「そんなん新庄に決まってるやんか!」
 ぶつぶつと言いながらアリスがペンを走らせている。
「何が?」
「ん? アンケート。今年の三大ニュースを選んで下さいって、片桐さんがFAXしてくれって送ってきてん」
 それで新庄とは‥。普通はイチローって言わないか?なるほど根っからの虎ファンは言うことが違う。  
「そうか。ほら、早く入ってこい、まだ寝てんだろ」
 見事に省略された言葉でも二人の間では通じる。
「うん。これ送ったらすぐ入る!」
 火村は風呂上がりだった。バスタオルをアリスの肩にかけて、愛しの子供たちが眠っている隙にアリスにも風呂に入ってくるように勧めているというわけだ。
「了解」
 答えながら、火村はベビーベッドを覗き込んでいた。
「…全く…寝てると天使だよなぁ。二人とも…」
「ん? 起きててもやろ」
「…泣かなきゃな」
「ははっ…だってまだ話できへんねんから仕方ないやん。がんばって自己主張してんねんで」
「おっと余裕だな、アリス」
「別に、そういうわけやないけど、よし、送信っと!」
 FAXを流し終えると火村の傍らにそっと立った。
「きっと他の子やったらいらいらするんやろうけどな…。さすがに自分の子になると泣き声まで可愛いって思えるんやから、不思議や」
「それはやっぱり余裕って言うんだよ。お前だって、最初の頃なんかかなりパニクってたぜ」
「そりゃあなぁ…育児なんて初めてやし…。昼も夜もなかったし…生活激変やったもん。俺のほんまの三大ニュースは子供を産んで、育児して、母親の偉大さを知った事やねんけど、ちょっと書かれへんからな」
 この一年、文壇から離れ気味だったのは全てこの子どもたちの為だ。産休の間はまだかけたけど、育児休暇とでも思うしかないと笑ってみせる。母親の強さというか、余裕がこのところのアリスには見られる。
「ごめんな、お前に負担かけちまって」
「いいや、そんなん負担なんて思ってないよ。火村はしっかり協力してくれてる、いいお父さんやで」   
 くすり…と笑ってもたれかかってきたアリスの肩を火村はそっと抱き寄せる。 
「お前も…とってもいいお母さんだ。…でもなぁ」
「でも?」
「忘れるなよ、母親である前にお前は俺の恋人なんだぜ…ずっとな…」
 さらりとそんな気障な事を言ってのける火村をアリスはまじまじと見つめ、ふわりと花のような笑みを零す。
「ありがとう。もちろん、わかってるって。大体さぁ、火村が居たからこそこの子らもおるんやもん。火村とでなかったら絶対こんな奇跡起こるわけないやん」
「…奇跡か」
 確かに。現実に二人を身ごもったアリスと共に暮らした時期を、そして出産をしたアリスを目の当たりに見た今でも、何故それが起こりえたかは謎のまま。強いて言うなら愛の力としか言い様がないわけで。
「うん。今でもさ、これって夢なんかなって思う事ある。目が覚めたら、火村もまーちゃんもゆうちゃんも消えておらんかったりしてって…不安で目が開くねん」
「ばか…。ちゃんといるだろ」
 抱き寄せる腕に力がこもったのがわかる。
「ほんま、あほやなぁって思うけど。こんな幸せでいいんかなって思ってまうんやもん。火村と一緒に居れて…子供まで出来て。家族になれて。俺の望んでた絵に書いたような幸福がこの手にあるなんて」
「いいんだよ。それは俺の望みでもあるんだから」
「火村…」
「信じられないなら信じさせてやる」
「…そんな……」
 そんな意味ではないのだと否定しようとした唇を奪われる。強引な…でも、優しい…愛しい人に甘く甘く説得されているこの充実感。
「…好きやで…火村…」
 その蕩けるような説得が離れた瞬間にこぼれたのは吐息と涙と心からの一言。
「だーかーら、なんで泣くんだよ」
「…幸せやから…君と出会えてよかった」
「俺もだよ」
 再び重なる唇。…そのシルエットがずるずると崩れ落ちていく。
 愛しさを伝えあう。言葉では足りないものを補いたくて。肌と肌で、そのぬくもりで。想いが全て伝わる様に。
「…アリス…」
「ん…」
 忍び寄る指にその意図を察して、そっと腰を浮かした。その時。
「あ…あぁー」
 熱い囁きと共に聞こえた小さな声に、がばっとアリスは身を起こす。
(す、素早い!)とは、火村の心の声。
「どうしたん? ゆうちゃん。起こしてもうた? んーほら、泣かんでいいよ」
 アリスは既に母親でぐずつきだした子供をあやしている。その隣からひょいっと横から伸びてきた腕。
「まったく、寝てろよな。気がきかない奴だなぁ。もう大人の時間だぜ」
 最初、首が座らない頃は抱くのも恐がっていた火村もすっかり父親ぶりが板についている。
「そんな事わかるわけないやんなぁ」
 通じる相手ではないとわかっていてもすごんでみせる火村にアリスは苦笑する。
「いいんだよ。今からちゃんと言っておかないとな。アリスは俺のだって…。ほら、今のうち風呂入って来いよ。出てくる頃にはまた寝るだろう、こいつも…な」
 全く…一番の甘えたは誰なんやろう…なんて思いつつ。
「…はいはい。ちゃんと寝かして、待っててな…」
 幸せな光景に目を細め、アリスは部屋をあとにした。

ししゃもな二人の一こまでした。
冬コミのペーパーだったように記憶しているんだけど?(笑)