<ムクドリ>
 ムクドリは日本各地に棲んでおり、年中どこにでも見かけることができる。そのため我々と馴染みも深いところから大きさの指標となる「物差し鳥」でもある。体長は24cmくらいで「すずめ−むくどり−はと−からすーとび」というふうによく見かける鳥の中では小さい方から2番目の大きさの鳥である。
 一般的には、一年中彼らはその地域で生活している留鳥である。しかし厳しい冬が待ちかまえている北国では、安全な生活ができず南の温かさを求めて渡りを行う。このため北海道では夏だけしか彼らの姿を見ることができなかった。だが、最近では地球温暖化のためなのかその理由は定かではないがこの地方でも越冬する数が増えてきたということである。夏から春にかけて群れを作り、電線、大木、鉄塔等に並んでとまっている光景をしばしば見かけ、その数の多さにギクリとする。特にねぐらでは何万羽という大群になることもあるそうだからその数は半端なものではない。このムクドリたち、非常に姦しい。ムクドリの鳴き方は平常、「キュルキュル、リューリュー」というものであるが、時として「ちっちっ!」「ぎゃ〜ぎゃ〜」と激しく騒ぎだすことがある。するとどうだろう、その声が引き金になって頭上で一斉に騒ぎ立てるではないか。ムクドリは群生することが多く一羽が何かに驚いて警戒音を発すると群全体が集団ヒステリー状態に陥るのだろうか?その一羽の発した警戒音に呼応して何百羽ものムクドリたちが一斉に鳴き出すものだからたまったものではない。そんな場面に遭遇するとこの激しい騒音の渦の中、一秒たりとも佇んでいることができず耳を塞いで足早に逃げ出してしまう。このような彼らの習性から島根県ではギイギイドリ、隣の広島県でもギャアギャアドリと呼び名が付けられている。察するところ中国山地は、ムクドリにとって快適なねぐらなのだろう。しかし、長年その地方に住む人々にとってはこの鳴き声は歓迎されるものではなく日々煩わされてきたことを伺い知ることができる。
 ムクドリは昔から我々と生活圏を共有しながら暮らしており、お互いに肌の温もりを感じながらお付き合いしてきた仲なのだ。そこで文学の中にも彼らはしばしば登場する。例えば「馬酔木」の中で木津柳芽氏はムクドリの習性や特徴を捉えてこんな句を詠んでいる。
 
椋鳥(むくどり)の空にまとまりおしわたる
 
 これは晩秋、暮れなずむ西の空に何百羽ものムクドリたちがねぐらに急ぎ帰る光景なのだろう。遠目にこれは巨大な玉のように見えることから「むくどり玉」と言われている。真っ赤に燃える夕焼けの空を黒い巨大な球が縮みつつ膨らみつつ浮かんでいる情景はいかにも幻想的なものである。