こんにちは!
 このホームページは、「ちっちゃなギャラリー」と銘打ってこれまで描きためていた水彩画を紹介しています。
野山に咲いているちっちゃな花たち....藪の中で、川辺に、崖っぷちにと...決して誰かに見てもらおうと着飾っているわけではありません。ただただひっそりと道ばたに咲いている彼らなのですが、不思議と彼らの声が聞こえたような気がして吸い込まれるように車を止めてスケッチが始まるのです。
 たくさんの花たちとの出会いの中でもらったたくさんの言葉を一筆一筆に込めて描いてきたようなそんな気がして子どものように”かわいい”作品ばかりです。
お楽しみいただけるでしょうか?


 7月から8月にかけてみかけられます。ぎらぎらと輝く太陽の下でしたたかに咲いているのです。決してかわいい、しなやかな花ではないのですが、どことなく気にかかる花なのです。
「自分はここで生きているんだ」という叫びが聞こえてくるような強さをひしひしと感じるのです。 野原や堤などに生えていますので今が彼らに出会うチャンスです。
          
    

やぶかんぞう

1995年は、とっても暑い夏でした。家族で信州旅行をしたときのことです。海抜1000m近くあるところですから例年ですと朝方など窓を開けていれば寒くて目がさめるとのこと、ですからクーラーなど全くついていません。「あついなー」とうなりながら旅をしていました。一番涼しかったのが車の中なのです。
これは白樺湖近くの八島湿原に咲いていました。ここの駐車場に入るのに一時間近く待たされ
たという苦い思い出とともに筆をとりました。                   
 

ききょう


今から20数年前、下宿の窓から大きな松の木がそびえたっているのが目にはいってきました。    ところが、その松の幹が紅色に燃えているのです。「松の木のはずなのに・・・おかしいな!」と思いその松の木のあるところまで探検に行きました。するとこの花が松の木にからみついているのです。どこにでもからみついてぐんぐんとのびていきます。また、種を飛ばしては仲間をどんどん増やしていくのです。松江の実家の庭から昨年この苗を引っこ抜くように乱暴に掘り出してきたのですが、ちっぽけな裏庭にちゃんと根付き、むき出しのブロック塀を緑にかえてくれつつあります。来年あたり花をつけてくれるでしょうか。
ちょうど夏の暑い時期、夕暮れ時にみるこの花が一番好きです。秋の落日を思わせるこの色がいいです。アメリカのうぜんかづらというものもあります。これは、花の広がりが小さく色もえんじをおびているのでこんな優雅さはありません。         
                       

 

のうぜんかずら

1997/8/5

日溜まりが大好きでいつも太陽の下でにこにこと笑っているような花たちです。先日、震災の跡地を整理すると言うことで幼い頃からお世話になっていた方の玄関先に咲いていたハナカタバミをもらって帰ってきたのです。ところが、我が家は北向きの玄関。このためせっかく植えていたものが日当たりが悪いせいで跡形もなく消えてしまいました。大切な記念がなくなってしまいとても残念なことです。
 また種もおもしろく、熟したさく果を軽く手で触っただけで「やめろ!」と言うように勢いよく種をはじいていきます。           

       

かたばみ

1982/4/29

朝日に輝く花ということで韓国の国花になっているそうです。ハングル語で「むぐんふぁ」というのですが語感が似ていますね。原産が中国、インドだけあって暑さがよく似合う花です。まるでイブニングドレスを瀟洒に着こなしているという感じの花です。あのハイビスカスとも姉妹、フヨウ科の植物なのです。そんなに大きいとは言えない木にはいつ見てもたくさんの花が咲いています。一つの花の寿命はそんなに長いものではないのですが次々に咲いていくので暑い夏中、花が絶えることがありません。         

                  

むくげ

1997/8/20

竹久夢二が「富士には月見草がよく似合う」と言ったそうですが、この「月見草」というのがこのオオマツヨイグサのことなのですね。もともと観賞用の花として輸入栽培されていたものが、日本の土壌によくあったのでしょう、畑から逃げ出して今では道路沿いに群生するようになりました。この花の開花は、他の花とは違って夕方から朝方にかけてという不思議な時間帯に咲いています。これは、夜に活躍する蛾に受粉を手伝ってもらってのことのようです。花と昆虫のうるわしい助け合いからこんな開花時間が維持されているのでしょう。                      

     

おおまつよいぐさ

1997/8/15

1995年は、とっても暑い夏でした。家族で信州旅行をしたときのことです。海抜1000m近くあるところですから例年ですと朝方など窓を開けていれば寒くて目がさめるとのこと、ですからクーラーなど全くついていません。「あついなー」とうなりながら旅をしていました。一番涼しかったのが車の中なのです。
これは白樺湖近くの八島湿原に咲いていました。ここの駐車場に入るのに一時間近く待たされたという苦い思い出とともに筆をとりました。            
       
 

こおにゆり


1994年 白馬岳、八方池付近に咲いていたまつむしそうと われもこうです。八月の上旬ですが山は秋模様です。チングルマはもうすっかり風車のように白いひげに変わっていました。空にはミヤマアカネがたくさん飛び回っていました。空は抜けるように青く日向でのスケッチは堪えます。しかし、日陰に入ると心地よい風が汗ばんだ体を冷やしてくれるのです。                     

     

まつむしそう

1994/8/3
六甲山の植物園にでかけました。くっきりと広がる青い空をバックにファインダーをのぞき込むと自分の方が青いだろうと5枚の花弁・・・いやきっと がくなんでしょうね・・・を大きく広げ、すっくとたたずんでいるのです。高山植物の美しさは、その自然環境の厳しさに耐え磨かれた賜だと言われますが、彼らの自慢話に耳を傾けてみると真冬の吹雪の音が聞こえてくるようです。
みやまおだまき 1999/8/10
もう20年近くなるでしょうか。新婚当時、マンションの窓際で描き上がりつつあったぼたんの絵を見ながら明日は、この部分を描こうかなと楽しい一時に酔いしれていました。そんなある日、たまたま大きく開かれた窓から夕立が吹き込み、せっかく描いたこの絵には、見るも無惨、まだら模様がついてしまってがっかりしてしまいました。そんな時間の谷間を埋めるため原画を元にもう一度描きなおしてみました。
ぼたん  1999/8/15 
1年生の遠足に王子動物園までつれていきました。夜行動物の飼育舎を出たとたん、出口の門に何やらからみついて茂みになっているところがあるのです。なかなかこの花と出会えずにいたので、引きつけられるようにして近寄ってみました。すると、このとけいそうなのです。たくさんのおしべが文字盤、めしべが長針短針を思わせ、まるで時計さながらに咲いています。見とれているともう時間、きりんの所に子どもたちを連れていかなければならなかった。絵の中では、今でも子どもたちの楽しかった思い出の時を刻んでくれているのです。
とけいそう 1999/8/25
 三田市の郊外で素敵なコスモス畑を見つけました。
 去年、高槻にあったはずのコスモスの里を探しに車を走らせたのですが一向に見つけられなかったことが不思議でなりませんでした。たしかこのあたりにあったはずなのに?と あっちへいったりこっちへいったり半日かけて探してみたことがありました。その訳がやっとこの夏に分かりました。日本の農業政策のひずみの中で、あのきれいなコスモスは花を咲かしていたんです。米が余っているから強制的に減反させられ、その跡地にコスモスの種がまかれることになったのです。そして、「コスモス畑」と便宜上させられているようです。ですから、あの三田市の素敵な光景も来年あるかどうか分かりません。来年もまた見られるのがいいのか、見られないのがいいのか・・・?
コスモス 1999.9.30
 海岸線によく自生しているたますだれという花によく似ていました。緑化植物園で春の光を浴び、せいのびをして咲いているようです。
思わずその横に寝転がると白い雲がぽっかり浮かんでいました。
ここは、子どもたちがまだ小さいときによく散歩に連れてきた公園です。
目を閉じるとほんのすぐそばに子どもたちの弾む声が聞こえてくるような・・・そんなうれしい錯覚にまどろんでいました。
ハブランサス・ロブスタス 1995.8.19
この夏は、梅雨明けが遅く8月になっても、まだ北陸地方は梅雨が明けていませんでした。金沢、立山、白川郷への家族旅行もなんだか心許ない思いで出かけたのですが美女平に着く頃は、梅雨の晴れ間で黒部の山々がすっくと青空の中にそびえていました。足下には、いわかがみ、つばめおもと、ちんぐるまたちが この短い夏、今を盛りと咲き誇っていました。
いわかがみ 1992.8.20
シクラメンを「ぶたのまんじゅう」って言うのだそうです。毎年、クリスマスシーズンに大きな鉢を買い込んでおくと正月まで十分楽しめます。これが、我が家の正月買い物の一つなのですが、どうしても次の年に花をつけさせることが出来ません。花が終わるとついつい片隅に追いやられたシクラメンは、水をもらえずに枯れてしまっていたのです。ところが、数年前、玄関先になげやっておいた球根(ぶたのまんじゅう)からきちんと花を咲かせてくれています。華やかには咲かないのですが今年もまたこの花に出会ってほんのりとした気持ちになれるのです。
シクラメン

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「みる」という漢字には、見る・視る・観るがあります
見るは、漠然とみるとき、視るは視点を定めて立ち止まってみるとき、そして観るは、しゃがみこんでの観察のときにつかわれます。このホームページで出会える作品は、「観る」を定点において描き上げられていますので、作者が肌で感じ取った自然の息づかいや温もりまでもが画面の向こうから伝わってきます。
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