夏の風物詩

「どうしてこんなとこに来たがるかねぇ」
「いいやん。夏の風物詩やんか」
「暑苦しい」
「なら、ついてこんでいいのに…」
ちょっと口を尖らせるアリスに、火村は小さく首をすくめた。

一人でなんて行かせられない。
アリスにしても、一人で行く来などさらさらないだろう。
なんせ今は蜜月状態なわけだから。

恋人同士になって初めてのあれこれを重ねていっている段階。
初めての文化祭に始まり、初めてのクリスマスに始まり、初めての正月、初めてのバレンタイン、誕生日、そして出会いの記念日を超えて、初めての夏休みを迎えている。
 正確には夏休みは二度目だ。
 でも、去年は途中で、こういう関係になったから、最初からということでは、やはり初めての夏休みだった。

「この夏は出来るだけ一緒に過ごしたい」
 休み前に、アリスにそう告げられた時は、まさに天にも昇る気持ちになった。
 もちろん、火村に異論があるわけない。
早速、タウン情報誌を片手にあれこれとプランを立てた。
今日の予定は『花火大会』。
最初、人ごみが苦手らしい火村は反対していたが、結局はアリスの希望通りになった。
初詣の時は、計画倒れになってしまったから、今度こそ一緒に行くんだとアリスは固い決意をしていたのだ。
あの時は、結局、初詣どころか、まるまる寝正月になってしまったから。
体力の限りを使い果たして、そうせざるをえなかったと言う意味での寝正月だ。
思い出すと、顔が赤くなってくる。
やばっ…思ったが、火村は気づかなかったようだ。
この暑さもたまには役に立つ。
ぱたぱたと内輪で扇ぎながら、アリスは懸命に熱を冷まそうとする。
「うー。暑い〜」なんて、ちょっとごまかしつつ。

「だから、もう少し日が沈んでからにしようって言ったのに」
「そんなんしたら、もっと凄い人になってるって。今でもこんなやのに」
河川敷には、既にたくさんの人が集まっていたし、あちこちに場所取り用のシートが敷かれていた。
 
 土手の中腹辺りで、火村は立ち止まる。 
「この辺でいいか?」
「うん。OK」
 では、と火村が広げたのは小さめのビニールシート。
 何だかとても可愛い絵は、ドーナツ屋の全プレ商品だとすぐにわかる。
 ポイントを貯めると貰える類のものだろう。
 最初見た時には、一人暮らしの火村がこれを貰うのにどれだけのドーナツを食べたのかと驚いたのだが。
 聞いてみると、バザーで買ったものだった。通りかかった建物の前で養護施設の主催するバザーに出くわして、いくつか買った中のひとつなのだそうだ。
『そういや、これもバザーで買ったんだぞ』と、手元にあったシーツを摘み上げた。
 その光景を思い出して、またまたアリスは赤くなった。即ちこれまた布団に居る時に聞いた話ってことになる。

「うーん、久しぶりや、こういうの」
 シートに腰を下ろして、アリスは大きく伸びをした。
「前にも来たのか?」
「ここは初めてやで。前は…うーんと受験より前やから、三年前かな」
「その時は彼女と来たのか?」
「おらへんって、そんなん。知ってるやろ」
 もう何度もそう言っているのに、火村はどうも信じていない節がある。
「友達らと来たんや」
「本当に?」
「もう。いい加減にしいや。怒るで」
 ふいと横を向き、唇を尖らせる。
 その表情が、何とも可愛くて、ついからかいたくなってしまう。
「彼女居ない暦、20年って言うてるやん。悔しいけど…。こんな二人きりで何かするのって…火村とだけやもん」
「……ごめん。悪かった。でも」
 耳元を手で覆い、そっと囁く。
『アリスの色んな初めてが、全部、俺で嬉しい』
 その内容もだが、耳をくすぐるような感触に震えが走る。
「やっ、やめろって」
 思わず、周囲を見回した。
「誰も見てないって、こんなところに来るのは、親子づれか、恋人同士だろうから、自分たちで手一杯で、人の事なんかみてないさ」
 確かに、今のところ周りにはカップルが多く、皆、寄り添って花火を待っているといった感じである。
「…だとしても、や。ここなんて、誰に出くわすかわからんねんし…」
「何か困るのか?」
 そりゃ色々と困るだろうとは思うものの、何故か火村と目があってしまうと、そう言えなくなる。
 堂々としていて、二人で居る事は当然だと自信に満ちている。
「困…らへんけど…」
「なら、問題ないよ」
 あっさりと頷かれてしまう。
 火村の落ち着きが羨ましい。どうして自分はこんなにあたふたしてしまうのやら。
 普通、男同士でいても別に支障などないのだから。
 意識するから駄目なんだ。
「…そうやな…。でもさ、触るんはなし、な」
「えっ、どうして?」
「そんなん、普通せえへんやん」
「まぁ、そうだな。でも…」
「でも?」
 にっと笑う火村に、キケンを感じる。
 案の定。
『暗くなってからならいいだろ?』
 さっきと同様、耳元に爆弾発言をくらって、くらくらしてしまう。
「…い……」
 や、と続けたかった言葉を飲み込んだのは、火村と目があったから。
 まっすぐな。
 真剣な眼差しが、ただ自分を見ている。
 あぁ、そうやった。この男に俺は惚れたんや…。
 そんなことを改めて思い起こしてしまう。
 好きだから、傍にいたい。
 それはどちらも同じ。
 いや、同じだけの想いを与えてもらえている幸福にあぐらをかいてちゃいけない。
 火村は伝えようとしてくれている。いつも、いつも。
 時に触れ…。
 ならば、俺も伝えたい。
 何にも脅えることなく、この想いをしっかりと。
「どうした? やっぱりイヤか?」
 黙ってしまったアリスから目を逸らすことなく、火村は尋ねる。
「…やじゃないよ。…いいよ…全然いい…。だって、せっかく一緒なんやもん」
 懸命に伝えるアリスに、火村は優しく「ありがとう」と微笑んだ。
久々に新作です。…実は夏コミ原稿に書きかけてたんだけど、他の話が長くなったのでこちらを断念しまして。ペーパー話にしようかとも考えましたが、そうすると今度は長すぎる……ということで、せっかくなのでサイトに載せてみました。
花火があがってからの二人がどうなるか…そこも見たいんだけど…でも、またそれを書いてると夏が過ぎてからupなんてことになりかねないので、取り合えずはここまででgo!です。   2005.8.2.