帰宅 「ひぇーーー、寒いぃぃ!」 車を降りるなりアリスはすっとんきょうな声を上げている。 「そりゃなぁ、ハワイは暖かかったろうよ。ほら、先戻っとけ。止めてくるから」 トランクから荷物を下ろして火村は再び車に乗り込んだ。 「うん。そしたら部屋あっためとくな」 了解と片手をあげ名ばかりのベンツは動きだした。 先刻聴いたニュースだとこの冬一番の冷込みらしい。よりによってこの日に冷えてくれなくてもいいのに、なんて思いつつ降り立つ7階。 「あら、有栖川さん。お帰りなさい」 「ただいま」 エレベーターホールを曲がったところで、偶然出くわした隣人の真野さんに軽く会釈をする。 「あ、そうだ。デパートから届きもの預かってるんですけど、私ちょっと今から出かけるんで、後で持っていきますね」 「すいません、迷惑かけて。あの、荷物は後で取りにいきますから」 「いいですよ、軽いものでしたし。あ、でもちょっと出かけるんで後からでもいいですか?」 「もちろんです。急ぎの荷物なんて来る予定ありませんから」 「そうですか。じゃ、またその時にでも」 チン…と丁度エレベーターの着いた気配に真野さんは足早に動く。『いってらっしゃい』と見送った声に重なるように『こんにちわ』と声が聞こえて。 「なんだ、まだここに居るのか」と違う声が背中から追ってきた。 「早かったやん。火村」 「あぁ、裏のいつもの所が空いてたから」 「もうほとんど君専用やなぁ、あそこ」 「らしいな」 そこはマンションの来客用スペースだが、どうも最近は京都ナンバーのベンツの場所だと認識されているような気がする。塞がっている時がないから。 「あれぇ…鍵どこ入れたっけなぁ…」 アリスは腕に下げた袋を邪魔そうにしながらあちこちのポケットを探っている。 「後で探せよ」 ひょいと伸びてきた火村の腕がその隙にさっさと鍵を開けている。 「ありがとう。助かった、火村が鍵持っててくれて」 「お前が渡したんだろうが」 「そりゃ、そうやけど」 「ほら、早く入れよ」 ドアを開けスーツケースを押しながら火村は促す。 「うん、ただいまー」 五日ぶりの我が家の匂い。ほんの少し離れてただけなのに何だかとっても落ち着いた気持ちで深呼吸。さて靴を脱いで…と、屈んだ瞬間。 「ちょっ!」 背後から抱き締められた。 「うーっ、火村…重い! ちょっと待って、靴脱ぐから」 「だーめ、先に俺」 「あんっ、もう…」 強く抱き締められて『しゃあないなぁ』とその腕を握り返す。と、冷たい頬を唇が掠めていく。唇の端で『お帰り』と呟かれ傾げた角度にあわせるように啄ばむような優しいキスが繰り返される。 …アリス…アリス…と確かめるように何度も名前を呼びながら。 そうか…。今、ここが暖かいのは火村が居るからだ。きっと一人で戻ってきていてもこれ程安らぐことはないのだろう。 「ん…火村…ただいま…」 がさごそと身を交わし首に手をかけ抱き締め返す。瞬間にふわりと浮き上がったのはアリスの身。 「うわっ!」 どうやら今日の火村はアリスの一歩先を行ってるようで。ずんずんと歩いた足が寝室の前で止まる。 「火村ってば! …ちょっ…待って…靴脱がな…」 「後で脱げ。俺はまだ寒いんだ」 耳元で囁かれぞくりと震えたのは寒さではなく内からの快感。 「…もう…せっかちやなぁ…」 「どこが、一週間も気長に待ったぜ」 「まぁいいわ…。熱くしてな」 「当然!」 そんなこんなで、身も心も温めあうために二人は長い時を費やした。 もしかして…鍵しめてなかったかも…なんて考えがアリスの脳裏をよぎったのはもう随分後の事。 「でも、まぁ…誰も来ないよな…」 貴重品はコートにあったから取られるものもないし。このぬくもりから離れたくもないし…と起こしかけた身を再び横たえる。 「どうした?」 眠っていたかと思った火村が薄目を開けた。 「なんでもない…あったかいな、ここっ」 もちろんそこは火村の腕の中。 「ならどこへも行くな」 「うん。ほんまに…一人じゃつまらんかった、どこ行ってても」 そういってしがみついた時には、もう鍵の事なんてすっかりと忘れてしまっていた。 ちなみに、丁度その頃。 「火村さんが来てるなら…明日にした方が身の為よね」なんて、帰宅した真野さんが扉の前で呟いた事は二人の知ったところではなかった。 |