つばを吐いた。白かった。

 どうしようもない、周りに対する苛立ちに襲われて。むしゃくしゃした。自分の想いを吐き出すかのように吐いた。普段はこんなことはしない。でもどうしようもなく、吐き出せずにはいられなかった。

 吐いたあと、虚しくなった。



 つばを吐いた。赤かった。

 自分自身のした行動に、腹を立てて。自分を許せなかった。思いっきり唇を噛んでいたら唇が切れた。鉄の味がした。いっそ身体さえも鉄になって何も思い悩まなければ、とも思った。また血が滲み出してきた。ひりひりした。暫くは何も飲めないだろう。

 吐いたあと、眠りたくなった。



 つばを吐いた。茶色かった。

 先ほどチョコレートを食べたからだろう。そのチョコレートの口に残ったまとわり感が気持ち悪くて、吐いた。やっぱりチョコレートは明治だ。うそ、ホントはアルファベットチョコ。今でも口の中にチョコレートがべたべたとまとわりついているのかと想像するとまた気持ち悪くなった。口の中のゆすごう。

 吐いたあと、何か飲みたくなった。



 つばを吐いた。オレンジ色だった。

 野菜ジュースを飲んだからだ。健康万点、素晴らしい飲み物だ。ああ、ビューティフォー・ヴェジタヴォー。色的にはいい加減にんじんジュースと改名した方がいいと思う。抗議のはがきを100枚ほど送りつけようと思う。

 吐いたあと、はがきを書き始めた。



 つばを吐いた。緑色だった。

 別に宇宙人だからではない。草を食べたからだ。うちの庭に生えている草は格別だ。そこらそんじょのものでは相手にならない。食べている最中通りがかった人がキチガイを見る目で見ていたので、君も食べるかい、ともしゃもしゃ食べながら優しく葉っぱを差し上げてあげたら怯えながら逃げてしまった。はは、照れ屋さんなんだね。

 吐いたあと、何故かパトカーの音がした。



 つばを吐いた。黒かった。

  言わずもがな、墨汁を飲んだからだ。最近は墨汁にハマっている。あのまとわりつくようなネトネト感。一度ハマったらやめられない。もう既に腹の中は墨だらけで真っ黒であろう。しかし今日買ってきたのはあまり美味しくなかった。どうにも最近の墨汁は品質が悪い。矢張り市販の物ではもう駄目かな、自分で作らなければ。まだ習字セットの墨は残っているかな。そういえばなんだか気分が悪い、風邪だろうか。

 吐いたあと、次の瞬間には病院で横たわっていた。







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