十五夜の猫…中…

「あら、有栖川さん。大丈夫?」
 がらりと開いた扉の方を睨みつけると、それは火村ではなくばあちゃんだった。
「…あ、す、すみません」
 その手には、お盆。どうやら、俺の食事を運んでくれたらしい。
「起きてていいの? 熱は下がった?」
 熱?…そうか、火村はそんな話をしてたわけだな…。
「はい、もう大丈夫みたいです」
「そう、食欲もないって聞いたからおかゆさん作ってみたの…少しでも食べてね」
 にっこりと笑っ食事を並べてくれたばあちゃんにつられて、俺もにこにことあいさつを返す。
 もちろん、内心は煮え繰り返っていた。
 だって。
 食べる事すら出来なくしたのは、誰やねん!!
 さっきだって…突然にあれだけの睡魔が来たのは、あいつが一服盛っていったからだ。
 あのキスがあやしい。いや、絶対にそうだ。
 なんて、思いつつ見上げた窓の外…太陽はもう沈みかけている。
「十五夜…かぁ」
 月の魔力。
 そんな話はよく聞くけれど。
 まさか、火村が言い出すとは思ってもいなかった。
「何が狼男や!」
 大体、狼男に変身したって、 あんな性欲だけが偏重するなんて、ちゃんちゃらおかしいやないか?
「あれは単に性欲魔人に変身してるだけやって…。なんや全く!」
 とにかく、食事だけしたら、逃げてやろっ…!
 本当は今にも飛んででたいところだけれど、ばあちゃんの心遣いを無駄にするわけなはいかない。
 さっきは、リベンジなんて考えてたけど。土台無理だ…。体力で叶うわけがないんやから…。
 それなら一番効果的なのは、あいつの行き場をなくしたらええねん。
 一人で悶々と苦しんでもらおうやないか!!
 俺かって苦しかってんからな!さっき…。
 ぶつぶつぶつぶつ…と呟きながら、俺はおじやを口に運ぶ。
「あ、おいしい」 
 ご機嫌と不機嫌をいったり来たりしている俺を猫たちが不思議そうにみていた。
 
 食べ終わって、さっさと食器を洗って、階下のばあちゃんのところに持っていった。
 帰る…という俺をばあちゃんは当然のように引きとめた。そりゃそうだ、火村が絶対何か吹き込んでするに違いないから。多分、『アリスのとこにいったら熱出して寝込んでた、二晩たったけど治りきりないし、俺は仕事もあるし…で、連れて帰って寝かせてあるので、よろしく…』とかなんとかってシナリオだろう。
 でも、俺もそんなことくらいは予想してたから「どうしても今日戻らないとまずいから、火村のとこに顔を見せてから戻ります」なーんて、それらしく言って脱出したのだ。
 
 路地を出る。
 もしかしたら、今にも火村は戻ってくるかもしれない…ってことで、とにかくこの一本道さえ出てしまえば、あとは車の通り道を避ければいい、と早足で歩き出す。ちょっと身体が軋むけれど、少しの我慢だ。
 が。
 二台の車がすれ違うのに、道の端で立ち尽くした俺にくっついてきた小さな影。
「えっ…ちょっ…??」
 なんてこったい!
 がりがりとジーンズの裾に爪をたててくれるのは、コオちゃんだ。その横でうりちゃんもみゃーみゃー、なんていつも以上に人懐こい声で鳴いている。
「ダメだよ。ウリちゃん…こおちゃんも…ほら、帰り。また今度ゆっくりな!」
 といっても、まとわりつく奴らは再び歩き出した俺を放すまいとするかのように、離れてくれない。
「あかんって…!!」
 やばいんだよ、絶対。
「なぁ…頼むから…」
 ……って、待てよ。言うてもお前達は火村の飼い猫やもんな…。
「…あのヤロー…猫にまで監視させてたんやなぁぁぁ!!」
 もう、知らないっ!!
 二匹の妨害にも負けず、ずんずんと路地を進んでいく。さすがにその先の車道まではこいつらのテリトリーではないだろう。
 路地からの曲がり角で奴らはぱたっと動きを止めた。
「よっしゃっ!!」
 ふと見たら、点滅中の信号。慌てて走りきる。

 と…。
「何、急いでんだよ」
 渡り終わった先に火村が立っていた。
「え…な、なんで…? 車は?」
「バスだったから」
「あ…そうなん…」
 なんとも間抜けな会話だが…。
 やばいっ。
 とっさに思い出した。
 俺はこいつから逃げなあかんねんって。
「あの…そしたら、俺…帰るから」
 なんて言ってみたところで、しっかりと掴まれた左腕はびくともしない。
「泊まってけばいいだろうが?」
「いや、用事あるねん。帰る」
「なら、送ってやるよ」
「いいって…。火村も仕事で疲れてるんやし…」
「疲れ? 心配は無用だって、アリス。今夜は満月だぜ」
 にやり…と笑った火村の影に耳が・尻尾が見えたのは俺の幻だろうか。
 もう…逃げられない………。

 今来た道を引き摺られていく。
 駐車場で車に押し込まれる。
 バタンとドアが閉まった途端に覆い被さってきた唇。
「……んっ…やっ……」
 ぐらりとシートが倒されて…。
 その意図は一目瞭然。
 あかんっ!!
 そりゃ、もう充分、暗くなっているとは言っても、ここは…まずいっ…。 
 明るくて…あっちから、こっちから…見…えるっ…て…えっ!!
「…やっ…めてっ!」
 唇だけじゃない。圧し掛かった火村の指がジイイッとジッパーをずらしていく。
「…やだっ…やっ……」
「ダメだ」
「いやっ…あ………やめっ…」
 ジーンズの、ブリーフの…狭い隙間から…指が忍び込んできてまだ柔らかい俺のモノに触れる。
「…しないよ…ここでは……でもさ、アリスが逃げないように…。こうしておくんだよ」
「…やっ…やだって……」
 その指が布の間から、俺を導き出す。
「そのままで居ろよ…」
 ばさりっ…脱ぎ捨てたジャケットで俺を、いや、俺の曝された部分を覆うと、指先をそこに残したまんま、身を起こす火村。
「…なっ…やめっ…あっ…」
 くそぅ!
 男同志だからわかる…、いや、それ以上に俺を知り尽くした指が、俺を弄っているのだから、たまらない。
 嫌だと思っても…そいつは反応していくから。 
「どけてろ、指」
 阻止しようとして掴もうとした両手を振りほどかせる冷たい声。
「ひ…むらっ…どうして…」
「逃げようとするから…」
「っんんん…」
 ぐっ…と強めに握られて声を失う。
 そんな俺をもう一度覗き込んだ火村の瞳。
「…まだ、逃げたいか?」
 それは…意外なことに…とても切なくて…。
「…アリス……答えは?」
 魅入られてしまう。その声に。
「…もう…いい」
 自分でもどうしていいかわからないから。
「ん?」
「もう…優しくして…」
 応えるように、なぞる指に煽られて…俺はそっと目を閉じた。

 
       ごめん、続いてしまった。
やっぱり、火村の方が上手だったな。
さ、次は…もちろん、それしかない話(爆)

何故か密室なのでプラウザで戻ってね!