『eternity』  火有宮子/作

「…ぅ…ぅ……ん…」
 カーテンの隙間から差し込む朝の光が瞼の裏を赤く染める。
 覚醒から逃れようとする意識を、それは否応無しに包み込んで…有栖はうすぼんやりと目を覚ました。
 だが、昨晩愛され過ぎた躯はまだ眠りを求めていて。
 有栖は眼を閉じたまま傍らのぬくもりに身を寄せようと躯をモゾモゾと蠢かせた。
『………?』
 無い。
 ある筈のぬくもりが…無い。
 昨日の晩、躯を蕩けさせるまで愛し合い、悦楽の昂みまで上り詰めたのは願望が見せた夢…?
 否、全身を覆う甘さを伴う鈍い痛みが夢などでないと告げている。
 けれど這うように探った掌に伝わるのは、さらさらと波打つシーツの綿の感触だけ…。
 有栖は何度か大きく手を動かし、やはりそこに何も無いことを知るとハッと目を開いて大きく半身を起こした。
「………っ!」

「何驚いてるんだよ…」

 目を丸くした有栖の目の前で、さも可笑しそうに口の端をヒクつかせているのは…。
「火村…っ」
「おはよう…、随分といきなりなお目覚めだな」
 これは、これは、これは……!
 有栖の肩がプルプルと震え、ギュッと締まった唇がへの字に曲がる。
『絶対、わざとやっっ!』
 何しろ、未だ腹立たしい含み笑いを続けている火村の躯は立てた腕に頭を載せて、横向きに寝そべっているのだ。
 それも、有栖の手が届かないようにベットの端ぎりぎりに。
「意地悪っ!!!」
 きっと有栖が自分を探して手を彷徨わせているのを、火村はそのニヤついた笑みを浮かべて楽しんでいたに違いない。
 どんな気持ちで探していたかも知らないで!
 有栖は枕を手に取ると、それを頭の上まで持ち上げ火村に向かって勢いよく振り下ろした。
「うわっ、こ、こら…っ、止めろアリス…ッ」
「火村のアホッ、アホッ、アホ…ッ!!」
 怒り心頭な有栖は手加減などない。
 柔らかい枕も思いっきり叩き付けられれば立派な凶器だ。
 火村は腕で何とか防御するが、止まることのない猛襲に堪らず声を上げた。
「ご、ごめんっ! 悪かった、もうしないよ…っ」
 その瞬間、僅かに緩んだ枕の攻撃を両手で受け止め、火村は枕ごと有栖の躯を抱き寄せる。
 そして、その時初めて気付いた。
「アリス……」
 辛そうに歪んだその瞳から幾筋もの涙が溢れていることを…。
「そんなに嫌だったのか…」
 ほんの少し揶揄うだけのつもりだったのに…その余りに悲しげな顔を見て火村は激しく
後悔した。
「君は知らんのや…」
 有栖が次から次へと溢れ出る涙を拭いもせず、小さくポツリと呟く。
「人間は笑いかけた次の瞬間にそいつのことなんか忘れ去って、永遠に手の届かない遠くへ行くことかて平気で出来るんや……」
「そんなこと……」
 『ない』と続けようとした火村の言葉を有栖の鋭い声が遮る。
「あるっ! あるんや! 俺は知ってる…。あの女は…俺からラブレター受け取って『ありがとう』って笑って…その夜、死のうとした…。君かて…君かていつか俺を捨てて何処か行ってまうんやろ…っ!」
「俺はそんな女と違う! お前を捨てて何処かへ行ったりしない!」
「嘘や…っ! 俺なんて、その程度の価値しか無いんやもん…っ」
「アリスッ!」
 切な過ぎる咆哮に、火村の腕が有栖の痩身を折らんばかりに抱き締めた。
「そんなこと言うな。頼むから、自分を蔑むようなことを言わないでくれ…。お前の価値は誰よりも俺が認めているから。ずっと一緒にいる…お前を捨てて何処かへ行くようなことは絶対しない」
「ひ…むら……ぁ」
 有栖が火村の広い背中にギュッと縋りついて、涙に濡れる顔をそっと肩口に埋めた。
「お前が離れたいって言わない限り、何処にも行かない…」
「そんなん言わんもん…」
 背に回した手に更に力を込め、有栖はイヤイヤと首を振る。
「それならずっと一緒だ」
「ずっと…一緒…?」
 それでもまだ不安そうにおずおずと顔を上げた有栖に、火村は優しいけれど強く揺るぎない意思を宿らせた瞳で見つめ返した。
「ああ…ずっと一緒だ…」
 ただの言葉だけなのに。
 言葉なんて、次の瞬間には消え去ってしまうものなのに。
 それでも、有栖は信じられた。
 紙の上の制約よりも何よりも、最も信じられる真実の言葉。
「好き…、大好き火村……っ」
 有栖は互いが溶け合ってしまえばいいと思うほどに固く火村の躯に抱きついた。
 そんな有栖を火村はそれ以上の力で抱き竦める。
「俺も好きだよ…今までも、これからも……」
「もっと…もっと言うて……」
「好きだ…。誰よりも…アリスを愛してる」
「火村、火村、火村……っ」
 二つの唇が吐息を辿るように自然と近付き、静かに熱く重なり合う。
 そして、触れ合う唇はそのままで二人の躯はゆっくりとベットへ倒れ込んだ。
「アリス…」
 火村が濡れた舌で有栖の耳朶を悪戯に嘗め擦る。
「…はぅんん…っ」
 途端に腰の下から突き上げるような快感が躯を貫き、有栖は弓なりに背を反らした。
「その女とはそれきりなんだろうな……」
「んぁ…な…に……?」
 有栖は濡れた唇から熱い吐息を一つ零して、欲情の色を見せ始めた艶やかな瞳で火村を見上げる。
「ラブレターの女だよ…付き合ったりしたのか…?」
「そんなんない…。本当にそれきりやったもん…」
 しかし、火村はもっと何かを求めるように有栖を見つめ続ける。
「ふふ…今度は火村の方が心配やさんになってもうたんか。そんなこと、全然気にせんでええのに……」
 有栖はフワッと目を細めると、グッと火村の首を引き寄せ、小さく耳元で囁いた。
「俺の唇も、躯も……知ってるのは君だけなんやから」
「アリス…ッ」
「ひむら…ぁ……」
 その後ベットから聞こえてきたのは、永遠に続くかのような甘い音色と衣擦れの音……。





いやん、甘いですーー!!いいなぁ、永遠に続く衣擦れの音…あぁぁぁ、みたい!(す、すみません。取り乱しました)火有さんありがとう!
タイトルに負けないように、このHPがずっと続くよう精進いたしますです!長い目で見守ってやってくださいまし。本当にありがとうございましたー!!