Rainy Day−2 (承前) キスの狭間。 あっち…と指先で促され抱き上げた身体毎、もつれるように倒れこんだベッド。ここも数日、使われた形跡がなかった。 でも、ヒーターが効いているあたりは用意周到。 「なんだ、ほんとに準備万端だな」 「だから…逢いたかったんやって……ん…あっ…」 シャッツをたくし上げて這わせた指が探り当てたのは、アリスの小さな胸。 「待ってたんだ…ここも…こんなに硬くして…」 そっと掠めるように擦っていくと、面白いほど素直な反応が全身に広がる。 「ん…ん…待って…た…あっ…」 逢うのは三週間ぶりなら、こうして触れるののなんて一ヶ月ぶりぐらいだ。 何もかも知り尽くした身体だというのに初々しいその姿が愛しくて。指先で、掌で、そして唇で触れていく。 「…な…ぁ…ん…火…村……?」 潤んだ目が尋ねている。火村はどうなんだ、と。 「逢いたかったさ。当たり前だろ。…わかってるくせに」 微かな声に答えるまでもなく、触れ合った素肌で伝わるはず…と、割り込んだ身体をより密着させる。男同士故にダイレクトにわかる互いの昂ぶり。 「ぅ…ん……あつい…」 呟くアリスを抱き締めて触れ合う脚を更に強く絡ませると、同じ強さでしがみついていたアリスがぽろりと零した。 「よかった…」 「何が…?」 ついさっき同じ会話をしたような気がする。ちらりとそんな事を思いながら、少し力を緩めて身体を浮かして覗き込むと、アリスがうっすらと目を開けた。 「だって、俺だけやったら…恥ずかしいやん」 小さな声と共に全身に更に広がる朱。 そのあでやかさに、思わず火村は息を飲む。 「…火村?」 一瞬の沈黙に不安げな声を洩らしたアリスの額にそっとキスを落とす。 「…ばーか。俺の事…知ってるだろ。変態で性欲魔人だったっけ?」 ちょっとした喧嘩をすると、そんな言葉が飛んできたりする。 「…そんなん…憶えてんでいいのに」 「ま、事実だろうな。ちょっと触れただけでもうこんなに元気なんだから」 「一緒もやって…」 くすり、とはにかんだ笑顔を見せたアリスがふわりとそれに手をのばしてきた。 「…アリス…」 「…‥俺のも…‥」 「ん」 見つめ合った瞬間。 もう言葉はいらない。 探り合う身体は、本当にいつまでたっても褪めない熱を抱えたまま。もう何年たったんだろう。 でも、褪ます気はない。それどころか。二人でいると益々ヒートアップしていくようだ。 ただ愛しくて。想いを伝えるために出来ることはなんでもしたくて。 少しでも多く伝えあいたいからこそ、求める気持ちに切りはなくて「「「「「 もっと深く、 もっと熱く、 もっと奥へ。 「…ゃあっ…ん…そこ…っ…やめっ…」 やがて、内部に潜んだ指に煽られてアリスの背が撓る。 「止めないでだろ?」 言葉とは裏腹なアリスの動きを伝えながら、後に前に、煽る動きに絶え間なく漏れる切ない声。 「…ん…ひむっ…な…やっ…めて…も……それ…ちが…も…ぁぁん…」 とぎれとぎれに零れる喘ぎ。 それは何か意味のある言葉の断片だとわかっているけれど、止まれない。 アリスの中が解れるまで、丹念にまさぐり続ける。 「やぁ…んん…や」 ようやく動きを止めたのは、堪え切れずにじわりと滲み出たものに濡れたアリス自身に唇をよせた時。その埋めた髪を引っ張られたからだ。 「何?」 上目遣いにアリスを見つめる。 「も…焦らさんといて…。もう、あかん…」 「いいよ、いって…」 ちゅっと音を立ててうながすと、いやいやと緩慢に首が揺れる。 「あかんっ! ちゃうって…や、放して…んんっ…な…やだっ…」 それでも執拗に愛撫を続けると、アリスは懸命に身を捩って掴んだ火村の髪を更に強く引っぱった。 「いたっ! 何だよ」 苦情は耳に入らないらしい。 「一人はいややって…知ってるくせに…一緒にイッて!」 真っ赤な顔で言い切ると、アリスは両手でその顔を覆ってしまう。隙間からぽろりと零れる涙。 「ごめん。…苛めすぎた…」 その涙にそっと唇を寄せると頬からゆっくりと動かして。 「…いじわるっ…んん…んっ…」 抗議の声もしっとりと絡み合う口付けに飲み込んでいく。 「…あっ……やっ…」 名残を惜しむようにゆっくり引き抜く指を追うアリスの内壁。そんな正直で欲張りな処を満たせるただ一つのモノで入り口に触れる。 「大丈夫。ゆっくり…いくよ」 耳元の囁きにますます全身を熱くしながら、背中にしがみつくアリスの手に少し力がこもった。 そして。一瞬。 「うっ…」 ビクッ…と肌が騒めく。 例え、慣れた身体であっとしても狭さを通り過ぎるまでの苦痛は逃れられないらしい。火村には想像しがたいものだけにゆっくりとアリスが落ち着くのを待っていると。 「…も…平気…来て」 吐息に交じって小さな許可が聞こえた。 唯一の存在に刻印を刻む。その幸福観に火村は漂う。 火村にしか埋められない空間が充たされていく実感にアリスは酔いしれる。 重なる鼓動が一つになる。与えるものでも奪うものでもない。 溶け合うとはこういうことか…と全身でわかりあう。 そんな二人の空間に時間なんて存在しなくて。 どれだけの時間、貪り合っていたことか。 「…や、もうっ…んん…」 一際、艶やかな声と共にアリスは放たれる。 無論、一緒にと望んだ想いが叶った事をその身の奥底に受け止めながら。 ○●○●○ その艶やかな表情を思い浮べながら、漂う煙を追い掛ける。 一度目を終えて、服に手を伸ばしかけた火村に『まだ、足りない』とせがんだのはアリスの方で。『もっと埋めて』と、請われるままにもう一度。『あと一週間分も…』と望まれて、なお一度。 さすがに最後は、意識を手放したアリスだった。 外に出るほどの体力が戻っているとも思えないのに。 どこまで追ってくれたのだろう。 駅まで行ったのだろうか? こんな寒い。夜の雨の中。 ─── 早く、早く…帰ってこい。 この腕に。 静寂の中。 愛しい者を待ち焦がれる時間。 目をつむり、耳を澄ませば微かにいろんな音の断片。雨の音も聞こえている‥。また少し雨足も強くなったのかもしれない。 やがて。 エレベーターが着いた音がして。 とたとたとのんびりした足音が部屋の前に止まった。 ガチャリと開いたドアに、顔をあげると。 「え、なんで?」 驚いたアリスが目の前にたった。 「おかえり、ご苦労さん…」 「どうしたん?」 きょとん…と見つめ返したアリスの手元に視線をやって。 「それ借りに来たのさ…」 「…なんや、すれ違ったんか」 「あぁ、見事に」 「そうか、もうちょっと待ってたらよかったな。気付いてすぐに追いかけたんや。追いつくかと思ってんけど」 「悪かったな」 「いや、どうしたかなって思うより渡せてよかった。はい」 ぽたぽたと雫の落ちる傘を傘立てに、そして折畳みの傘を火村にと差し出したアリスの手をそっと握ると、氷のように冷たい。 「大丈夫か? こんなに冷えて‥え、アリス。お前もしかしてこの下ってパジャマだけとか?」 あまりに冷たい手元に目を落とすと見慣れたジャージのグリーンが覗いている。 「うん、そんな寒くないと思って」 なんて事を。 「ばか、真冬だぞ…。風邪ひくだろう」 ひんやりとした頬を包み込む掌に『あったかい』とほほえむアリスに、ふわり…とマフラーをかけた。 「あかん。火村が寒なるやんか。あったかくして帰らな…」 慌てて返そうとする動きを制して、コートの毎その身体を包みこむ。 「もう、間に合わないさ」 ため息を一つ。 「え、そんな時間? 地下鉄って結構遅くまであるねんで…」 「ここはあっても、京都まで戻れないだろ」 無論タクシーなり何なり、交通手段は無いわけじゃないけれど。 「あ、そうか…ほんまに朝一やったらあかんの?」 「間にあわねぇな。用意もあるし」 「そっか…」 どないしょう…と呟きながらも一分でも一秒でも傍に居られる事が嬉しくて、実のところ何も考えていないアリスだったのだが、火村の思考は稼動していたようだ。 「仕方ないな」 じゃらんと音がして、差し出されたのは下駄箱の上のキーケース。 「貸して、アリス」 「車? いいよ。そんなんお易い御用や。待ってて。免許取ってくる」 するりと腕を抜けようとしたアリスを引き止める。 「いや。車だけ貸してくれ。悪いけど」 「なんで?」 「だから…さっきも言ったろ。お前は休んどけって」 睡眠不足だとわかってての運転なんて絶対させれない。その上に、今だって身体に負担がかかっているのが丸わかりのその歩き方を見たら…。頼むから眠っててくれと言いたくなるのは恋人として当然の思い。 でも、戻ってきた答えはノー。 「…それやったら嫌。俺も一緒でないとあかん」 すっとそのキーを奪い取る手。 「だーかーら。事故ったら困るだろ、無理して運転して」 火村の言葉は確かに正論。でも、アリスは否定する。 「わかってる。だから、心配させることせえへんかったらいいんやろ」 「え?」 チャリチャリと鍵を揺らしながら、決然といってのけてくれる。 「運転は君。俺は助手席。それやったら問題ないやん。乗せてって。せめて朝まで一緒にいてたい」 「でも…お前、仕事…」 口を挟もうとした火村を制して、続く言葉。 「忘れてない、火村? 俺、もう、仕事いかへんねんで」 「そうだったな…」 なんとなく長年の習慣で、修羅場の後の一日だけどうしても無理だったら病欠をして、忙しい日常生活に戻るアリスを想像していた自分がいる。 「そう、とっても自由…。次の仕事は不明…なんてのもあかんねんけど、それが現実」と、困った様子で首をすくめて苦笑すると、すぐにまたアリスは真面目な顔に戻る。 「でも、後悔はしてへん。どうなっても…自分で決めた事やし、すっきりもしてるんや。仕事との狭間で悩んでた時のこと思えば、すごく楽や。さっき駅行ったら丁度同じ年くらいの人がくたびれた顔して降りてきてん。仕事帰りでさ、嫌なこと全部、お酒で紛らわしてるのがありありで…。見てたらなんかこっちがつらくなるくらいやった。あぁ、俺もあんな中にいてたんやなって、ふと思って。また、君の言葉、思い出してた」 「俺の?」 「そ、俺が仕事と原稿とでうじうじ悩んでた時、言ってくれたやろ。『お前の人生なんだから、やりたいように生きろよ』って、覚えてる?」 「あぁ、言ったな」 ハードワークだと思った。二足の草鞋を履くにはアリスはある意味真面目すぎて、見ていて痛々しくて。だから『どちらかを取った方がいいのかな』と溜め息を零す姿に、願いを込めてそう言った。 「その後の言葉も?」 覚えてるよ、と答えると、言ってと促された。 「…玉砕したらそれはその時だろう。万が一、悲惨な結果でもお前には絶対失わないものがあるじゃなぇか…俺がいる…」 一字一句たがわずというわけにはいかないが、そんな言葉を言った。勿論、今も全く変わらない思いだ。 「うん。そう言ってくれた。今日…原稿出した後、すごく不安やった。この後、どうなるんやろうって。いや、書いてる間もそうやってんけど。これが駄目やったら、どうなるんやろうって、ものすごくプレッシャー感じてた。でも…火村の顔みたら、全部吹っ飛んで…。確かめ合って、充たされて…。あぁ、俺には火村がいるって思った。何がなくても火村はなくさへんって」 ぎゅっとしがみついて来た身体を抱きしめる。 「アリス」 「今な。ほんまは傘を渡しにいったわけやないねん。火村の事追っていったんや。傘を口実に…そのままついてこうって思って」 「この格好でか?」 「だって、急いでてんもん。早よ行かな、電車乗ってまうって思って。君を帰した後ですごく後悔した。一緒に行ったらよかったって…。例え眠ってても火村の傍がいい」 「アリス…」 「火村は仕事やからついてったら邪魔かなって思ったから我慢するつもりやったけど。やっぱり一緒に居たい。いいやろ? 火村のところで寝てても」 「もちろん、大歓迎さ」 優しい火村の声にアリスは小さく笑う。 「よかった…」 「俺もよかったよ。すれ違って…。こんな格好でうろつかれちゃ、たまらねぇからな」 「そんな寒くなかったって…」 「違うよ。気付かなかったか? 見えてるって、こんな痕がさ…」 ふわり、と指が触れる先は首筋。 「ひゃっ…」 速効で小さな声があがるほど、そこはアリスのポイントの一つだったりするから。再びその痕に重ねるように唇を寄せる。 「あ…」 不意打ちに驚いて、よろめいたアリスを強く抱き止めた腕。 「こんなもん見せびらかして歩かれたら、俺が困る…」 そっと耳元に唇を這わせて呟くと、くすくすと笑い声がする。 「そしたら誰も見えんとこに閉じこめといたらいいやん」 「誘拐犯にでもなれって?」 「いいな、それ」 火村の掌に『早く、さらって』と落とされたキー。 「…キスの後でもいいかな?」 「以心伝心。俺もそう思ってた」 頬に滑らす唇にアリスのほほ笑みを感じながら、唇に近付く。 「あ…でも…」 「ん?」 「ホンマにキスだけ、な。火村までへろへろになったらそれこそ一大事やろ」 「確かに…。…でも」 「でも?」 「…夜明けまでなら、まだたっぷり時間があるって事さ…」 「何を言って…んっ」 抗議の言葉はやすやすと唇に飲み込まれる。 『暖めたい。芯まで冷えた身体を』 もう‥簡単に溶かされる意識の片隅で、アリスはそんな殺し文句を聞いた。 果たして─── 夕陽ガ丘から一台の車が出発したのは…一体何時だったのか。 少なくとも、目的地に到着した頃には、既に雨があがった空に朝の気配が近付いていた。 |
P・DOLLさんのご本『PROTECT LOVER』にゲストさせて頂いたお話でした。 雨の音と夜の静寂…そんなイメージの中に漂うような二人を描いて見たかったんだけど…難しいですね。 といいつつ、人様にお渡ししてしまう私って(爆)それもいつも一方ならぬお世話をかけている斉木亮君のご本だったと言うのに…。ますます精進せねばと思った記憶はあります。…でも、現実は………なのでした(笑) |