つんっと何かが頬に触れた。 「ん? 何?」 目を瞑ったまま尋ねても返事は返ってこない。 でも、今度は反対側をぺたぺたと触ってくる。 「んーー…もう少し寝かせ…」と言い掛けて火村はふと気付く。その柔らかさはとてもとてもふわふわとした感触。それはとっても心地よくて…。 ぱちっと開けた視線を巡らすと二組みの小さな目が覗き込んでいた。 「おはよう…二人とも」 らー、らーと多重放送のように繰り返す二人は火村家の豆怪獣達。昨日の夜もかなり遅くまで、遊びまくっ ていたというのに今日は今日で朝からパワー全開のようだ。おかげで大人の方はやることをやるためにより遅くなったのだが、ふと横を見るとアリスの姿はない。 既に活動開始しているようで、ばたばたと走っている音がする。 「あー居た! こらっ! あかんって。起こしたら。火村はまだ寝てていいんやって。もうちょっと歩けるようになったら大変やなぁ、全くーー!」 子供たちが居ないことに気付いて慌てて探していたアリスがひょいっと二人をひっぱった。どうやら火村が目覚めた事に気付いてないようだ一生懸命に二人を火村から離そうとしているけれど、ちび達は火村と遊びたいらしい。ひっぱられながらも、らー、ぶーぶーといった大きな抗議の声がしている。 「しーっ、だめって。この一週間忙しかったんやから。今日は火村はおやすみなの。また後で遊んでもらいな。今はあっちいって遊ぼう」とかなんとかアリスは必死に説得しているが効果なしってところで。 「いーやっ」 ばたばたと二人がぐずっている。 「もぅ、わがままいわへんの!」 負けじと拗ねてみせるその口調もなんとも可愛くて、 「いいよ。アリス」 伸ばした手で小さな頭を撫でてやる。 「あ、ごめん。起こしてもうた」 申し訳なさそうに横を見たアリスの腕からするりと抜け出したのは有羽。しっかりちゃっかり火村の手を握って遊んでいる。 「…いや、起きてたよ、さっきこいつらに起こされた」 「そうなん。ごめんな。向こうで遊んでるなぁって思ってたら洗濯干してる間に消えてるんやもん」 「いいって。俺の方こそ悪いな。たまの休みぐらい早起きしてアリスを楽にさせてやんないといけないのに」 がさごそと起きだして、ちび達を両腕に抱え込む。 「そんなことないって。火村はよくやってくれてるよ。 仕事の合間には必ず戻ってくれるし、買物も料理も風呂掃除とか洗濯とかなーんでも手伝ってくれる出来た旦那さんやって近所でも評判やねんで」 「近所って…」 いつのまにそんな話になったんだ? 「この間、ゴミ捨て場んとこ掃除してたら前田さんとか斎藤さんとこの奥さん達と会ってそんな話したから」 すっかり奥様ぶりが板についたアリスは子供達ともどもご近所になれ親しんでいる様子。先だって公園デビューとかいうのも果たしたらしい。 「ふーん。そういや俺も言われたぞ。しっかりものの可愛い奥さんもらってよかったなって」 「誰に? あ、どーせ、ウルフ先生とかやろ」 「違うって、五丁目の酒屋の親父とか、八百八のあんちゃんとかな」 「ああ、なるほど」 どちらもずっと火村家ご用達のお店だ。学生時代かせずっと知っている馴染みのきさくな人たちなのでそんな軽口も出るのだろう。 そんな両親の会話などどこ吹く風で小さい二人は火村の腕の中でご機嫌にきゃっきゃと笑っては、立ったり座ったりしている。そのうち慎生が火村のパジャマのボタンを摘んでひっぱりはじめた。 不思議に触っている様子に気付いてアリスは愛息子に声をかける。 「それは、ボタンっていうねん、まーちゃん。ボタン」 「外したいのかな?」 「興味あるんやと思う。何でも触っていじって遊んでるもん。こんなことで夢中になるんやなぁっ感心してまうこともいっぱいあるで」 「本当に。…ボタン…ぼ・た・ん」 その小さな手が懸命に動く姿に何度もそうやって話かける。 横合いから有羽も一緒になって手をのばした。さすが双子で興味関心は似ているのだけど、最近は二人とも同じ事をしようとしてケンカもどきになる事も少なくない。だから。 「有羽ちゃんは、こっち」と有羽を抱いたアリスはその手を自分の服のボタンに持っていく。 「あー?」 「ん、あーの服にもついてるやろ、ボタン」 小さなの宝物が新しい興味に夢中になっている姿を見つめて自然と顔が綻ぶ。なのに、その視界が霞むのは何故だろう? 「アリス、どうした?」 静かに呼ばれて顔をあげる。 「え? 何?」 「何って…お前…泣いてる」 初めてアリスは自分の頬を濡らすものに気付いた。 「あれっ…何でやろう…俺、今、すっごく、すごーく幸せやって思っててん。別に何にもしてないけど。こうして火村と、そして子供達と過ごせる時間がただものすごく幸せやなぁって」 その気持ち痛い程わかる、と火村は思う。この平凡な風景がどれほど愛しい事か。 「俺もだ」と囁いて見つめあう視線。 引き合うようにそっと二人は唇を重ねた。 |
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