「んーーー、ない!」 どこを探しても見当らない‥と先刻からアリスは慌てふためいていた。 買物に出ようとして、そういえばこの間もらっ た全国共通デパート商品券があったっけ‥と思い出したまではよかったのだが見当らないのだ。 別に商品券だけならばどうってことはないのだが、じゃあ今度デパートに行くときにはセットで持って行こう‥なんて思って手持ちのデパートの会員証も一緒にしたような憶えがある。それにはクレジット機能もついていたはずだ。無ければ一応警察に届けなければならないはずだ。 「うーーん、おかしいなぁ。俺、ここしか置けへんもんなぁ」 もし、天変地異が起きた時この棚だけ持って逃げたらいいから‥というその場所を知っているのは自分の他には一人だけ。 『それは便利なようで危ないぜ』と忠告をしている本人だって、結局はある程度固めた場所に置いて有る事を自分も知っている。 それはさておき‥。ここやなかったら、一体どこ行ったんや? 人の行動パターンというのは大概決まったルートを通るから。ちょっと置く場所っていったら、リビングやキッチンのテーブル、玄関の靴箱の上、あとは‥うーん、ベッドサイド? がさごそ、がさごそ。 でも‥ない。 「どこ行ったんやろう?」 健忘症ってわけではないけど、貰ってからどうしたかを思い出そうとしたところで無理ってもんだ。そこに置いたと思い込んでいたぐらいだから、それ以上はわかるわけがない。 「あんなん足があるわけでもないもんなぁ‥」 火村の部屋ではたまーに、思いもがけない所にものが移動していることがあるというが。それは、当然同居ネコ達の仕業なわけで。ここにはそんな勝手な事をする奴はいない。 ん‥まてよ? 火村の部屋? そういえばあの後、火村のとこ行ったっけ‥。 出張帰りの火村との約束で待ち合わせがJR京都駅だから伊勢丹にでも寄って時間潰しでもしようと思ってた。 「あの時、持ってったかもしれへんなぁ」 火村が先に着いて待っていたから実際には寄り道をしなかったので使った憶えはないが。 「いや、ちゃうな‥寄り道した‥」 あの夕方。地下鉄を降りて英都大に止めてあっ た車に乗った。 何かの話の途中でシートベルトをするのを忘れていたら、すっと伸びてきた腕と共に『ちゃんとしろ』って声を耳元で聞いて。 「あっ‥ご‥‥‥あほっ!」 素早く奪われたキスに抗議するが。 「大丈夫だって誰もいないさ」と、火村は気にも止めない。 「そ、そんなん‥まだ明るいねんで‥」 「はいはい。じゃ、暗きゃいいんだな?」 「え? どういう事?」 聞き返した声に答えもせず火村は車を出してしまう。「全く」と愚痴るアリスを乗せて一路下宿へ‥と思いきや、二つ目の曲がり角をいつもと違う方向へ進路が変わる。 「あれ、どっか行くん?」と尋ねてみても、唇は忙しなくキャメルを蒸かしているだけ。 無視を決め込んでるとわかったから、じっと見ていた窓の外。 やがて暮れ始めた空の色に包まれながら車は『大』の字の方向へと直進しやがて山道に入っていった。 「‥うわぁ綺麗な夕暮やぁ‥なぁ、ちょっと停めてや」 カーブで開けた視界に飛び込んだ風景に思わず声が漏れる。 「了解」と久々に火村は声を出すと、もう少し行った先の少しだけ幅のある路肩に車を停めた。 二人して夕暮を見つめる。以前、海を染める夕陽にも見惚れたけれど、この山の中腹から町を見下ろしての夕暮も負けず劣らず美しい。 「‥なんかすごいなぁ」 そうとしか言えなくて、沈みゆく夕陽を見つめ続ける。 やがて『もう、いいだろ‥』と促されて乗り込んだ車内で火村が言った。 「さて、暗くなったぞ。アリス‥」 「えっ、あっちょっ…んんっ…」 その策略に気付いた時にはシートは既に倒されていた。 そんなこんなで、あの日ポケットに入っていたものならば‥。 「しゃーないな‥探しにいくか‥」 行き先を近所から京都へと変えて、アリスは部屋を出た。 |
ないない…と騒ぐのはアリスの専売特許…というよりも……。って感じでしょうか。まぁ、自分のとこになければ互いの家ってのが二人の相場か、と思いまして。はい。 |