After……

 がさごそと動いた気配に顔を上げると、ぼうっとライターの火に浮かぶ火村が見えた。
 すぐに暗闇に戻った部屋に、ふぅ…っと吐き出した煙が漂う。それを追っていく火村の目。暗い部屋でも何故かわかる微妙な動きがなんだか悔しい。
 何を考えてるんだろう。
 こんなに傍に居るのに。
 何を考えているんだろう。
 俺を腕に抱いたまま…。
 そんな遠い目をして…。

 じっと見つめていた視線を感じたのかもしれない。
「…どうした?」
 やっと自分に戻って来た気配にアリスは静かに首を振る。
「何でもない」
「何でもないって顔か?」
「見えてないくせに」
「…見えてるって…」
「嘘つきな口やなぁ」
 そっとアリスは手を延ばす。
 けど、目測を誤った指は行きすぎて髪に触れた。
「…柔らかい…」
「お前ほどじゃないさ」
「そうかなぁ」
 言いながら髪を梳いていたその指は額に、眉に、睫毛に、鼻に、頬に…何かを確かめるように触れていく。
 割合に静かな時計の音と、時折火村が煙を吐き出す息。そして僅かな衣擦れの音。
 そんな柔らかな時の流れの中、触れるか触れないかの微妙な指にされるがままに任せていた火村だが。
「どうした?」
 唇の端で少しためらいがちに止まった動きに問い掛ける。
「…なんでもない…」
 繰り返される言葉に唇にあった指を火村はやんわり啣える。
「正直に言わないと噛むぞ」
「ちょっ…っ」
 軽く歯をたてられた。決して本気ではないとわかっているけれど、きっかけをもらってアリスは呟く。
「ほんまに…なんでもないねん。ただ…嫌やっただけ」
「何が?」
「火村が俺を見てなかったのが」
「ばか」
「ほんまやな。こんなに傍に居てるのに、欲張りすぎるな…」
 そういうとアリスは再び確かめるように火村の胸に頬を擦り寄せている。
「全くだ」
 煙草の火をもみ消した火村は両腕で抱き締める。
「このまま心が全部見せられたらお前の不安も解消するのにな」
「不安?」
 意外な言葉に上目使いで見上げると。
「違うのか?」
 覗き込む顔がきっちりと見えた。夜目が効いてきたらしい。
「わからへん。ただ、嫌やっただけやもん」
「そっか。ごめんな」
「え? 何が」
 さっきから訳のわからない会話を繰り返している自分達だけど。火村が謝る必要なんてないのに。
 小首を傾げたアリスに火村は微笑みながらアリスの顎に指をかける。
「少しの間でも淋しくさせたから」
「そんなん謝ることないって。俺のわがままやもん」
「いいや、俺が悪い。まだ足りなかったって事だよ」
 見つめる瞳が近付いてきた。
「何が?」
「俺が」
 唇越しの囁きがキスに変わる。
「そんな事な…いっ…あっ」
 言葉は巧みな舌に絡み取られてしまう。どこか苦いそのキスの味は燻っていたアリスの中を刺激する。だって…煙草の匂いに混じっているのは絶対に…激しい夜の名残。自分の放ったあの匂い…。
 そうだ。こんなにも愛されているのに。どうして自分は淋しいなんて思ったんだろう。
 そんな自分の浅はかさを溶かすようなキスに。応えたくて…。
「んっ…んんっ…」
 アリスも懸命に舌を追う。
 すると、火村は一歩先へ。背中をあやしていた指が脇を這いそろそろと胸の小さな莟を摘んでいる。
「あっ…やっんっ」
「もう、不安になんてさせない。絶対に。伝えるから。
俺がどんなにアリスを思ってるか…。どれだけ伝えても足りないけれど。でも、伝え続けるから。ずっと。ずっと…こうして、ずっと…」
 既に立ち上がった熱い先端がアリスのそれと触れ合う。
「あっ…。つた…えてっ」
 もう既にわかるけど。でも、それだけじゃ足りない。
「…もっと…ちゃんと」
「あぁ。たっぷりと…」
 一眠りして元気を取り戻したのはアリスも同じなはずだから。
 伝えあおう。確かめあおう。
 長い長い時をかけて。
 夜は恋人たちの味方だから。