夏のある日、郊外に涼を求めてでかけました。そこにはモウソウチクの林です。見上げるとささの葉が幾重にも重なり、お互いにこすれあい、まるでささやきあっているのです。そんなモウソウチクのトンネルの向こう、光の中から子どもたちの明るい声が近づいてきます。「こんにちは!」快活なその声に思わずしどろもどろしている自分が恥ずかしかった。そんなほんのりとした風景の中でピンクの可憐なクズの花がこぼれんばかりに咲き誇っています。自然と人間が共存している豊かな空間が人の心を育んでくれるのでしょうか?
クズとヘクソカズラ
猪名川の堤防を走りました。ふと眼を川原に向けると川原を埋め尽くさんばかりに黄金色の穂が風に揺れてまるで朝の光に輝く海原のようなうねりです。
「おや!」
車を降りて近寄ってみると、そこにはキクイモの大群。所狭しとひしめきあっているのです。このキクイモは帰化植物で外国から明治時代に入ってきたものだそうです。名前の通りいものような根っこがあり、これを原料に飴をつくったとか・・・・上空をジャンボジェットが滑走路めがけて降りてきました。
なんだかのどかな気持ちになってその巨体を見送った夏の昼下がりです。
キクイモとアレチウリ
早春の雑木林に、一足早く春の訪れを告げる花、シュンラン。
図鑑では、知っていたのですがなかなか出合う機会がありません。ですから、あこがれは募るばかり。そんな話を職場でしていたのを覚えてくださっていたのか先輩から電話。「シュンランが2株手に入ったからとりにおいで」とのこと、いそいそと出かけました。レースをまとった貴婦人のように・・・・素敵です。透き通った花弁を描くのはむずかしいものですな。不透明水彩では、重たくなってあの軽やかな輝きを現しきれないのです。
しゅんらん
<ムクドリ>
 ムクドリは日本各地に棲んでおり、年中どこにでも見かけることができる。そのため我々と馴染みも深いところから大きさの指標となる「物差し鳥」でもある。体長は24cmくらいで「すずめ−むくどり−はと−からすーとび」というふうによく見かける鳥の中では小さい方から2番目の大きさの鳥である。 一般的には、一年中彼らはその地域で生活している留鳥である。しかし厳しい冬が待ちかまえている北国では、安全な生活ができず南の温かさを求めて渡りを行う。このため北海道では夏だけしか彼らの姿を見ることができなかった。だが、最近では地球温暖化のためなのかその理由は定かではないがこの地方でも越冬する数が増えてきたということである。夏から春にかけて群れを作り、電線、大木、鉄塔等に並んでとまっている光景をしばしば見かけ、その数の多さにギクリとする。特にねぐらでは何万羽という大群になることもあるそうだからその数は半端なものではない。このムクドリたち、非常に姦しい。ムクドリの鳴き方は平常、「キュルキュル、リューリュー」というものであるが、時として「ちっちっ!」「ぎゃ〜ぎゃ〜」と激しく騒ぎだすことがある。
ムクドリ      2003.4.29
一般的に「ドバト」を指すものである。この名前の起源は、「堂鳩」と漢字で書くように神社仏閣の境内などに生息し、参拝者から餌をねだって生活していたことに由来する。ハトたちにとって人間のそばにいることは、餌の確保と同時に身の安全という点からも大きな恩恵を受けることになった。つまり、そこには天敵であるカラス(ハシブトガラスなど)もあまり寄りつかず、ハトにとってはこの上もなく居心地のいい場所になったのだ。こうして日本中どこの都市へ出かけても「ハトのいる風景」が見られるようになった。
ハト
森の中の鳥の女王と言ってもいいような気品に満ちたカワセミ。同じ青でもコバルトブルーもあればライトブルーの輝きのある部分もあるという風にエレガントに装っている。また小枝を掴む爪は黒曜石の様に黒光りしている。
カワセミ 2003.4.29
信州の10月は、あこがれの季節。この季節にはなかなか休みが取ることができません。この日は、やっと休みが取れて、友だち3人で木曽駒ヶ岳に出かけました。金曜日の午後6時、仕事を終えると急いで車に乗り込み、名神をひた走ります。駒ヶ岳インターに着いたのは夜中の3時、川原にテントを張って仮眠をとりました。ロープウェーを降りると千畳敷のカールが抜けるような青空の下に広がっていました。さすがに3000m級の山です。日陰に入ると・・・霜柱がかさかさと音を立てて崩れます。こんな楽しい音を聞くのは何年ぶりでのことでしょうか?西宮では、宅地化され舗装されて霜柱さえできない空間になってしまいました。
今日の宿泊地である木曽駒山頂小屋が小さく見えるあたりで、一休み。遠く空木岳などのパノラマが素晴らしかった。頂上から秋が始まり、里に向かって紅葉が降りていきます。冬と秋の狭間に今、こうしてたたずんでいるんだな・・・・
木曽駒から三の沢岳を望む 木曽駒頂上小屋

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見るは、漠然とみるとき、視るは視点を定めて立ち止まってみるとき、そして観るは、しゃがみこんでの観察のときにつかわれます。このホームページで出会える作品は、「観る」を定点において描き上げられていますので、作者が肌で感じ取った自然の息づかいや温もりまでもが画面の向こうから伝わってきます。
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