十五夜の猫…前…

 バサリ‥と固い物が背にあたった。
 重い目蓋を開けてみるとどことなく見たことのある天井が映る。
‥昔懐かし木の色に落ち着きを感じるなぁ‥って、ことは。
 火村が俺を運びこんだ場所は奴の下宿だ。

 ってことは‥もしかして駐車場から2階のこの部屋まであいつは俺を担ぎこんだって事やんな‥。
 想像するだけで顔から火が出そうになる。
 だってあそこの駐車場は、街灯がちゃんと点いているから両横、そして裏手にある火村の家・ひいては道を挾んでのお向かいさんまでよく見えるのだ。
『安全なのはいいけど、ここでは悪さが出来ねぇなぁ』なんて普段の火村でもそんな事を言うような場所。そこからここまで‥絶対に誰かには見られているはずだ。背負われたか、抱っこされてきたのか‥まるっきりわからないほど熟睡していた俺とは違って、本当に火村は力が漲っているのだろう。
 狼男なのだ‥と言ってのけただけの事はある。十三夜、十四夜‥とそのパワーを俺に注ぎこんで、なお‥疲れのカケラすらみせないとは‥。いくら火村のが負担が少ないとは言えアレだけの熱を放出しておいて何であんなに元気なんや???
 俺なんてマジに指一本動かしたくない。いや、動かんのちゃうやろか‥なんて思いつつ、ゆっくりとグーパーと動かしてみる指先。
「‥あ、動いた‥」
 そんなあたりまえの事を呟いてしまった程に重い身体だ。

 しかし、突然。
「起きたか?」
「うわぁっ! ひ、火村っ」
 驚いた。まるで気配を感じなかったってのに‥居たとは‥。
「なんだよ、そんな幽霊に出くわしたみたいな顔だな‥」
 覗き込んだ火村が心外だとでもいいたげな表情で見つめている。
 でも‥。
「ばけもんやんかっ‥」
 思わず悪態でも着きたくなるってもんだ。
「‥なんだよ、不機嫌だなぁ‥」
 くしゃりっと髪をいじくりながらそう怒った様子もなく火村は聞き流す。
 ふと、気付くと狼男はまともに見慣れた白いジャケットにネクタイ姿だ。
「‥出かけるん?」
 最も至近距離に近付いてきたせいでもう顔しか、いやその目しか見えない程なのだけど。
「あぁ。ちょっと様子を見にきただけだから、もう一度戻るよ」
 重ねられた唇からはどことなく太陽の匂い。外に居たって事が真実だとよくわかる。
 こういうのは好きなんやけどなぁ‥。柔らかく穏やかなキスは‥こんなに気持ちいいのに‥。
 その気の火村は大違い。キスだけで俺をイカソウとする。
 この二日間。どれだけ強烈な口付けを所構わず残されたことか…。首、胸、背中、脇…降りてくる動きは…それだけで止まらずに俺をしゃぶり、脚の付け根から足の指まで…隙間なく辿っていった。
───いや、それだけやない。舌の感触は身体の中にも残ってる。
 ぞくりっ…ふと、そんな感触が思い出されて身体の奥に何かが点る。
……まだ、残ってる火村の痕が疼きだしたかのようだ…。
「ん……」
 思わず震えた我が身を抱きしめる。
「何…?」
 問われてはっと気付くと、覗き込む火村の瞳が笑っている。
「え?」
「…震えてる、アリス…」
「なんもない…」
「嘘つけ。こんなキスだけで感じたんだろ。ほら」
「あぅ…」
 摘まれた胸は嘘をつけない。
「俺のが移ったか?」
 そんな性欲魔人になってたまるか、いい返したいところだが、執拗な指の動きに翻弄されて…。
「やっ…離し…」
 息があがる。
「夜まで待てない?」
「…ちがっ…んんん」
 再び塞がれた唇。それはさっきまでとは違う。
 奪い尽くすKissだ。理性を狂わせる…kiss…。
「……ん…んぅ……」
 かろうじて空気を求める隙を与えられてただけのそれは一体どれだけ続いたのだろう。
 すっと身を起こした火村は耳もとにそっと囁く…。
「…ああ、こんなになったアリスを置いて行くのは忍びないなぁ」
「あぅっ!」
 胸以上に張り詰めている昂ぶりに指をはわされてびくつく俺から、一瞬で離れると。
「でも、残念ながら時間切れ」
 すっと立ち上がって火村は背を向ける。
「悪いな…アリス。夜まで待ってろよ…」
「そ…んなっ…」
「ほら…熱さまし…」
 再び、重ねられた唇から冷たいものが流れ込む…。
「あっ…んんっ…」
 ごくんと飲み干したミネラルウォーター。でも、そんなもんで醒めるわけはなく。
「じゃ、行ってくる」
「えっ…ひむっ…」
 な、なんて声だろうと、自分でも驚くほど頼りなげな声が出た。
「ま、待てなきゃ自分でしててもいいけど」
 すたすたと出て行く背中を引き止める。
「ちょっ…火村っ…」
 がらがらっと扉を開けて、振り向いた火村は、ヒラヒラと手を振りながら。
「でもなぁ…体力回復しといた方がいいぜ…今夜は満月だからな」
 やけにご機嫌な笑みを残して、扉を閉めた。

 しばし、呆然。
 熱なんて冷めない……。
 ど、どうしようっ…。
 あついっ…!
 夜までなんてっ…でも…。
 あぁ、こんなん考えてるって…それって抱かれるのを待ってるみたいやんかっ!
 とかなんとか、しばらくの間……ぐるぐると回っていた思考。でも、結局、本能に勝てるわけはなく、そろそろと忍ばせた指。
「…うっ…」
 ミャァァァ?
 みゃぅぅ?
 自らの指の動きに思わずうめいた俺を、猫達が不思議そうに見つめている。
 な、なんで…。来るんやっ??
 あかんっ…いくら猫かて…こんなあさましい事、見せたくないっっ!!
 そうか、火村と入れ替わりに忍びこんできたんや。
「あ…違うっ…わざとやなっ…」
 俺の考えなんて手に取るようにわかってる火村の最大級の意地悪だ。 と、わかっていても。
「生殺しやんかっ!!!」
 もたげた自分をくうっっと堪えつつ、なんとか俺は身を堅くする。

 くそっ…くそぉぉぉぉ。
 見とけよ、夜っっっ!!
 絶対、リペンジしてやるぅぅぅぅぅ!!!

 そんな堅い決意を胸に秘め…。
 遊んでと騒ぐ猫たちの騒音の中。
 俺はいつのまにか眠ってしまってた。


       さてさて、アリスのリベンジはかなうのかな???続きは後編にて。

何故か密室なのでプラウザで戻ってね!