花一輪

 京都の春は遅い。
 桜の開花もまだ少し先。
 でも、今、満開の花が俺の傍らで艶かしい息をついている。

「大丈夫か?」
 まだ上下する背中ごとふわりとタオルケットで包みこむと、平気…と動かしてきた指先が、俺の指に触れた。
「……た?」
 擦れた声が何かいっている。
「…ん?」
 覗き込んだ俺を上目遣いの視線が絡め取る。
 まんぞく…と動く唇に、そっと指を這わせてもちろんと首肯くと、その端に『よかった…』と笑みが浮かんだ。
「…お前は?」と尋ねた俺への返答代りにやんわりと指先を噛む。
 そんな一つ一つの仕草が、無性に愛しくて。
「…アリス」
 そっと髪に降り注ぐキス。
 くすくすと笑いながら、花は誘う。
「…もっと」
 どこもかしこも甘いそんなアリスの耳朶をやんわりと噛む。
「ぁっ…」
 微かに震えるその身体を布越しにそっと包み込みながら。
「好きだよ」 
 囁きかけると『俺も』と零れ落ちた言葉は、ますます蜜の香りを漂わせる。
「んっ‥」
 舌先で味わいいながら、唇を撫でていた指をそっと中へと忍ばせる。
 意図を察したように少し開いたその中でくるりと回した指の腹。上部をそっとつまびくと。
「ぁ‥ぁ‥」
 吐息の花びらが、はらはらと‥。
「アリス、アリス‥」
 濡れた耳に何度も呼び掛ける。
「ぁん‥ひむっ‥‥だ‥めっ‥んん‥」 
 いやいやと振り出した首。
「‥ダメ?」
 そんな言葉を耳に残して、少しだけ浮かした身体。
「あ、いやっ」
「イヤ?」
 言葉尻を拾って頬に落とすと『意地悪』とばかりに、含んでいた指の節を狙ったようにぎりっ噛まれた。
「いてっ」
 ひるんだ隙に、がさごそっと身を捩るとアリスはそっと腕を伸ばしてきた。
「あかん…」
「あかん?」  
 本当はそのどれもが裏返しだと言うことは百も承知。
「もうっ‥知ってるくせに‥」
 知り尽くしていても、聴きたくて。
「何を?」
 つい返してしまう言葉に、焦れたようにアリスは俺の首を引き込んだ。
「‥キスして‥」
 うっすらと閉じていく瞳に誘われるままにそっと。
「もっ一回‥」
 せがまれて、再び。
「‥ちゃんと‥してや‥」
 不満そうな声に、糸を引くようなキスを何度も。飽く事無く何度も、繰り返す。

 無論、それで止まる事はずもなく、再び素肌を滑りだした俺の唇はアリスの真白なキャンバスに花吹雪を描いていった。

 
ペーパー3の裏話でした。いわく「火村が○○魔になった理由」