美味しいお土産!


「それが、冬休みからこっち、全然姿みかけないの」
『って事は今年は、火村先生のとこ?』
「そうじゃないかなぁ。もしかしたらお仕事かもしれないけど、でも年末年始には取材とかもないよねぇ」
『そうだね。じゃあ、この年末年始はりいちゃんの出番無かったんだ』
「うん。残念ながら…。あぁ、出来る事なら連れてってもらいたいな。…火村先生のお家ってどんなんだろう」
『英都大学の近くなんでしょ?』
「多分。京都って聞いてるけど、どこかまでは…」
『一度、ドライブがてら行ってみよっか?』
「え? あの車で?」
 思わず声が詰まったのは啓子先生のド派手な黄色い車を思い出したから。どうも古都には似合わない気がして。
『何? なにか不満でも?』
「いいえ、別に…あ、ちょっとごめんなさい。誰か来たみたい。後でかけ直します」
 啓子先生そういって携帯を切った。今度のイベントの事でとかかって来た電話だけど自然に話しはいつもの方向に流れていたのだ。せっかく彼らの話で盛り上がってたのに…これで下らない用事だったら嫌だな…なんて思いながら取ったインターフォン越しに聞こえたのは、今まで話題の渦中に居た人物だった。
『すみません。有栖川です』
「あ、はい! 今開けます」
 最初の応対とは打って変わった弾んだ声で応じると、私はいそいそとドアを開ける。
「すいませんね、遅くに、こんばんわ」
 明らかに年下な私に礼儀正しく頭を下げてくださる隣人に私も慌てて、あいさつを返した。
「こんばんわ。ていうか、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「あ、そう言えば今年初めてでしたね。おめでとうございます。今年も色々とお世話になると思いますが」
「いいえ。そんな…私の方が色々とご迷惑かけ通しで…」
 ぺこぺこと交替で挨拶するそんな人形があったなぁなんてちらりとよぎりつつ、頭を下げあっていたのだが、いつまでもそうもいかないと私は尋ねた。
「で、何でしょう?」
「あ、そうでした。いや、ちょっと出かけてたのでこれ…お土産です」
「まぁ。わざわざすみません」
 そういうと有栖川さんは菓子折りを私に差し出した。
 どちらへと聞こうとした声を止めたのは記載されている文字に『別府旅情』とあったから。
「実は、賞味期間が迫ってるんで早めに食べて下さいね」
「いいえ、そんな…」
「すみません。こっちに戻ってすぐ持ってくれば良かったんですけど、ちょっと足止め食ってたもんで」
「足止め?」
「えぇ、京都で。真野さんもご存知の火村って奴のとこなんですけどね」
 きゃあ…有栖川さんの口から火村先生の名前を聞いちゃった! そう…ご存知の方はおわかりと思うけど、私真野早織の密かにして最大の愉しみは、この隣人とその恋人である英都大学所教授の火村先生の恋を観察する事なのだ。無論、二人はそんな事露ぞ気付いていないだろうけど、カナリアのりぃちゃんが収集してくれた情報を元に今はすっかり仲間となった同僚の高橋涼子・啓子先生姉妹と盛り上がってる時間が何より幸せだったりするのだ。
 そのご本人が今、甘い時間の一部を告白してくれているなんて!
(いや、本人にはそんなつもり無いんだろうけど)
 興奮をぐぐっと押さえて私はつとめて平静を装った。
「どうかなさったんですか?」
「旅行から帰った途端に熱出しましてね。あ、火村の方がですけどね」
 俺は元気ですよ、と付け加える有栖川さん…。ってことは火村先生の看病をしていたって事なわけよね…と私の頭の中はぐるぐると回転している。
「大変でしたね」
「まぁ、本人の行いが悪かったせいですから」
 って…何したの? 火村先生?
 脳細胞がぐつぐつと沸騰しそうな勢いで動いている。行き先は温泉…恋人同士が仲良く温泉行って帰ってから熱出してる…で、行いが悪いと有栖川さんが言うような行為をしたわけでしょ?
 それってつまり…外でしたって事?
 う、うわぁっっっ!
 一瞬止まった会話の間に有栖川さんが一歩退く。
 ち、ちょっと待った!
「もういいんですか?」
「え、あ、火村ですか? えぇ、すっかりぴんぴんして、直った途端に元気を持て余してましたから、お陰で俺が戻るのが遅くなったわけで…」
 ごにょごにょと語尾を濁らした有栖川さんの頬に何故かぱぁっと紅が広がる。
「…よ、よかったですね…」
 つられるように多分私の頬も染まってる。
 だって…元気を持て余したあの火村先生が有栖川さんを離さなかったって事は…情熱を山ほど注ぎこんだって事でしょ? ぞくってするくらいの声で『アリス』って囁きながら、有栖川さんのイイ処を暴いて行ったって事でしょ? 有栖川さんが帰れない位二人が燃えたって言うのよ…凄い濃厚な時間だったに決まってる…。
 いやーん、素敵すぎ!
「…あの、真野さん? そろそろ失礼しますね」
 どうやら私は妄想の(でも、恐らくは真実だ!)の世界に浸っていたらしい。
「あ…はい。お大事に!」と慌ててかけた声に「だから、俺は元気ですって…」と笑みを残して有栖川さんは隣の部屋に消えて行く。
 その姿を見届けた瞬間、私は携帯から発信していた。
「もしもし! 啓子先生! あのね、有栖川さんが今来てて、凄いの! 新年早々すごいのよぉ!」なんて雄叫びを上げながら。
 いやぁ、やっぱりこの部屋はオイシイ!

 

『真野早織のカナリアレポート』と『infinity』って本からの流れで書いた裏話でした。