年賀状から

その年1年間で子どもたちからもらった言葉の中から新年にふさわしいものを選んで知人に送った賀状の一部です。絵はフェルト版画です。
ろうそくって 見ていると心がふんわりする
ろうそくが なみだを流すと
ろうそくは すぐに涙をとめる
ろうそくって 強いんだね
        (4年学級通信「どろんこ」から)

また新しいろうそくにあらたな火を灯す季節がやってきました。外は冷たい木枯らしが吹き荒れています。けれどもその冷たさに吹き消されないそんな温かな炎をいつまでも心の中に灯し続けられるそんな1年でありたいなとこの詩に励まされつつ元旦を迎えております
(1999年)
ほうりゅうじに いきました
ほとけさまが いっぱい いました
目をつむって 何をしてるのかな
みんなの 話を じっと聞いているのかな
    (2年学級通信「どろんこ」から)
あわただしさに 紛れて気がついていなかったのですが、子どもの息づかいっていうのは、こんなにも温かいものだったのですね。目を閉じてじっと子どもの声に聞き入ることの幸せを今、この子が見つめている「ほとけさま」に教えられました。新しい年を穏やかな心で生きてみたいなと思っています。
(1997年)
「かわり」
みんな 大人になった
どこかが かわるんだろう
背でしょ
態度でしょ
髪型でしょ
あとは 心かな
       (3年 学級通信「どろんこ」から)

新しい年、気がつかないうちに大きくなっている子どもたち。まるで、古い自分の写真を見るように自分の心を見つめ、子どもたちは確かに大きく育ってきた自分の姿に驚いているようです。こんなはつらつとした若木の香りが大好きです。今、子どもたちの息づかいを聞きながら鳴尾の地で歩めた1年間を新しいスタートラインとして歩いていこうと思います。
(1996年)
いま あおいそらを みてきた
しずかで・・・・
わたりどりが うみにいく みちを まよってた
しぜんの 空気が おいしい
こころが ひかってた
     (1998年 1年学級通信「どろんこ」)
今、武庫川では、夕焼けの空を何百ものユリカモメたちが白い体を輝かせて飛んでいます。その姿は一枚の絵巻物をみるようで、見飽きることはありません。そのユリカモメたちを見ていると、おもしろいことに気がつきました。浅瀬にたたずむ彼らがすべて同じ方向を向いて並んでいるのです。冬といえば、六甲の山々から身をさすような木枯らしが吹き下ろしてきます。これを六甲おろしと言いますが、彼らは一羽もその寒さに背を向けようとするものはありません。その北風を体に受け、じっとその冷たさに耐えているのです。まるで、にらみつけるようにしてたたずんでいる一羽一羽のカモメたち!彼らはいったい何をしているのでしょうか。実は、彼らは風を待っているのです。自分たちを大空へ運んでくれるような風が吹くのをじっと待っているのです。その風がやってきたとき、なんのためらいもせず、大きなつばさをさっと広げ、その巨体を風にあずけるのです。見る間に彼らの体が風に押し上げられ、ぐんぐん舞い上がっていきます。そして、やがて夕焼けの空にとけ込んでいくのです。彼らは、どんなに寒くとも自分を支える風が吹いてくるのを信じて、じっと耐えて待っていたのです。 鳴尾東を卒業し、新しい世界に飛び立とうとしている君たちに今、贈ります。ユリカモメのように自分の風を見失わないでください
しずくが おちると はねる
かえるみたいな はねかただ
てっきんの おと
ぼとんと おちる
みずが おちると そのかげが とんぼの 目みたいだ


大きくなった ぼくの 小さいときは
おかあさんの おっぱい ぜんぶのんだから
おとうさんのぶん なくなった
「ためいきつくほど 幸せが にげるよ!」って言う言葉を3年生の子どもからもらいました。実は、おじいさんから教えてもらったのだそうです。力みすぎて過呼吸になってしまっても困りますが、「あーあ」とため息をついた瞬間から力がもれていくことをこれまで幾度となく経験してきました。「最後は笑顔」で締めくくるためにも ため息の少ない一年でありたいと願っています。子どもたちにこんな言葉で語って聞かせられるような年輪を己が身に刻んでいきたいものです。
(2003.1.1)

今は木枯らしが吹く冬本番です。そんな厳しい冬の最中にありながら、寒ければ寒いほど輝く物・・・・真っ白な息。一生懸命走った人がはく息は真っ白くてとてもきれいなものです、まだ見たことはないのですが極寒の北海道では、息が一瞬にして氷り、きらきらと輝くということがあるそうです。(2004.1.1)

周りよりゆっくり進む船ですが あなたの言葉が私の舵です
<天声人語>
ゆっくりと 自分の歩みを確かめながら目標に向かって進んでいきたいなと思います。ふと気がつくと素敵な笑顔が輝いていました。自分の気がつかない所で誰かに支えられていることを始めて感じたのです。
そんな「あなたの言葉」に感謝します。
本年もどうぞよろしくお願いします。


(2005.1.1)
 人が歩いたあとには、必ず足跡が残ります。この1年、自分はどんな足跡を残してきたのでしょうか。この一年を振り返ったときに、自分一人の歩みというよりも生かされている今を感謝しています。新しい門出の時のまず一歩、この一歩が「希望」という街へとつながる確かな足跡になれ、そしてこの一歩一歩はどんなに小さくてもいいから、確実に歩む一歩にしていきたいと願っています。(2006年)
昨年は、いろいろな出会いの中で自分自身を見つめ直す良い機会が与えられましたことに感謝しております。一番の出会いは、「命」でした。孫が生まれたのです。彼を寝かしつけるのが私の楽しみです。寝付く前の子どもは、耳を覆いたくなるような声で泣きじゃくります。暴れ回ります。この時、彼は一番心地よい居場所を見つけようと必至に探っているのです。そこを見つけるとコトリと一瞬に眠りの淵に落ち込みます。この時、彼の寝息を聞きながら私も一緒に眠ってしまうのです。この瞬間が一番幸せな時です。「命」という漢字は、口と令とを組合わせて作られたものです。「天から命ずるところ」に命が育まれるということなのでしょう。まさしく胸の上のこの確かな鼓動には、人間の力の及ばない神秘が秘められています。(2008年)