二月の伯爵日乘&更新履歴
MMXI

伯爵日乘
●二月四日(金)・・・夕方、市役所東館へ。今日から「第2回西宮『あの頃 あの場所』写真展」なのだ。
●二月五日(土)・・・西宮阪急にて打ち合わせのあと、今日も「第2回西宮『あの頃 あの場所』写真展」へ。
●二月六日(日)・・・早起きして車を出し、11時には西宮阪急へ。書家の田面さんと打ち合わせ。
「アフタヌーンカフェ」でお茶してから、解散。そのまま車で市役所東館に行き、八階ホールへ。今日は「西宮市都市景観賞」の授賞式なのだ。五年に一度の大きな賞だし、今回は僕ら西宮市まちなみ発見クラブも賞を出すのである。
ということで、一時から四時まで、長いイベントだったが非常に楽しかった。
終了後、有志で国鉄西ノ宮駅前の「漁民」にて打ち上げ。但しこの頃から物凄く歯が痛くなってきた(´㋬`;)。
結局我慢しきれず、宴会中に携帯で歯科医を検索、早速予約した。七時には西宮北口のS歯科医院へ。年中無休というすごい歯医者だが、おかげで助かった。とりあえず、レントゲンを撮って、神経を抜いて、すっかり痛みがなくなった。
●二月七日(月)・・・死ぬほど頑張って早起きして、すぐに車を出し、九時半には中津のハッテン場「スピード」前にてwwヒロポンを拾い、そのまま扇町から阪神高速守口線に乗った。今日は近江八幡出張なのだ。
大日で一旦高速をおり、そして第二京阪道路、京滋バイパス、名神高速と走り続けて竜王インターチェンジで降りる。ヒロポンのリクエストで竜王三井アウトレットパークに寄ってから、近江八幡駅前で美術ライターの阿部和壁氏と合流。まずは腹ごしらえということで、郷土資料館近くの小さな喫茶店に入ってヒロポンお薦めの近江牛カレーを食した。
それから市役所、天籟宮にてそれぞれかなり時間をかけての打ち合わせ。3月20日に琵琶湖ビエンナーレの総括シンポジウムがあるので、その準備なのだ。天籟宮は明治時代の町家なので物凄く寒かったσ(^◇^;)。
僕とヒロポンは一足先に抜け出して、「クラブハリエ」本店の日牟礼ビレッジにてお茶。ヴォーリズ建築も中まで見せてもらった。
阿部氏と合流して、近江八幡をあとにし、名神高速に乗る。さすがに疲れたので大津サーヴィスエリアで一時間ほど休憩。名神深草バス停で阿部氏を降ろし、吹田インターチェンジから中央環状線、新御堂筋を経て都心に出て、谷町筋を南下して国鉄天王寺駅でヒロポンを降ろす。あとはまっすぐ帰宅。
●二月八日(火)
●二月九日(水)・・・午後遅く、車を出して西宮神社へ。今日一日だけ、吉井貞俊前権宮司と福川良女史の二人展が開催されているのだが、会場に父がいたので吃驚。何でも映像と音楽を担当していたらしいが、僕は全然聞いていなかったのだσ(^◇^;)。西宮船坂ビエンナーレ2010をきっかけに、吉井さんと父は非常に親しくなったらしい。
父は先に帰ったが、後片付けを手伝っていると父の忘れ物が(笑)。ということで、車で実家まで届けた。そして明日が母の誕生日だからということで、結局両親と車で食事に出かけた。
帰宅後、グルメライターのシュガール女史が来訪。今日から里帰りのため、シュガール家の養子になっている白足袋ちゃんが帰省なのだ。随分大きくなったが、曾孫はとても可愛い♪ 居候のKも猫好きなので、大喜びである。
更に十一時過ぎには車を出し、上ヶ原の山下邸へ。そのまま武田尾までドライブ。解散後、小腹が空いたのですき家に寄ってから帰宅。
●二月十日(木)・・・夜まで在宅して書き物など。夜になってから「ムジカ」へ。
●二月十一日(金)・・・信仰の自由を考える日。朝から大雪で、かなり積もった。夜は浜田温泉へ。
●二月十二日(土)
●二月十三日(日)・・・午後、出発。一時過ぎに北浜にてごおと、ねこ=^・。・^=さんと合流。「北浜レトロ」が満席だったので、仕方なく證券取引所ビルの「上島珈琲」にてお茶。NPO設立についての打ち合わせなのだが、色々盛り上がってしまった。
ねこ=^・。・^=さんと解散後、ごおとと北浜、船場界隈の近代建築を見て回り、芝川ビルヂングのヴェトナムレストランにてお茶。更に歩き回り、夜になってから中崎町の「アラビク」にて更に長時間お茶してしまった。とても寒い日だったが、充実していた。
●二月十四日(月)・・・ヴァレンタインデー。またまた朝から大雪で、庭にもかなり積もった。夜出かけて、大阪倶楽部へ。日本テレマン協会のマンスリーコンサート。終了後、「ムジカ」でお茶してから帰宅。転轍機を炙るカンテラの炎が幻想的で美しい。
●二月十五日(火)・・・雪のためにバスが遅れて、洋子ちゃんが到着したのはもう昼過ぎ。そして一時にはシュガール女史もやってくる。一時半から三時ぐらいまで、洋子ちゃん、シュガール女史と千春を探して回るが、手がかりなし。三時過ぎ、居候のKが出かける。そしてシュガール女史も白足袋ちゃんをつれてかえる。
僕は六時過ぎに出発、特急で梅田に出て、そのまま地下鉄御堂筋線に乗り換えて心斎橋で下車。あるホテルの宴会場へ。今日は某シンポジウムでゲストコメンテーターを頼まれているのだ。同じくゲストで来ていたライター陣に、なんと「友人の友人」が二人もいて吃驚。縁ってどんどん広がるもので、面白い。シンポジウム自体もとても面白く、僕も勉強になった。
しかし、二次会のお誘いは断腸の思いでお断りして、大慌てで帰宅し、そのまま車を出して西宮ガーデンズの阪急百貨店へ。明日から始まる「デパートに、里山アートがやってきた!~西宮船坂ビエンナーレ関係作家が彩る都市空間~」展の設営に、遅ればせながら駆けつけたのである。有坂博士、洋子ちゃん、学生ボランティアD嬢と合流。
十二時前、ようやく設営終了。四人で車に乗って、武庫川の「ガスト」で軽く慰労会。D嬢はそこで解散し、有坂博士を梅田のホテルまで送り、そして五色湯に寄ってから明け方帰宅。
●二月十六日(水)・・・疲れ果てていて、起きたらもう午後( ̄□ ̄;)!! 今日も洋子ちゃんとちはると探して町内一周してから、三時過ぎには西宮阪急へ。西宮船坂ビエンナーレ2010ではボランティアスタッフだった洋子ちゃんも、今回はアーティストデビューである。有坂博士、鈴木貴博氏と挨拶しているところに、マイミクの完ちゃん氏も登場。洋子ちゃんと僕と完ちゃん氏の三人で、じっくり展示を見て回る。僕自身、書家とのコラボレーションで自分の作品を展覧会に出すというのは初めてのことなので、なかなか楽しい。平日だがお客さんも多く、なかなか楽しい。
ゆっくり見て回って、「龍之紅河」にて坦々麺を食し、更に「丸福珈琲店」にてお茶。七時過ぎに西宮北口駅改札にて解散してから、一人で阪急に戻り、サイド展示を見てから、同時開催の美大生展も覗く。
九時前には帰宅した。
●二月十七日(木)・・・昼過ぎには起きた。風邪気味というほどではないが、ちょっと本調子ではない。
四時前にちりめんじゃこ嬢が来訪。そのまま一緒に出かけて、阪神電車、阪急電車を乗り継いで、西宮ガーデンズへ。ちりめんじゃこ嬢は西宮船坂ビエンナーレ2010のボランティアリーダーだったのだが、十五日から風邪で寝込んでいたので、西宮阪急での展覧会は今日が初めてなのだ。
ということで、僕は二日連続になるが、今日も時間をかけてゆっくりと鑑賞。僕は美大展で変なピアスも買った(笑)。烏賊の形なのだ。
どこでお茶しようかということになって、結局阪急電車で三宮に出て、元町「ムジカ」へ。神戸店は久しぶりである。
雨が降ってきたが、九時半頃帰宅。月曜にはドカ雪だったのに、今度は暖かく「春を呼ぶ雨」の様相。
●二月十八日(金)・・・今日はKIITOのイベントに行くつもりだったのだが、急遽ヒロポンから連絡が入ったので、神戸ではなく梅田へ。
ということで、「ムジカ」でお茶しつつ、最近の諸々について打ち合わせ。色々「判明した」こともあるので(笑)、大きな進展がありそう。ヒロポンは山口県に出張とのことで八時半頃には散会。僕はそのまま残って閉店まで新聞を読んで過ごした。
●二月十九日(土)・・・滅茶苦茶早起きして、八時四十分には出発、直通特急で梅田へ。
旧大阪中央郵便局前で画家の吉田稔美さん(エヌガールさん)、及びその大阪芸大の先輩である映像作家VideGramさんと合流。VideGramの車で一路舞洲へ。まずは大阪市環境局舞洲工場の見学なのだ。予定より随分早くついたのに、さすが関西のお役所はフレキシブル。すぐに入れてくれた。待つほどもなく、一緒に回る和歌山県某町ご一行様も到着。引率の公民館職員とは共通の知人がいて、何とも奇遇であった(笑)。
ということで、早速施設内を見学。担当のHさん、さすが大阪市職員である。大変面白く愉快な解説で、飽きさせない。フリーデンスライヒ・フンデルトヴァッサーの遺作である建築は素晴らしく、またごみ焼却場としての内部も面白い。
その後、舞洲工場のすぐ近くにある舞洲スラッジセンターを外側から一周して、車戻る。
一路都心に戻り、「オピューム」にて優雅にランチ。やはりここは最高のリストランテである。
食後、歩いて「カロ」そして「SAIギャラリー」へ。垣内玲展は意表を突かれた。
車に戻り、今度は富田林へ急ぐ。途中平野区で、大阪万博のパビリオン「せんい館」で使われていたという四谷シモン氏の人形が飾られた紳士服店「テーラー・タニノ」に寄った。ルネ・マグリット像らしいが、これには吃驚。
富田林では駅前の駐車場に車をとめて、寺内町まで歩く。といってもすぐである。エヌガールさんが学生時代住んでいたアパートを探すが、発見できず。途中でエヌガールさんの友人の写真家白石ちえこ女史とばったり。更に東京から来ている人たちと合流して、いよいよ重要文化財杉山家住宅に到着した。今日はここで西宮船坂ビエンナーレ2010にもお招きした「大阪芸術大学池田組」の錦影絵公演なのだ。
寒い中、重要文化財のため火の気のない杉山邸の座敷での上演だったが、熱気溢れる舞台で実に素晴らしかった。池田先生に挨拶し、東京勢と別れ、駅前のミスドに寄ってから車に戻り、途中生野区の「丸亀製麺」で軽く食事してから、難波元町小学校前にて解散。さすがに疲れていたので、大阪難波駅から阪神電車でまっすぐ帰宅。
★今日の指定管理者制度
学芸員が一斉退職へ 芦屋市立美術博物館
会見する芦屋市立美術博物館の学芸員ら=18日夜、芦屋市役所(撮影・内田世紀) |
阪神間で戦後、活躍した前衛美術集団「具体」のコレクションなどで知られる芦屋市立美術博物館(同市伊勢町)の学芸員4人全員が、大幅な人件費削減などに反発し、3月末で退職することが18日、明らかになった。学芸員の一斉退職は異例で、同館への寄託品の引き揚げを検討する所有者もあり、地域の文化を伝えるコレクションが散逸する恐れも出ている。(神谷千晶)
学芸員は、同博物館を運営するNPO法人「芦屋ミュージアム・マネジメント(AMM)」に所属。18日夜、芦屋市役所で事務職員を含む計5人が会見を開き、2010年度末での退職の意向を表明した。
同館は1991年に開館。財政難などから2006年以降、AMMに業務を委託した。学芸員は市職員からAMM職員になって仕事を続けていた。
市はさらに2011年度から指定管理者制度の導入を決定。今年1月、AMMと小学館集英社プロダクションなどを含む団体を指定管理者に選定した。
AMMなどでつくる指定管理者は、10年度に約3100万円計上していた人件費を新年度から約1100万円圧縮。学芸員を4人から2人に減らし、約2000万円に減額する方針を決めた。
約18年勤めた同館統括リーダーの明尾圭造さんは会見で「人件費や事業計画をめぐり、相談がないまま話が決まっていった。地域の歴史や文化に対する責任を考えると非常に残念だが、AMMに対する不信感が募っており、今後の運営には参加できない」と退職の理由を説明した。
一方、AMM側は「限られた予算の中で運営して行かなければならず、(退職は)残念だ」と話している。
学芸員4人全員の退職に、芦屋市立美術博物館に貴重な作品を寄贈・寄託している地域住民らが不安を募らせ、作品の引き揚げの検討を始めた。
同市で昭和初期に活躍し、前衛的な「新興写真」運動で知られた写真家・ハナヤ勘兵衛の作品を寄贈した遺族は「地元の文化をよく理解してもらい、長年、信頼関係を築いてきた学芸員がいなくなることは非常に不安だ」と話し、作品の引き揚げも検討。「(遺作は)芦屋の地域文化事業に生かしてもらいたいのだが」と複雑な心境を語る。
また江戸期の古文書や絵図などを寄贈した同市三条町の住民組織「三条会」の松本源一郎会長(69)は「週明けにでも地域のみんなで集まって話し合い、返却を求めるかどうか決めたい。今後の運営方針について、市はもっと丁寧に説明してほしい」。元「具体美術協会」メンバーの美術家、堀尾貞治さん=神戸市兵庫区=も「寄託作品は返却してもらう方向で考えている」としている。
同博物館は関係者に対し、寄託し続けるかどうかなど聞き取り調査を続けている。(2011/02/19 00:02)
いやはや、日本一のお金持ちの街なのに、個人で支えようというお大尽はいないのか(>_<)。ってゆーか、神谷さんの署名記事だった。
●二月二十日(日)・・・二時過ぎ、車で出発。かなり道が混んでいて駐車場に入るのに苦労したが、とにかく西宮ガーデンズへ。法事のため帰省している高校の後輩にして今では有名ゲーム監督らしいジロックス(イシイジロウ)と合流。西宮阪急の船坂展をゆっくり見て回る。今日は日曜なので、鈴木貴博氏の「未来人」にも乗れた(笑)。勿論本人も来ていた。
「ドラゴンレッドリバー」にて食事してから、車を出すが、なかなか車で入れそうな店がない。「アンリ・シャルパンティエ」、「白鷹麓水苑」とも満席で、ついにお茶を諦めてそのまま新大阪駅へ。1964年、新幹線開業当時の雰囲気が濃厚に残る新大阪駅構内の昭和テイストな喫茶店でお茶して、解散。あとはまっすぐ帰宅。
それにしても、今日のau携帯ニュースに、「反政府派が町を選挙」というひどい見出しがあった。リビアでカダフィ独裁体制に反対する市民が地方都市を「占拠」したという記事なのだが、これ、学級新聞でもネトウヨでもなく「天下の朝日新聞」である。朝日の購読をやめて随分になるが、やめて正解だったというほかない。
更新履歴
●「骨董建築写真館」に「都市探検・路上観察篇・その四」を追加。(2月10日)
●「骨董建築写真館」に「路上觀察・都市探險篇・其ノ五」を追加。(2月15日)