【9090くれくれ、と書いて「おねだり」と読む(爆)】
カチカチカチカチ…
時間と睨めっこをするのも、いい加減飽きてきた。
「なーーにが、7時には余裕やねん…」
溜息の元は、もちろん件の助教授。
このところ何だか運が悪くて、約束の度に用事が長引いたりで流れてしまう。
『対して変わらない…』と火村は言うけれど、助教授職について慣れない事も多いのだろう。なんだかんだと、忙しそうだ。
それなら、こちらから出向けばいいようなもんだけど、この間の事がある。
(だから、あかんって言うたのに…あんなとこで…)
思い出しても顔から火が出る。火村の下宿の玄関で、よりによってあんなディープなキスを目撃されては言い逃れも出来やしない。あいさつもそこそこに逃げ
出した。
うまいこと言っとくから…と火村に宥められ、大丈夫だと連絡をもらってもなんとなく…ばあちゃんと逢うのは気恥ずかしい。
そんなこんなで十日余り…。
火村も気遣って、連絡はまめにくれるのだが、なかなか本体とは出会えないまま…。
『今日は大丈夫。絶対に、行くから…』
わざわざの電話が入ったのは夕方の事だ。
『そんなこといって、ドタキャンなんてなったらがっかりするから、言わんとき…』と、念押ししたのに。
『本当に大丈夫だって。会議の日でもないし、提出を急ぐものもないから。事件だったらそっち寄って、お前を拾って一緒に動きゃいいだろ?』
あれだけ自信満々に言ってくれるものだから…『遅刻したらペナルティ!』と言うとあっさりと了承された。
『いいよ、何がお望みで』
『うーーん。考えとく。俺の欲しいものなんかくれ!』
『はいはい。まぁ、無駄になるだろうけど、頑張って考えてくれ。じゃあな』
そんな調子で切れて以来トイレに行くときさえ、子機を持ち歩いてるが一向に電話もならない。
「ったく…もう半時間も過ぎてるんやぞー。連絡くらい入れろや、あほっ!」
またまた、溜息が出る。
怒りの、いや、半分以上は心配の…溜息の山をどれくらい重ねた事だろう。
ガチャガチャっと玄関が開く音がして。
「よう、久しぶり!」
何食わぬ顔で火村が入ってくる。
「遅いわ」
ほっとしてるくせに出てきた言葉はそっけない。
「ごめんごめん…。ちょっと高速が混んでて…電車でくりゃよかったな」
口では謝りながらも反省の色なんてこれっぽっちもない。涼しい顔で上着を脱いでいる姿にむっとして、アリスの不機嫌度はますますアップする。
「金曜日の夕方や。混むことなんてわかってるやんか…」
「違うよ、事故だぜ。トラックの横転とかで、ニュースでやってなかったか?」
「知らん! そんなん見てへん! ほんまかどうかも疑わしいもんやな…」
「本当だって…もう機嫌直せよ。ほらこれ、ばあちゃんから…ちらし寿司。土産に持ってけってさ」
言われて渡されたタッパーを、つい『ありがとう』と受け取った後、なんだか余計に腹がたってきた。
食物を見せれば機嫌が取れるとでも思っているんだろうか。
「とにかく…どんな言い訳してもあかんからな。ちゃんと約束は守ってもらうから」
「約束?」
「遅刻のペナルティ! 何かくれる約束やろ。俺の欲しいもん」
「あぁ、そうだったな。約束ね」
言葉と同時に抱き締められた。
「ちょっ…ひむらっ…ななな…なにすんねん?!」
腕の中、慌ててもがくアリスに。
「何言ってんだ。お前の欲しいものだろ」
くすくすと笑いを含みながら、火村は当たり前とばかりに告げる。
「へっ?」
「俺に決まってるだろ…お前が一番欲しいものなんて…違うか?」
そんな言葉を耳元に、尾底骨直撃のバリトンで囁かれ…。
「なに……あほっ…。え…だっ…」
ダメの言葉も唇でふさがれて…。
「…ん………はっ……ぁ…ちが……」
息継ぎの間に告げようとした言葉も全て巧みな舌に絡め取られてしまって。
気が付けば…。
ソファの上。
噛み締めた唇から。漏れてくる声は、艶っぽい。
「…ゃぁん…っ…ひむ………ん…っ……」
はだけた上着と緩められたベルト…。
隙間から差し込まれた指に窮屈な己を煽られて…切なく零れる甘い吐息…。
「‥ぁっ‥…ん……それっ…」
胸をやんわりと噛まれて、ぞくりと震えが走る。
「いっ‥‥やぁあん!…‥」
一際高い声があがった時に、火村の動きが止まる。
「え?」
1秒…2秒…3秒…
「ひむら?」
すっと遠ざかった温かみが戻って来ないことに焦れて、アリスはその目を開けた。
とろんとしたその瞳がどれだけの媚を含んでいるか…。
おそらく当の本人は気付くことはない。
その顔を知ることが出来るのは、後にも先にも自分だけ…と、内心火村はほくそ笑む。
「…なん…で…?」
「…そういえば、返事を聞いてなかったよな」
ほとんど乱れのないままの火村の囁きが、アリスには理解出来ない。
「へんじ?」
「お前の欲しいものって…?」
優しく、この上もなく柔らかな笑みを浮かべて、そんな事を尋ねる。
「…‥な‥に言って‥」
「約束だもんな。違うなら止めないと‥」
そういって片袖だけひっかかってた上着を羽織らせる。
「えっ‥‥」
「何? 言わないとわからないよ。アリス‥」
もちろん、それは巧みな罠だとわかっているのだけれど。
「お前の一番欲しいものは?」
服を正すフリをした火村の指が、熟れかけの胸の粒に微かに触れる。
「‥はぁっ‥ん…」
それだけで、中途半端に昂められた身体が疼く。
「どうした?」
その確信犯の呟きに…ポロリと零れる涙…。
「答えを…アリス」
伝う涙に微かな指先が触れる。
「…あぁっ…ひむらっ……」
震えが…疼きが…。
「ん? 何?」
「ひむらがっ!」
陥落ってこういう事だとどこかで認識しているけれど。
覗き込んだ火村の首に両腕でしがみ付く、今…。
「欲しいっ!」
もう…どうでもいいっ。
「君を…くれやっ!」
欲望の侭に、自ら唇を押しつけ忍び込むアリスの舌。
「…んっ…………」
吐息の狭間に『了解』を伝えて、アリスのこの上なく情熱的なおねだりに、火村も熱い答えを埋めていった。
〜後はご想像どおり(笑)〜
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