おまけ
「しかしなぁ、今更ながら思ったんやけど…」
「ん、何?」
「なんか君。香港のマフィアみたいやな」
「はぁ?俺のどこが…仮にも教育者だぜ…全く、失礼な」
ぐりぐりと頭にゲンコツを押し付ける火村の腕をかいくぐってアリスはテーブルの上を指差した。
「ちゃうちゃう、、普段がどーのやなくて…これやって」
「あぁ…。これな」
アリスの示したのはモデルばりのその容姿をかわれて頼み込まれた雑誌の表紙となる写真だ。
発売を前にアリスがいち早く持って来てきたのだった。
そこには大胆にシャツをはだけて、手を差し伸べる火村。
ど迫力で『来い』と迫られているような強烈なインパクトがあった。
☆☆☆
全くやる気はなかったのだが、朝井編集長のごり押しに負けたアリスが交渉にきたのだ。
『俺もあそこ離れてるから知らんけど20tyより上、丁度35ぐらいからの女性を対象にした雑誌やねんて。で、どうしても火村にって聞かんのや、あの人』
『で、お前が伝書鳩してると』
『あの朝井さんが犬猿の仲のうちの赤星デスクに頭下げて頼んできたんやもん。この交渉だけはアリスを貸せ、いや、貸していただきたいって。みやげまで持って…』
『…そりゃ、大変だな』
『やろ…。で、これが依頼書。一応読んでみて、はい』
そういって、アリスが渡した手紙を一読して、火村は即答した。
『なるほどな…。いいよ、やっても』
『え、嘘。マジで?』
まさかの返事に驚くアリスににこやかに告げる。
『勿論。しかし…本当にいいのか? アリス』
『いいに決まってるやん。火村にやって欲しいから、俺がここにいるんやから…』
『ほう…言い切ったな』
にやっ…と笑って近づいた火村に電光石火、口付けられる。
『ちょっ…ひむっ…今は俺、仕事…』
『あぁ、だから仕事して貰うんだよ』
『え? 』
『お前…この文面知らないんだろ…』
『いや、依頼書は見たけど』
『おまけがあったぜ』
ひらひらと目の前に突きつけられた朝井の文字に愕然とする。
【ギャラ以外のノベルティとして、交渉人をマネージャーにつけます。期間は一週間ですが、彼の仕事は火村先生に納得の行く仕事をしてもらうことだけですのでそちらに出勤させて下さい。なお、今回のテーマ『極上なオトコ達』。こんなオトコに誘われてみたいと思うような色気のある写真で創刊号を飾って頂く為に編集部満場一致で先生にお願いしております。その為にも、有栖川には何なりとご用命下さい。いやとは言わせません。もしそのような事を言いましたら、時間外労働でもなんでも、納得の行くまで使ってやってください。残業に関しては後ほど有栖川から報告させますので。では、宜しく 朝井小夜子】
『ななななななな、なんやこれはーーー!』
『極上ねぇ。誘うって…ベッドだろうなぁ。ねぇ、有栖川君』
あたふたしているアリスにお構いなく、火村の指はボタンにかかっていった。
☆☆☆
「苦労したよなぁ。この一枚に辿りつくまで」
いざ撮影となると、モデルでも役者でもないので、意図的に誘えといわれてもなかなか上手くはいかなかった。
「ほんまや、おかげであんなことまで…」
「そうだよな。この視線の先に居たのってアリスだもんな」
結局、誰か本当に前にいればカッコウもつくのでは…という事で、急遽、その場にいたアリスが借り出されたのだ。
『すいませんねぇ。すぐに誰かと思ったけど』とカメラマンは恐縮していたが、火村にとってはそれが一番効果的だったのは間違いなく。
『とんでもない。…でも、もう少しこうそそられるようなポーズとかだと…』なんて、悪乗りまでしてくれたのだ。
「恥ずかしかったんやで。まじに…」
振り向いたアリスとあの時の上半身を脱いでカメラの前に座ったアリスの羞恥に満ちた瞳がダブる。
「あんな大勢の前で、火村に…男の目で見つめられて…困ったもん」
「…アリス…」
OKが出た後、控え室の扉を閉めた瞬間にどちらからともなく求め合って互いに火のついた身体を絡めあった。
あの日の記憶。
きっと同じ事を思い出しているのだろう。
「なんかやばいな。こんなん店頭に並んでたら、俺…町歩かれへんわ」
「どうして? 顔出してるのは俺だぜ」
「だからやんか…。こんな顔、あちこちで見たら…仕事にならへん」
「感じすぎて?」
「もう…わかってたら聞くなや、あほっ…」
はぁ…と溜息をつくアリスをそっと包み込む。
「今も仕事になんない?」
「うん」
土台、届けにきた時から、もう仕事なんて忘れてる。
「他に回るとこないのか?」
「一旦戻って、直帰って言って出てきたから」
「準備万端だな」
しゅるりと抜かれたネクタイが床に零れおちる。
あとはもう…。恋人達の時間…という事で。
おしまい!お粗末!
「極上」という本の表紙を見て、そのイメージを「ROSEGARDEN」の二人の設定で書いた…という話でした。
出版社勤めで新米作家になりつつある有栖と助教授しながらニュース番組に準レギュラーしてる火村って二人です。