ジージージージー。鳴き続けるセミの声。
「暦の上ではもう秋ですがまだ残暑は厳しいようです」
 ブラウン管の向こうから告げられて、思わずぶちっと電源を切ってしまう。投げ出したリモコンの隣にはクーラーのリモコンが見える。
 しかし朝っぱらから入れる気にはならない。
「仕方ない…動くか」
 溜息とともに寝返りを打つと足元にうずくまっていた猫たちがばたばたと散っていく。
「…なんだお前たち。元気だなぁ」
 ぼりぼりと髪をかくと…頭まで汗をかいている…べたべただ。目覚ましにシャワーでも浴びようかと起き上がろうとして、奇妙な感覚に再び布団に倒れこんだ。
「うーーー‥」
 くらっと来た。軽いめまいってやつだ。この所、頻繁にくる。まずいなぁとは思いつつ、暑すぎて何をするのも億劫で。といってクーラーの中に居るとどうにも身体が怠くて。夜、部屋に戻って何も作る気になれないで‥そう言えば昨日は一日家にいたけど、これといって食べた憶えがない。
「‥ビールは飲んだなぁ‥」
 そんなものが栄養であろうはずもなく。
「「「「あぁ、もう、起きるのも面倒くさい。
    どうせ今日も休みだ、眠ってよう「「「
 つまりこれは夏ばてって奴なんだろう。暑さよりもだるさに負けてまたしても火村は眠ってしまった。

 時計は正午になろうかという時間。
 もう半時間近く、火村の寝顔をアリスは見続けていた。
あれこれと忙しくて半月ぶりになる生・火村だ。ちょっと疲れた感じもするなぁ…なんて思いつつ、見ていて飽きない。今週は家にいると聞いていたので、そろそろ暇を持て余しているのではと仕事(缶詰ともいう)を終えた足で訪ねて来たら、案の定、カーテンも開けずに寝ている火村が居たのだ。その眠りを邪魔しに突進してきた小さな影を掬いあげる。
 ミャァァ‥抗議の声に顔を寄せ。
「しーーっ、モモちゃん。寝かしといたり。どうせ起きてもする事ないんやろうしな。‥いいなぁ‥夏休みって。って言ってもモモちゃんも毎日お休みやなぁ‥」
「‥‥‥よく言う‥お前もだろうが‥センセイ」
 ぼそぼそっと声がした。
「あ、起きた?」
「ん…なんとかな。悪い、アリス…そいつらに何か食わせてやってくれ」
「え? もしかして朝から何も食べてへんの?」
「あぁ。悪いけど…頼む。ばあちゃんも昨日から出掛けてるんだ」
 実の所、時折覚醒しては気が付いていた。まとわりつくネコ達の催促。でも、俺が食いたくないんだからお前たちも騒ぐなーーってなもんで無視を決め込んだ。
「そりゃ大変や、可哀相に。おいでモモちゃん。なんか作ったるわ」 
 その声を聞き付けたかのように足音が増える。なんて奴らだと呆れつつ火村はまた浅い眠りに落ちた。

 次の目覚めは短かったはずだ。ゆさゆさとアリスに起こされたから。
「……火村ってば。君も食べてへんのやろ。ほら、パン焼いたで。コーヒーももう飲めるし。食べよう」 
「……いらねぇ」
「あかんって、いつも俺がそう言うたら無茶怒るくせにー、
ほら、起きて!」
「うーーいらねぇって…」
 こんな火村は珍しい。何年か前に一度、完璧な夏バテ余程をして以来。あの時は…ひどかった。まぁ、両親を亡くした後だったから仕方ない情況だったけど。
「どないしたん? 何かあったんか?」
「ないけど…。わかんねぇ、もう俺、ナメクジになっちまってるからさ」
 火村が夏バテを起こすのは精神的に参った時だけだと思っていたのだが、今回はどうやらマジに暑さにやられてるらしい。確かに京都は暑かった。どうしようもなく暑かった。それは認めるけれど。こりゃ、かなりひどい。
言うことまで支離滅裂だ。
「ナメクジ??」
「そ、布団にべったり…起きるのも面倒…何もいらねー」
 おやおや…。超重症…。
「ほんまにいらんの?」
 覗き込んで確認するが『あぁ』と頷くだけ。
「ふぅ…そしたら俺も帰る」
 肩を落としてアリスは告げる。
「何で?」
「だって、何もいらんのやったら俺もいらんやん」
「馬鹿、それとこれとは別だ!」
「うわっ!」
 さっきまでの火村からは想像がつかないほどの強い力に引き寄せられて火村に覆いかぶさってしまう。
「こら、何すんねん! 夏ばて野郎ーが!!」
 じたばたじたばた。そんなアリスを易々と封じ込め体勢を入れ替える。
「アリスは要る!」
「はぁ? 何をだだっこみたいに!」
「アリスは要るんだって。…栄養補給させてくれっ」
「あほっ! だから飯食えってば!」
「いや、お前がいい!」
「あかん、食わな俺も食べさせへん!」
 ぱたり。動きが止まった。
 ん? 何だ?
「わかった。食やいいんだな。何でも食べてやる!」
 むくっと起き上がった火村はトーストにかぶりつく。
「な。なんや…やっぱり元気やんか」
 つられて起き上がったアリスを振り向いて、火村はにやりと笑った。
「…そりゃ、アリスが食えるなら…」
「えっ? あっ…あーー」
 火村の言葉に、ようやく自分が何を口走ったかを思い出して、アリスは慌てふためいた。
「いや、でも…火村、ナメクジなんやろ。そんな急に無理したら…」
「大丈夫。お前の栄養もたーっぷり貰うから!」

 そんな二人を覗き見ながら『もしかして、火村先生の夏バテはアリス不足だったのでは…』と三匹のネコ達が騒いでいた事なんて、既に二人の眼中には入っていなかっ
た。
さるお方に何かリクエストある?と聞いたときに、夏ばての火村と言われたので書いてみました。
でも、結局は「アリス欠乏症」なだけだったみたいだけど。