![]() ○月×日……火村先生の昼休み |
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「では、今日はここまで」 予定のベルより5分は早く講義の終了を告げ火村は壇上のあれこれを束ねる。 ここのところ昼前の講義は全てそうだ。もっと早くに切り上げる事もある。 といって別に文句が出ることはない。 伸びれば困るが早い分には学生も喜ぶ。学食でもいい席がとれるしお互いにいいはずだ‥なんて。 これまでからは程遠い思考が火村の中でも罷り通っていた。 だって、昼は忙しいのだ。帰ってあれこれせねばならない事が山ほどある。 なんせ夜が夜だからなぁ。 昨夜もなかなか寝かせては貰えなかったし‥など。思い出してはにやつく頬を引き締めながら、隅々まで書いた板書を消すのに意外と時間がかかった。 急がねば‥と手を叩き、机上のノート類を手に取る。 「先生、ちょっといいですか?」 顔をあげると、とても真面目そうな細面の学生がノートを片手に目の前にいた。 大学生ともなると 『本業は何なんだ』と尋ねたくなるようないい加減な奴がいる一方、本当に学びたくてここにいるのだとわかる学者肌の奴もいる。 彼は見るからに後者。いつもこの水曜日の二限の講義で熱心に最前列でノートを取っているの姿は火村の印象にも残っているほどだ。 だから、無下には出来ずに手を止める。 「なんだ?」 「さっきのイギリスでの犯罪記録が載ってるって本…教えて貰えませんか?」 「あぁ、あれは…残念ながら翻訳物はないよ」 「そうですか。そしたら原書の取り寄せ方とか…」 「秋山君だったかね? ちゃんとメモしておくから次週の講義の時か…それか急ぐなら明日の4限にうちのゼミを覗いてくれるか?」 熱心に教えを請う様子を好ましいと思いはするが、タイミングが悪い。 今は彼とそんな談義をしているわけなもいかず、話途中で口を挾む。と、さも恐縮したようにまたあれこれと話だそうとした様子に。 「ちょっと急ぐんでね…悪いが今は失礼するよ」 そそくさ…と壇を降りた時、本来の終了ベルが鳴った。 と、同時に。 タララッラータッララー 元気よく鳴り始めたのは電子音ながらもスターウォーズのテーマ。 うわっ時間厳守だぜ、と内心で毒ずきながら火村は胸ポケットから発進源を取り出した。 『もしもし、火村?』 「あぁ‥」 『もう大丈夫?』 「もちろん」と答えつつも、ここはまだ教室の中。 電子音が注目を集めたのか自分を見ている複数の視線も気にはなる火村だ。 だが、それ以上に。 『あのな、帰るついでに買物よって‥』 言い掛けたアリスの後からけたたましい泣き声。 『あーあー‥ちょっと待って‥あれっ‥えっ? うわっ‥やばっ‥』 続いてアリスまで得体のしれない声をあげている。 「もしもし。何がいるんだ?」 『ごめん、火村。いいから、帰ってきて! じゃあな』 ブチッ‥ツーツーツー けたたましく電話が切れる。 「おい、アリス? アリス!!」 思わず問い返した大声に、教室を出様とした学生たちが一斉に振り向いたが、もうそんなものは気にもならない。 目の前の人込みをかき分けて火村は教室を飛び出した。 ×××× ダダダダッ 二段飛びの最高記録の出来そうな勢いで駈け上がった階段。 「どうした!」 開けっ放しのドアに飛び込む。 「あ、火村。おかえりっ」 さっきとは違って穏やかな顔でアリスが振り向いた。 「何かあったのか?」 「ごめんな、驚かして。いやぁ、急に大きな声で泣きだしたって思うたら顔は真っ赤やし、みたらこの辺ぶつぶつ出てるし‥てっきり病気かと思って。ばあちゃんに見てもろたら汗疹(あせも)やろって言われて」 「そうか‥よかったな」 「うん。もう、ミルク飲んだらご機嫌さんになったもんなぁ、まーちゃん」 そう、さっきの泣き声の主はこの赤ん坊。 「そうか、あれ? ゆーは?」 そして昨日の夜、寝かせてくれなかったのはその片割れ。 「まだ寝てるけど、まーちゃんがえらく泣いてたから起こしたらあかんからって、下でばあちゃんが見てくれてる」 「そうか‥。少し代わろうか? アリスも昨夜から寝てないだろ」 「大丈夫やって。朝のうち洗濯終わってから結構寝れたから。火村こそ大丈夫やったか? 昨日寝れんかったやろ、あんまり」 「いや、そうでもないさ」 本当はあまり眠っていなくても。 講義中に寝たら洒落にならないとアリスが懸命に二人の面倒を見ている姿を見ていると疲れも起きないのだ。不思議なことに‥。なんだかとても満たされていて。 「あ、まーちゃん? もういいんか? なんやこいつ‥ミルク飲みながら寝てもうた‥」 「本当だなぁ‥。ちょっと俺、ゆーをみて来るよ」 「うん。起きてたらいいなぁ。火村の顔見たらあの子めっちゃ機嫌よくなるもんなぁ」 「俺はアリスを見るとご機嫌だぜ」 くすくすと笑うアリスにふわりと火村はキスを送る。 そんなこんなで。 相変わらずラブラブの二人の下で、火村家の双子ちゃんはすくすくと成長中なのでした。
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ひむあり子育て日記にまつわるお話でした。 まーちゃんとゆーちゃん…すくすく成長中! もうすぐお誕生日やんか!!何かせねば! |