初詣。
 ここ数年は火村と共に行ったことはない。

昔、一度、平安神宮に参りに出て、見事に人ごみの中ではぐれて以来、一緒に参ってはくれなくなったのだ。携帯電話もなかった頃で、家に戻って出会うまでめちゃくちゃ心配させたらしい。以来、ゼッタイに首を縦には振らない。
『どうしてあんな混雑の中にわざわざ行く必要がある?』
 けんもほろろにそう言われて終わるに決まっている。
 京都と違って、四天王寺さんならそんなに混まないとわかっていても、駄目。
 ちゃんと手を繋いでるから…と言った時だけ、ちょっと心が揺らいだらしいけど。
 でも、結局、却下された。

『それより、俺は二人きりで過ごしたいよ』なんて、耳元で囁かれ、そのまま二人きりでしか出来ない濃密な時間に突入されてしまって、結局昨日は玉砕したのだ。

 カーテンの隙間から差し込む太陽の気配。
「よく晴れてるなぁ…」
「そうみたいだな…」
 火村も片目でちらりと見て、相槌をうった。
「お出かけ日和やな…」
「そうか?」
「うん。よし、決―めた! 出かけてくるな」
 すくっと立ち上がる俺の腰に火村の腕が伸びてくる。
「どこ行くんだよ?」
「初詣。どーせ、火村誘っても行ってくれへんやろ。そこまでやし、一人で行ってくる」
「そんなに行きたいのか? 初詣」
「うん」
「どーしてだよ? 願っただけで叶うもんなんて何もないだろうが」
「そーやけど」
 別に御参りしたいと思うのが信心深いからではないというのは自分でもわかっている。火村ほどきっぱり神など居ないと断言はしないけど、結局頼ったところでどうにもならない事くらいは知っている。
 でも。
「俺、そういうの好きやねん。小さい頃な、必ず家の近くのお宮さんに家族皆で行ってたんや。だからかな、正月ってそんなもんやと思ってるんかもしれん。俺にとって、家族とする恒例行事ってイメージがインプットされてるって事なんやろうな。ここ数年、やっぱり何かお正月に物足りんって思ってまうんやもん。だからな、せっかく近所にお寺もあるし、散歩がてら行ってくるわ」
 行きたくない火村を誘うのも申し訳ないから、と、回された腕に手をかけて、逃れようとするのだが。
「火村、腕、離してーや」
 力のこもる腕をぽんぽんと叩いて文句を言う。
「やだね」
「すぐ帰ってくるって。ほんのそこまでやから」
 どうせ家にいたところで、ぐうたらと正月を暮らすだけだ。
 今年の正月のテーマは『のんびり』なのだ。
 暮れのぎりぎりまでフィールドワークに出ていた火村がそれを望んだから。


「そうや、帰りにあれ、買うてきたるわ、ベビーカステラ。結構気にいってたやんな」
 何となく拗ねた顔で見あげる火村が何だか可愛く見えて、つい子供に言うみたいなことまで言ってしまう。
 だけど。
「誘えよ」
「え?」
 返って来た意外な言葉。
「…だって、火村。いやって言うたやんか…」
 昨日もおとといも。だから、諦めたのに。
「家族と…行くんだろ」
 ぼそり、と呟いて火村は起き上がる。
「何が?」
「お前にとって『家族』とする恒例行事なんだろ?」
 目線を合わせて、確認するように問われて、アリスはこくりと頷いた。
「なら、俺が行かなきゃ駄目だろうが」
 くしゃり、頭を撫でられる。
「火村?」
 どういう意味だと考えたのは一瞬。
「俺が一緒じゃなきゃ意味ないって事なんだろ?」
 念を押す火村にアリスは力強く頷きを返す。
「うん」
 そうなんだ。
 きっと、一人で初詣に行ったところで、結局何かが足りないってしまうのは同じ。

 去年だって、おととしだって、後から一人で御参りしてたけど、物足りなさは一緒だった。
 それはつまり、足りないものがあったからだ。
「そうや。火村と行かな、意味がないねん。俺の初詣は…」
 大事な『家族』とでないと…。

「ありがとう」
 口に出した事はなくても、今の自分達が恋人の枠を超えた関係になってるって事を火村はちゃんと認識してくれているのだ。
 自分がそうであるように、同じように感じてくれていることが嬉しくて…。
 じんわりと涙を浮かべてるアリスに、火村は優しいキスを贈る。

「但し、一つだけ条件があるんだがな…」
「何?」
「絶対に手を離すな。…前みたいに迷子になられたらイヤだからな」
 了解、と囁いて、アリスはするりと火村の腕を抜けた。

「じゃ、気が変わらんうちに出かけよう。な」

 着替えて持ってくるーと走り出す。
 遠足に出かける前の子供のようなあどけない笑顔を浮かべるアリスにつられるように火村も笑った。

 
 今年も素敵な一年になりそうだ。
 そんな気がする初春の一こまだった。