「なんや…こんなとこにあったんか…」
 ちょっと気になるものがあって他の捜し物をしていたら偶然見つかった昔の手帳。
 えてして捜し物とはそんなものだ。懸命に捜す時には出てこないのに、思ってもいない時にひょっこり見つかる。
「絶対、向こうの家やと思ってたのにな」
 ここ数年のものは、何かの憶えにと自分でしっかりと決めて置いている。
 しかし、学生時代のものなどはてんで見かけないから実家のどこかに埋もれているのを持ってきたと思い込んでいるのだと納得していたのだが。
「やっぱり…持ってたんやな」
 パラパラパラパラ……
 何の気なくめくっていくページ。
 一年一年、そんなに几帳面に書き綴っているわけではない。本当にちょっとした走り書き程度のメモが並んでいるだけの手帳だ。
 その時には立派に役立っていたのだろうが、今となればまるで暗号文のようだ。
 例えば、四月。
4/15「「「「二限 図書館 定期購入
4/16「「「「バイト 電話あり 宅急便
4/17「「「「英語テキスト  光文社 
  などなど。
 でも、これでも何となく、当時の事が思い起せるから不思議だ。
 浮かんでくる赤煉瓦の建物。懐かしい仲間の顔。図書館のあの席。
 どれもこれもまだ昨日の事のようだ。
 
「あれ…もしかして…」
 少しうわの空でめくっていた手帳に目を落とし、単語の羅列にふと手を止める。
 バックバック…
 目的の日は、ちょうど今頃。
「あ、やっぱり…」

5/7「「「「火村英生…カレーおごってもらう バイト変更

 それは紛れもない出会いの日。
 あの階段教室で声をかけてきた社会学部の秀才。
 まさかその出会いが、自分の人生にこんなに深く入り混むことになろうとは…。
 今にして思えば、あれはどう考えても計画的。偶然ではありえない。
 狙いどおりの結末へと用意周到に練りに練られた路線に乗せらせたのだとわかる。
     アブソルートリー
「なにが、もちろんや…」
 くすくす…忍び漏れる笑み。

 その日以来、どんどん増えていく『火村』の二文字。ほとんど全ての約束が『火村』の後に綴られている。
 でも…最近はわざわざ文字にもしていない気がするなぁ。
 だって。
「なぁ……」
 呼べばそこにいる。
「ん、どうした?」
 手招きに、新聞を置いて近付いてきてくれる。
「…久々にカレー食べに行かへん?」
「カレー?」
 うん、と見せた文字に火村はにやりと笑って『英都まで?』と腕がのびてきた。
「いや。もうちょっとグレードアップしてもらいたいなぁ」
 その胸にもたれ掛かって呟くと『ん?』と短い問いかけに覗き込まれる。 
「俺のこと釣るなら、もっと本場のカレーにしてや…」 
「OK」
 唇に甘い答えを返してくれる、策士な恋人に俺もまたそっと唇を返す。
「ありがとう」  
 俺のこと、見付けてくれて「「「「「「
 あの日、計画的な犯行を企ててくれて「「「「「「
 そんな気持ちが伝わるように、熱心に想いを込めて……。