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(章前) 『会わないか?』と誘いが入ったのはその三日後。 陽がさんさんと照る真っ昼間から転寝をしていた時に電話がなった。面倒だと放っておくと留守録に切り替わり録音する声が聞こえた。 『えっと…、もしもし…火村ですが』 ためらいがちな声に、慌てて外線をつなぐ。 「はい、有栖川です」 『えっ‥あれ? アリス? いたのか』 途端にくだけた普段の火村の口調がもどる。 「うん。ちょ、ちょっと‥離れたとこにいててん」 『なんだ。そうか。電話‥かえたんだな』 「え? うん。fax付いてるのにしたから」 『あぁ、それで…。なんとなく呼び出し音が違うから、番号間違ったかと思った。違う家に留守録残しちゃ洒落になんねぇからな』 「そうやな。かけられた方も困るやろなぁ」 そんな風に、たわいのない会話が続く。まるで4年のブランクなどなかったような軽口ばかり。 『そういや、この間。来てくれたらしいな。慌ただしく帰ったってばあちゃんから聞いたけど‥』 「あぁ…。うん。ちょっと用事の間によってみただけやったし。火村、なんか、よく寝てたから」 『悪かったな。忙しいのに』 「いや、とんでもない。まだまだ暇で、仕事止めてよかったんかなとか、後悔したりもしてる」 『そうか。いやもし、時間があるなら、これから食事でも、と思って』 「いいよ。どこ行こう」 即答だった。実際に時間は空いていたが、例え明日締切の原稿を抱えてても返事は同じだっただろう。 京懐石が恋しくて‥と言う火村の要望に合わせて、待ち合わせ場所を決め慌ただしく準備をする。出掛けようとして、玄関まで行った時再びの電話の音に引き帰す。電話をとって少し暗い表情になったアリスだったが、切った途端に元気に駅へと向かっていた。 「ふぅ‥。うまかったぁ」 目の前で満足気に茶をすすっているアリスを前に自然と火村にも笑みが浮かぶ。 「なんやねん。おかしいか?」 「いや。相変わらず幸せそうに食べるなぁ、と感心しただけさ」と、こちらは食後の一服中。 「そうかな。普通やで。人間誰でもおいしいもの食べたら幸せやろう。幸福の実感って感じかな」 「アリスらしいよ」 肩肘をついて煙を蒸かすポーズが相変わらず格好いい。 それが自然なところが火村だ。思わず見惚れかけた自分をごまかすように喋り続ける。 「なんでや。当然やんか。食欲に性欲っていうたら人間の本能やろ。気持ち良くて当たり前なんやって。といっても‥こんな風にゆとりを持って食を堪能できる時は、やけどな。ビジネスマンしてた頃って、どうにも時間に追われてたから、手元では仕事してハンバーガーを噛ってた時もあったわ。あれは虚しいもんやで」 一生懸命に言葉をつないでいるアリスの言葉をどこまで聞いていたのか『‥本能ねぇ‥』と、呟いて火村が煙草をもみ消した。 そろそろ、と促されて立ち上がろうとしたアリスだったが急に顔をしかめてしまう。 「ちょい待って…あいっ…」 「どうした?」 「え、いや…ちょっと痺れが切れたみたいや」 高級料亭の上等な和室だという事できちんと正座をし通したのがまずかったらしい。苦笑いで告げると、先に勘定すませてくるからと火村は部屋を出た。 その背を見送ったアリスから笑顔が消える。 「普通に喋れてるやんな…。『友達』ぐらいには戻ってくれたんやろか、火村」 それは自分の望んだポジションだったはず。火村はきっとこの何年かで考えてくれたに違いない。だけど…物足りなさを感じてしまうなんて。己れの身勝手に呆れ、溜息が出た。 店を出て火村と共にタクシーに乗り込む。 行き先も聞かずに走りだした所を見ると事前に話が通っていたのだろう。 「ごめんな。何から何まで。あっ、いくらだった?」 「いいよ。遅くなったけど、有栖川有栖先生の処女作出版の祝いだとでも思ってくれ…」 「あかんて、そんなん。俺の方こそ火村の助教授就任祝いしなあかんのに」 「いいよ。そんなもん。本当に働くのは4月からだしな。また、帰ってきてから期待してるよ」 「…わかった…ありがとう。ごちそうさん」 「あぁ」 それきり会話が途切れる。でもやはり沈黙さえ嫌じゃなかった。火村が隣にいることへの安心感だろうか。この三日間の睡眠不足のせいもあって、いつのまにかうとうとしていたようだ。 はっ…と意識が戻ったのは、よりかかっていたぬくもりが消えたせい。薄目にうつる風景が動かないところを見ると停車中らしい。 「…着いたんか? 火村‥」 答えがない。違和感に左右を見ても‥火村の姿がない。前を見ると黄色く点滅し出した信号が見える。 「運転手さん! 連れは?」 情況のわからぬまま、身を乗り出す。 「もう、降ろしましたよ。あと、お客さんをそのまま夕陽が丘まで乗せていくよう」 「戻って下さい!」 最後まで聞かずにアリスは叫んだ。 「は? いや、もうお代も頂いてますよ」 「何でもいいから!火村を降ろした所まで戻ってや!」 運転手は不思議そうに首をすくめたもの、ウィンカーを出して引き返した。 三日前。走り去った道をまた戻っている。 火村が降りた場所は銀閣寺前のメインストリートの交差点。となれば家に、あの部屋に戻ったに違いない。 全速力で町を走りぬけ路地を曲がる。案の定、あの部屋の電気が点いていた。 勝手口をドンドン叩き、あがった息でその名を叫ぶ。 「火村ー! ひむら!」 静かな夜の住宅街に響き渡る事など気にもならない。 しばらくして、ドアを開ける人影にアリスは迷わず抱きついた。 「行くなや!」 「アリス?」 「俺を置いていくな‥!」 興奮状態のアリスを部屋に連れていった後、しばらく階下へ行っていた火村が氷水を持ってきた。 渡す方も受け取る方も無言。 カラカラと氷の音。コクコクと飲み干す音。 カタッ。空になったグラスを机に置いてようやく火村が沈黙の幕を破る。 「アリス」 すっ…と差し出された右腕に吸い込まれるように身を預ける。どんな言葉よりも雄弁な互いの質感。確かめるような静かな抱擁に次第にこもってくる力。 「火…村…」 囁いたアリスの耳元に、忘れた事のない声が答える。 「遅すぎはしないな…」 「え?」 「例えお前が誰のものであったとしても…全部消してやる」 「火村…」 耳から頬を辿ってきた唇が、唇の端へ微かに触れる。 「お前が欲しい、アリス」 「あ‥」 合わせた唇から忍び込んだ舌の動きが激しくなっていく。何が何だかどうでもよくて、ただ夢中になってしまう口付け。もっと、もっと…。もつれるように倒れこんだ畳の上で、互いをむさぼりあう。 これまでに知らなかったものなど何もない筈なのに、全てが新鮮で何もかもを知りたくて。唇で、指先で、足と足で、確かめる互いの存在。 どれ位そうしていたのか‥。火村がふいに身を起こした。 「どうしたん‥」 真剣な瞳に見つめられる。そこに自分が映っている事が何よりも嬉しい。 「戻れなくなるぞ‥アリス。お前の望む『友達』になんて」 「わかってる」 「もう逃げ道はやれない」 「それでいい‥」 「誰の元へも戻せない。束縛してしまう。きっと…」 「そんな相手なんておらへん…」 「パーティーの彼は? 片桐って言ったか」 少し落ちた声のトーン。多分、火村は何か知っているのかもしれない。 「ただの作家と担当や。そんなんやない」 「…あの日、朝まで一緒だったんだろ」 「どうして」 「お前の部屋から出てくるのを見た」 「そっか…。でも酔っ払いに泣きつかれて隣で寝てくれただけみたいや。本人がそう言ってた」 「なんだそりゃ」 「聞いたんや。今日出掛けに電話もろたから。あの夜何があったって。まぁ、セックスはしてないと思ってたけど。俺は全く覚えてなくて、そんな自分が嫌やったから…。でも原因は火村なんやで。お前こそ彼女はどうするんだ? 同時進行なんて知ったら俺、殺されそうや」 「誰のことだ?」と驚く火村。 「…アリスティアさんに決まってるだろう」 「バカいうな。それこそ、ティアの愛しのダーリンに毒殺されるぞ、ドクターだからな」 「え? だってその指輪…」 「これはそいつのなの。ティアが免税店で気に入って、指にした感じを見たいからって無理遣り入れたら、どうやっても抜けないんでね。国に帰るまで無くさないように預かる事にした。だから、事在る毎にダーリンズ・リングってうるさい、うるさい」 本当にお手上げとばかりに話す火村を見ていて気が抜けた。何だか勝手な思い違いで事がごちゃごちゃになってたようだ。ははっと笑いが出てしまう。 「何だよ」 「だって、こんな体勢で何の話してるんやろ…」 「…それもそうだな…。塞いじまうか…」 「うん」 再び重なった口付けが深くなる。何の迷いも戸惑いもなくなった今、二人はただ一心にお互いに触れたかった。 ×××× 「ぁ‥火‥村‥それっ‥ん」 素肌に忍び込む指に探り出された胸の飾りをいじられ声があがる。アリスの唇から出発した舌は今、アリスの蜜を求めて、まだ育ち始めたばかりの肉棒に甘く絡もうとしている。掠れるようにじらして。 「‥ちょっ‥あ‥見る‥な」 触れそうで触れない距離で吐き出される息にまで反応を返すアリス自身をその目がじっと見ているのが何故かわかる。 「そこからじゃ、見えないくせに‥」 わざとはっきり話されて、また震えが来る。 「気配で‥わかる‥」 「じゃあ、見てみろよ。それが本当かどうか‥」 「え?」 火村は一旦、起き上がりアリスを誘導して壁にもたれかけるように座らせた。 今のアリスの着衣はもう、はだけたシャツ一枚だけ。 「足開いて‥」 隠しようのない下半身を曝せと、優しい声に命じられて戸惑っていると。 「ほら‥」 そっと足の親指の先から内股を辿ってきた指にあっけなく陥落してしまう。そのまま手でアリス自身を包み込む。袋から先端まで、十の指でばらばらに刺激されて息があがる。 「ほらアリス。見てないだろ‥」 耳元でからかうように囁かれる間に、指が強弱を付けてアリスをあおる。 「‥はぁ‥あ‥ん‥あほ‥手が‥あ」 「違うよ。お前が。そこを見てないって言ってるんだ」 目で指で言葉で翻弄していく、それは火村の手口だ。でも、今は言葉遊びに付き合えるほどの余裕はない。 「‥ぁ火‥村‥じらさんとってや‥」 切羽詰まった声ですがる。 「わかった。俺も早く欲しい」 でも、傷つけたらごめん‥と囁いた唇に吸われて、あっけなく達してしまう。ぼうっとしている暇もなく、自らに侵入する異物感に声が落ちる。 「っう───指‥やん‥」 「わかってる、ちょっとほぐすだけ‥。大丈夫だから。ゆっくり思いだそうな。俺たちの感覚」 「う‥ん‥ぁぁっ‥あっ‥」 埋めて欲しかった。この何年間かの淋しさを。他の誰でも不可能な熱さを。ただ火村に‥。 ちろちろと燻りだした奥火に吐息が激しく零れだす。その変化に気づいた火村は一瞬の空白の後、己れの熱を打ち付ける。 「ぁあー」 「アリスッ」 ねじ込まれた火村に全身を揺さ振られ乍ら、アリスはまた自分が再構築されていくような気がしていた。 粉々な分子まで壊された自分が火村と融合していくような。 そんな不思議なイメージに包まれながらアリスは再びピークを迎える。 「…火…村ぁ…もっ……」 「ア…リス」 火村もまた。灼棒の熱を全てアリスに注ぎ込んで至福の時を迎えていた。 崩れるように倒れこんで、荒い息を吐きながらも、目が会うと笑みが浮かぶ。 「おかえり。火村」 「あぁ。戻ってこれて嬉しいよ」 「…ごめん…」 謝りながらも笑いが止まらなかった。 ×××× 何度達したのか、記憶にないほどハードなセックスをした翌日。 火村は再び、日本を飛び立った。 空港でアリスティアと合流した時に、火村の見てない間に渡された封筒。何か耳打ちされたのだけれどアリスにはそんな流暢な英語など聞き取れなかったから、どうにかわかった『シークレット』の一言とアリスティアの悪戯な目に火村には内緒なんだな…と悟ったのだが。 二人が機上の人となるのを見送ってから見てみたけれど、やっぱりわからなかったから、夕陽が丘に戻って辞書を片手に読んでみた。
エアメールでも書いてみようか…。 そんなことを思いながらアリスは満面の笑みを浮かべていた。
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「メロドラマ」が書きたくて企画したその名も「メロドラマ」というタイトルの本に収録したお話でした。 秋の話だったなぁ…と思い出してひっぱり出してみました。実の所、最後の方だけページ数の関係で削った文章がここに残ってたから、こっちが完全版かもしれません。…しかし、表においていいのかな…とちょっと迷ったところも(笑)なんだ結局昔からあまり進歩がないなぁ私って…なーんて思っていたのでした…。これの続き…書きたかったんだよなぁ…『アリス、アメリカに行く!!』でもね、私自身がそんな場所もわかんないので持ち越ししてます。でも、不意打ちアリスも面白そうなんだもーん!(笑) |
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