なども手掛けた。78年に米国建築家協会(AIA)金メダルを受賞し、79年には建築のノーベル賞として知られるプリツカー賞の初代受賞者となった。【共同】
毎日新聞 2005年1月27日 東京夕刊
アメリカでも明治男が亡くなった。洋式建築の時代から生きていた建築家、もう殆どいないだろう。AT&Tビルとか、かなり好きな作品だった。
●一月廿八日(金)・・・今日はちょっと暖かい。午後から起きて、のんびり過ごす。
みぜらがよる出勤していき、僕もそのあと一人で「ムジカ」へ。暇で穏やかな一日だった。昨日同様日記に書くことが殆どない。
今日のありゃりゃ( ̄□ ̄;)!!
売春目的:女性紹介の元組員ら7人逮捕 大阪・西成
大阪府警西成署などは27日、大阪市西成区の歓楽街・飛田(とびた)新地に売春目的で女性を紹介したなどとして、元暴力団員で無職、大神巧児被告(47)=福岡市東区千早5、大阪地裁で公判中=や同新地の肉料理店「銀泉(ぎんせん)」経営、田中貴子被告(46)=西成区山王3、同=ら7人を職業安定法違反(有害業務の紹介)などの容疑で逮捕したと発表した。大神被告らは、借金苦の若い女性を九州から同新地へ送り込む“供給ルート”を確立しようとしていたという。
調べでは、大神被告ら4人は03年10月、福岡県在住の女性(23)を銀泉に売春目的で紹介した職安法違反の疑い。田中被告ら店側3人は、女性を同月〜昨年10月の間、売春させた売春防止法違反(周旋など)の疑い。
調べでは女性は多額の借金があり、大神被告らに返済方法を相談。大神被告らは福岡出身の田中被告に紹介し「今後も九州を供給源に」と計画していたという。
同署は「銀泉で売春している」との匿名情報を元に捜査。銀泉は03年8月に肉料理店として開店し、常時3人の女性がいたが、昨年10月の摘発後に廃業した。【栗田慎一】毎日新聞 2005年1月27日 22時39分
匿名情報も何も、飛田新地がどういうところかはみんな百も承知のはずなんだが。
今日の「10へー」。
発信箱:植民地の経済的得失
昭和11(1936)年といえば2・26事件の年だ。皇道派青年将校が1400人余の部隊を率いて要人を殺害、永田町一帯を占拠した。
その年の11月、外務省調査部が「日清戦争ヨリ満州事変ニ至ル日本外交ノ経済的得失」という報告書を出した。国立公文書館アジア歴史資料センターとそのホームページで閲覧できる。
戦争で植民地を獲得したが、その収支はどうか考察している。結論を抜き書きしてみよう。
「(戦費などで)実に58億円の国幣を捨て21万の戦傷死者を犠牲にして20億円(の貿易上の利益など)を得た」
「日本の領土的膨張政策は経済的にはまったくお話にならぬ損失」
「58億円の費用を支出したものは一般納税者であり、20億円の利益を得たのは少数の商工業者であった」
満州(現中国東北部)経営についても、毎年4500万円の利益に対し防衛費などで年々2億3000万円の損失を重ねている、と持ち出しを明らかにした。事変が日ソ・日中戦争につながる懸念も指摘しており、行き届いたものだ。
この年は日本という国家が軍に乗っ取られた年だ。その年の軍国主義批判だから、外務省も案外骨っぽいところがあったわけだ。もっとも、マル秘文書だから省内幹部限りの回覧だったのかもしれない。とすれば、負け犬の遠ぼえ、証文の出し遅れの気味もある。
いずれにしても着眼がいい。いまの外務省もこんな研究をしているのだろうか。案外、「イラク派兵に至った対米ベッタリ外交の経済的得失」などという研究があったりして……。(論説室・潮田道夫)毎日新聞 2005年1月28日 0時08分
なのに誰にも軍部の暴走を止められなかった訳ね。放っておいたらまたそうなりそうである。
●一月廿九日(土)・・・なんだか二時間ほどしか寝てないのに、午前中に目が覚めてしまった。春のような天気である。
丁度いいやと思って、近所の耳鼻科へ行く中耳炎は長引くが、顔を浸けないなら泳いでよいとの許可が出たので、来週からは水泳を再開しよう。でも、また薬も処方されてしまった。
一旦帰宅、寝ているみぜらはそのままに車を出し、苦楽園の天女邸まで行った。草野陽花監督から作品のパンフレットとビデオが届いたので、受け取りに行ったのだ。ついでに美味しいお昼ご飯とお菓子までご馳走になってしまう(^_-)-☆
五時過ぎには天女さんとアルファロメオで甲麓庵に帰宅、みぜらも起きてきたので、大掃除の相談などする。
そして天女さんと今度は電車で出発、六時半には「ムジカ」に着いた。駅の売店を回って神戸新聞の夕刊を探したが、どこにも売っていない。梅田エリアの売店なら、神戸新聞、京都新聞を置いていてもいいと思うのだが。
お茶するうちに、ヒロポンも登場。初対面の二人を紹介して、優雅にお茶会となる。堀江マスターが、神戸新聞夕刊に大きく載った僕のインタビュー記事をわざわざ神戸ムジカからファックスしてもらって、見せてくださる(^_^)v。黒いインヴァネスコートを羽織り、片眼鏡、ベストには懐中時計の鎖という我が姿、我ながらめっちゃ怪しげで、講談社現代新書の著者インタビューというより、魔術書か何かの著者みたいであったσ(^◇^;)
ヒロポンが、無能なくせにまぐれで国会議員に当選したアホ丸出しの青二才、泉健太がいるのを発見、本当に目ざとい(≧w≦)。ということで、聞こえるように大声で罵詈雑言を言いまくる。阿呆をいじめるのは実に楽しい(^_-)-☆。何しろ、国会会期中なのに関西に戻ってきて女連れででれでれしているのである。選良が聞いて呆れる。常に有権者の目があるということもわからないこの馬鹿は、安物のスーツに不似合いな議員バッジをこれ見よがしに光らせているのである。プライベートで楽しみたければ議員バッジぐらいはずしておけ、というのだ。バッジがなければ、ヒロポンだって彼奴が本人かどうか確信はもてなかった楼に、馬鹿の浅はかさの見本のようなやつであった。保守二大政党制など、日本のほかはアメリカぐらい、つまりまともな文明国の制度ではないのである。実に馬鹿馬鹿しい限りである。
九時半頃に天女さんが帰って、僕とヒロポンは閉店まで更に粘る。地下鉄の西梅田駅でヒロポンと別れ、まっすぐ帰宅。みぜらは出勤していない。
今日の「本当にただの馬鹿」。
歴史教科書:
中山文科相、また「自虐的」と発言中山成彬文部科学相は29日、宮崎県都城市であった自身の大臣就任祝賀会で、歴史教科書について再び「自虐的な教科書がいっぱいある」などと発言した。同相は昨年11月にも、歴史教科書の記述は「極めて自虐的」などと発言し、韓国メディアなどからの批判を受けて発言を修正したばかり。同様趣旨の発言は、再び内外の論議を呼びそうだ。
中山文科相は、あいさつの中で、自民党が公明党との調整がつかずに今国会提出を断念した教育基本法改正案について「私としては『愛国心』という言葉でまとめ、改正したい」との考えを示した。そのうえで、歴史教科書に触れて「自虐的な教科書がいっぱいある。日本が悪いことばかりしたという教科書がある」などと述べた。
同相は昨年11月に大分県で行われたタウンミーティングで、歴史教科書について「自虐史観に立った教育だけはしてはいけない」などと発言。韓国メディアらの強い批判の後「個人的な立場で述べたが、教科書検定を実施する立場になった以上(発言は)控えるべきだった」と、発言を修正していた。
今回の発言に同相は「もう失言はしないようにしようと思っている。本当は失言したいんです。今日はマスコミはいるの? じゃあ、あまり(失言)しないように」とも述べた。
毎日新聞 2005年1月29日 23時13分
ここまで馬鹿だと死んでも治らないだろう。
●一月三十日(日)・・・明け方、ガーリィエクスのために上阪していたカオリンがやってくる。僕はそれから寝た。
そして二時間ほどしか寝てないのに、予定より更に早く目が覚めてしまった(≧w≦)。とにかくカオリンを起こさずに身支度をする。みぜらはまた帰宅していない。
みるクン(るいう)とは九時十五分に駅のホームでと言っていたのに、彼が来たのは九時三十五分(≧w≦)。ともあれ、きゃわゆい恋人と合流して、そのまま直通特急で尼崎へ出る。そこから滅多に乗らない西大阪線に乗り換えて、西九条に向かう。今はまだローカル線だが、あと四年もすれば難波まで乗り入れ、近鉄電車と直通となり、つまり1435mmゲージの私鉄線路で名古屋から姫路までい直線につながることになる。三宮〜奈良間に快速急行が往復し、大変な幹線になることだろう。
西九条について、国鉄の改札に行くと、そこでゆずひこ少年、そして哲子さんと合流した。今日はみなでUSJへ行こうということになったのである。そして環状線のホームで風太とも合流。夢咲線こと桜島線に乗って、ユニバーサルシティ駅で下車した。昨日まで暖かかったのに、何だか無茶苦茶寒い(≧w≦)。
帰省先の阿波徳島から直接バスでやってきたナオヘー爺と合流、いよいよユニバーサルスタジオジャパンへ。大のテーマパーク嫌いの僕なので、当然ここは初めて。でも入口が、結構1930年代辺りのモダニズムスタイル建築っぽ作ってあるしあるし、内部のはりぼての街並みも思ったよりはいい感じである。
ということで、アトラクションを巡るが、とにかく寒い。そのくせやたらと夏向けのアトラクションが多いのには閉口してしまった(-人-)。まずはスヌーピーのジェットコースター。これは屋内だから暖かかったのだが、その次のウォーターワールド、ジョーズ、ジュラシックパークと水をかぶるものが続き、死にそうになった。あまりに寒いのでバックドラフトへ行く。ここは屋内の上、やたらと本物の炎が使われていたので要約人心地ついたといったところか。 それから立体映像のターミネーターを見てから、一旦場外に出て、「ポムの樹」で皆してオムライスを食べてお昼にした。
再び入場してからは、ET、スパイダーマン、バックトゥザフューチャーを見て、最後にもう一度スパイダーマンに乗って、閉園時間の六時となった。ユニバーサルウォークでパントマイムの大道芸を見て、皆で国鉄に乗ってとりあえず梅田に出る。お茶でもというつもりだったのだが、そろそろ高校生は帰らせなければならない時間になってきたしということで、ナオヘーの希望で阪神百貨店梅田本店で開催中の全国駅弁うまいもの市を見る。僕は橡の実大福を購入した。
結局そこで解散、哲子さんは地下鉄で、残りの僕らは全員阪神特急に乗った。ゆずひこが尼崎で降りて、僕とみるクンと風太と八歳児は甲子園で降りて、ナオヘーはそのまま神戸へ帰った。
みるクンと書斎でまったり、風太たちは茶の間でいちゃいちゃ。みぜらは仕事に行って既にいない。寒いが穏やかな夜となった。
みるクンも十時前には帰っていく。明日は学校なのだ。
●一月三十一日(月)・・・昨夜は早く寝たので、朝のうちに目が醒めた。しかし朝帰りのみぜらはしょうがないとしても、風太も八歳児ことあきとくんも昼過ぎまで起きてこない(-人-)。
ようやく皆が起きだしたので、茶の間に移って皆で団欒となったのだが、八歳児が実に気持よさそうに昼寝をし始めたので、釣られて僕までまた寝てしまったσ(^◇^;)。今日は皆でカラオケにでも行こうか、ということになっていたのだが…。
朦朧としていてよく憶えていないが、その間に哲子さん、そして今日が二十歳の誕生日のナオヘー爺がやってくる。そんなこんなで、先発隊の風太、八歳児には電車で出発してもらって、僕、ナオヘー、みぜら、哲子さんで車で出発、夙川のくら寿司に向かう。ナオヘー爺さんの誕生パーティーをするのである♪
くら寿司に着いたら、既にきゃわゆいみるクン(るいう)、そして風太と八歳児が着いていた。みるクンはいつ見ても本当に可愛い(≧w≦)。ということで、七人で楽しく会食となった。みなして結構食べたが、やっぱりトップはみぜらであった(笑)。
かなり長時間楽しんだが、十時前には店を出て、まずはゆずひことナオヘーを阪神西宮駅に送った。それからみる邸にてみるクンを降し、そして伯爵邸に戻る。めっちゃ寒くなってきた。
夜、風太、八歳児、僕の三人で、僕の友人である草野陽花監督の処女作、「青の瞬間(とき)」を観てから寝た。
ところで、このホテルのホームページの日本語は笑える。
http://www.hotelturner.com/giapponese/italiano_jap.htm
今日の「社会の不良債権@」
ひき逃げ:中2の少年運転のバイクが女性はねる 静岡
30日午後3時20分ごろ、静岡県藤枝市小石川町3の市道脇の歩道で、同市内の市立中学2年の少年(13)が、盗んだバイクを無免許で運転中、前を歩いていた同市東町の無職、小沢きよさん(76)をはねてそのまま逃げた。小沢さんは頭を強く打ち、意識不明の重体。県警藤枝署は目撃証言などから、約2時間半後に少年を道交法違反(ひき逃げ)、窃盗などの疑いで補導し、同日中に児童相談所へ通告した。
調べでは、少年は遊び仲間で同市内の私立高1年の男子生徒(16)とバイク2台に分乗し、後ろに少女計3人を乗せて幅約1.5メートルの歩道上を走っていた。後ろを走っていた男子生徒の方を振り返った際、小沢さんをはねたという。
バイクはいずれも同市内で盗まれたもので、盗難届が出ていた。少年は容疑を認めている。同署は、他の4人も補導した。【小林慎】毎日新聞 2005年1月31日 10時55分
こういうガキは更生の余地ゼロだし、生かしておいても全く無駄である。存在自体が社会的損失であるな。
そして今日の「社会の不良債権A」
中村七之助:公務執行妨害で逮捕 父勘九郎さん謝罪会見
警視庁大塚署は30日、東京都文京区の路上で同署員を殴ったとして歌舞伎俳優、中村七之助容疑者(21)=本名・波野隆行=を公務執行妨害容疑で現行犯逮捕した。
調べでは、中村容疑者は30日午前6時40分ごろ、文京区水道2の路上で大塚署員の顔を殴った疑い。自宅近くでタクシーを降りようとした際、料金支払いを巡って運転手とトラブルとなり、料金を払わずに「帰る」と歩き出した。連絡を受けた署員が追いつくと、突然殴りかかったという。
中村容疑者は29日、東京都内のホテルであった父勘九郎さんの「十八代目中村勘三郎襲名を祝う会」に出席後、友人らと飲食し、帰宅途中だった。逮捕当時、酒に酔っていたといい「よく覚えていない。迷惑をかけて申し訳ない」などと供述しているという。2月の活動は自粛し、3月以降は未定。
勘九郎さんは30日夜、記者会見し「甘やかして育てたつもりはなかったが、こんなにばかだとは思いませんでした。本当におわび申し上げます」と沈痛な表情で謝罪した。
中村容疑者は勘九郎さんの二男。立役、女形の両方を演じられる若手として歌舞伎界で期待されている。テレビドラマや映画でも活躍し、03年公開の米映画「ラスト・サムライ」では明治天皇役を演じた。【三木陽介】毎日新聞 2005年1月30日 20時04分
卑しい世襲の河原乞食の馬鹿息子が卑しい事件を起こしている。
今日の「社会の不良債権B」
公然わいせつ:義足調整を見誤り 会社員に無罪 福岡地裁
バスの車内で下半身を露出したなどとして、公然わいせつ罪に問われた福岡県内の男性会社員(44)に対し、福岡地裁は31日、無罪(求刑・懲役6月)を言い渡した。男性は「ズボンを下ろし、義足を調整しただけ」と無罪を主張し、近くに乗っていた女子高生の目撃証言が信用できるかどうかが争点だった。谷敏行裁判長は「相手に対する嫌悪感が先に立ち、予断などから義足の調整をわいせつ行為と誤った可能性を否定できない」と判断した。
男性は昨年3月1日正午過ぎ、福岡市中央区内のバス停から博多区内の勤務先に向かう路線バスに乗車し、最後部の座席に着いた。周囲の女子高生が「露出狂がいます」とバス運転手に通報し、博多署で逮捕された。
男性の前方に座っていた女子高生は「後ろを見て背もたれから身を乗り出し、確かに目撃した」と証言。検察側は公判で、男性のズボンとシャツから体液が検出されたことを明らかにした。
判決は「証言通りの行動をしたことはあり得るが、女子高生は義足を知らず、わいせつ行為との先入観があった。体液も下着などには付いていなかった」と指摘した。
男性は中学1年生の時に交通事故で左足を切断した。公判では「義足装着の痛みが我慢できなくなり、やむを得ずバス内で調整した。ベルトを動かしたのを女子高生が見間違えた」と主張。体液についても「2日前に自宅で付いた物で無関係」と反論していた。【吉富裕倫】毎日新聞 2005年1月31日 11時10分
予断と偏見でしかものを見れない馬鹿女子高校生の存在なども無価値なこと甚だしい。典型的な「自意識過剰なブス」であろう。
更新履歴
●日記のインデックスから、二千三年分を古い分にまとめて移す。(1月2日)
●「写真ギャラリー」の「第55章 旧作補遺京都篇・其の三」に八ページ目を増補。(1月11日)
●「写真ギャラリー」に「第57章 京都篇其の六」を作成開始、一ページ目をアップロード。「風太帖」の「風太日乘」を今年初更新。(1月12日)
●「写真ギャラリー」の「第57章 京都篇その六」に二〜五ページ目を追加。(1月13日)
●「写真ギャラリー」の「第57章 京都篇其の六」に六ページ目を追加。(1月14日)
●「写真ギャラリー」の「第57章 京都篇其の六」に七ページ目を追加。(1月18日)
●「写真ギャラリー」の「第57章 京都篇其の六」に八ページ目を追加。(1月19日)
●「写真ギャラリー」の「第57章 京都篇其の六」に九ページ目を追加。(1月20日)
●「風太帖」の「風太日乘」を更新。(1月27日)