「どれにしよっかなー」
 わくわく、と顔に書いてある。
「火村、もう、決めた?」
「んっと? これでいいよ」
 一番上に書いてある品目を指差す。
「新春セットかぁ…。そうやんな、今だけのお薦めって魅力的やもんなぁ。あー、でも…こっちの季節限定ってのも気になるしなぁ。うーん、もう、どうしよー」
 どれでも胃袋に入ってしまえば同じだと思うんだが、そんなことを口にしようもんなら、まじに怒られそうだから黙ってアリスを見ている。
 というよりは、メニューを見ながら、あーでもないこうでもないと百面相をするアリスを見るのはなかなかに楽しい。
 こんな些細な事で真剣に迷って、出てきたら出てきたで、器や盛り付けや量、そして味、と色々な事を愉しめるアリスは何だか随分得な人生を生きているように思えてうらやましくなる。
 少なくとも自分の倍は、楽しい事に出くわせるって事だろうから。何ともお手軽。
 でも、一緒にいるだけで、そんな愉しみを分けてもらっているようで、見ている立場の自分も随分得している事になるんだろう。
「んー、どーしよー…。新春セットも捨てがたいよなぁ」
 全く、見ていて飽きない奴だ。
「気になるものあったら、味見させてやるぞ」
「ほんま? そしたら、やっぱりこっちの牡蠣づくし定食にしよっかな」
 同い年とは信じがたいその笑顔ときたら…ご馳走を前にしたお子様そのもの。
 あぁ、もう…そんな幸せそうな顔してもらえるなら、何だって食わせてやるぜって気分になってくる。
「…うーん…でも、これもいいよなぁ…」
「そんなに迷うなら、明日も来ればいいだろ?」
 明日までは大学自体が休みだ。明後日から事務室は開くが本格時な仕事の再開はまだなので、あと三日ほどはアリスの家でのんびりと過ごす予定だ。明日と言わず、何回か通えば気になるメニューを食いつくす事は可能だろう。
「明日はあかんやん。片桐さん、来るって言うたやろ?」
「明後日じゃないのか? 月曜日からだろ、仕事」
「え、あ、そっか。まだ三日か。何か、こう正月って日付や曜日の感覚なくなってあかんな」
「お前の場合は正月だけじゃないだろうが」
 自由業になってからのアリスが曜日の感覚を保っているのはテレビ番組のおかげだと思う。見たいテレビを見逃さないように曜日をしっかり数えている。あとはプロ野球のシーズン中。野球のない日は月曜日と把握しているらしい。今みたいに特番と、野球のない時は全く感覚がずれてとまうのだろう。
 そう思っていたら、戻っていたのは意外な言葉だった。
「まぁ、そうやけど。普段は火村がちゃんと仕事してるからな」
「何だそりゃ?」
「火村のスケジュールで曜日がわかるって事」
「俺の?」
「うん。火村の時間割りちゃんと教えてもらってるからな。今頃、講義中やなーとか思って、俺も一緒に頑張ろうって…みてるんやで。でも、この先生はよく休講してらっしゃるから当てにはならんけど」
 困ったもんや、とアリスは首を竦めてみせる。
「そんな事言って、昼までいつも寝てるだろうが…」
「仕事のある時はな。でも、出来るだけ一緒の生活するように心がけてるんやで」
「一緒のって…?」
「え…あっ…」
 しまった、と言う様にアリスは口を押さえる。
「別に、何でもない…。んーと、…やっぱ、これにしよ、すみませーん。ちょっと」
 ごにょごにょと誤魔化して、さっさと注文にとりかかる姿に、火村のにやつきは止まらない。
 つまり。アリスの毎日は自分に合わせて動いているってことなんだよな。
 離れていても気持ちは同じ。 
 うん、一身胴体っぽくて、いい事だ。
 何だかまた、気分がよくなって来た。
「よし、今日は俺のおごりだ」
「嘘? いいん?」
「あぁ、何でも食え」
「あ、じゃあ…このミニお雑煮セットもつけてもらおっかなー」
「いいぞ。何ならテイクアウトで持ち帰りで何か頼んでもいいぞ」
「ほんまに」
「あぁ」
「うわー。何か今年はラッキーやなぁ」
「そうか」
「うん。火村…」
 大好きやで…と声に出さずに呟く。
「俺もだ」
 テーブルの下、伸ばした足がそっと触れ合う。
「もうっ…」
「何?」
 つん、とその足を蹴り返されても火村のにやつきはとれない。
 ささやかな幸せで心が満たされる。
 
 何だかあそこだけやけにラブラブオーラが漂ってるんやけど…。
 店内の注目を集めまくっている事に全く気づかない幸せな二人だった。