思い出し笑い                      作/あやのさま


「はい、確かにお預かりしました。お疲れ様でした」
片桐さんが、にっこりと原稿を揃えながら言った。
「ところで有栖川さん、この後の予定って決まっていますか?」
「いえ。お昼でも食べて、神保町をうろつこうかと思っていた位で特に何も決めていませんよ?」
「じゃあ、良かったらお昼ご一緒しませんか?この近くにラーメンの美味しい店があるんですよ」
「いいですねぇ。ぜひ」

という事で、私は片桐さんに連れられて、とあるラーメン屋さんの行列に並んでいる。
「こんなに並ぶなんて、そんな有名なお店なんですね」
「ええ。並ばずには入れないですね。ただ、今の時期なら学生が少ないのでいくらかはマシなんですよ」
「そうか。この辺、大学が結構ありましたねぇ。2月の受験期やから、学生は休みですもんね」
「・・・ところで、有栖川さん。ちょっとだけ注意しておきますね」
「へ、注意?」
片桐氏は少しばかり声をひそめて、私に言った。
「こういう、がんこおやじの小さいお店にはありがちなんですが・・・」
ああ、食べるのに怒られたり、説教されたりするアレか?
「ここの親父『常連だけに来てほしい、一見さんていうの?あれは嫌い』っていう人なんですよ」
「そしたら、どないしたら良い訳?」
「順番が来たら、上手いタイミングで注文して余分な事喋らずにさっさと残さず食べて退出、それだけは守ってくださいね。あ、お奨めは〔半ちゃんらーめん〕ですから」
「半ちゃんらーめん?つまりらーめんと半炒飯のセットっつう事?」
「そうです、と言うところで、ちょうど順番ですね、入りましょう」
ちょうど、二人分の席が空き、中に入る。
なるほど、カウンター7席の店内で、丸首シャツのおやじが仕事をしている。
「半ちゃんらーめんを」
とそれぞれが注文し、おやじの仕事ぶりを見守る。
醤油ベースにメンマとねぎ、チャーシューのシンプルなラーメンと、しっかり濃い目の味の炒飯は確かに美味い(関西人とは少し好みが違うかもしれないが)。
片桐氏の注意がなくても、その美味さに、黙々と食べてしまう。
広くはないカウンターのみの店内と、がんこおやじのいい店だ。
「おやじさん、ごちそう様」
代金(なんとアノボリュームで600円とは驚いた)を払い、片桐氏と二人店を出る。

「片桐さん、いい店に連れてきてくれて、ありがとうございます」
「いいえ、気にいっていただけたなら良かったです。 私は社に戻りますけれど、有栖川さんは?」
「そうですね、少しぶらぶら歩きますわ」
「では、また連絡しますね。脱稿後の命の洗濯をお楽しみください」

よし、古本屋をはしごして、疲れたら美味いコーヒーでも・・。
そう、この辺は古くからの居心地の良い喫茶店も多いのだ。
それにしても、さっきのラーメンは美味かった、今度、火村を・・・。
考えかけて、断念した。
「絶〜対、無理やん・・・・」
あの猫舌の火村に、さっさと食べろとは言えない。あんな行列の店で冷めるのを待っているのは、後ろの人に失礼だし、大体、あのおやじに睨まれるのがオチだ。
「しゃーないな〜。」
よし、代わりに、長居しても怒られないコーヒーの美味い店でも探していこう。
たまには新しい店を開拓だ!
そうそう、ばあちゃんにも土産を買っていかなくては。
いつもの和菓子屋と、片桐さんに教わった洋菓子とどちらがいいだろう・・・・。

大好きな本の街、美味しい店がこっそりとある街で、私の足は知らずに軽く弾んでいくのだった。


超可愛いお話をありがとうございます! 猫舌の苦労は私もよーくわかるのです。熱くて美味しそうなもの…たくさんあるのに、残念!火村共々悔しい思いをするのよねっ…。