Relief


「どうしたん?」
 いつもなら、見てみぬふりをする光景。でも、今は知りたくて声をかける。
「…起こしたか?」
「いや、起きてた…」
 そんな火村を隣にして眠れるわけがない。いつだってそうだった。
「そうか…」
 沈黙。
 何故だろう。ものすごく不安になる。こんなに近くにいるのに果てしなく遠い気がして。
 つつっと指が伸ばすとタオルケット越しに触れた。
「…どうした?」
 今度は火村がそう聞いた。
 ふいに、おかしくなって笑いが込みあげてくる。

「何だよ」
 ぼそりと怪訝そうにたずねた後、ゆっくりと火村が寝返りを打った。
 暗闇の中でもわかる視線は決して笑ってはいない。
「何でもない」
 クスクス、尚も忍び笑いを続けながらアリスは否定する。
「嘘つけ…」
 ふわり。風が起こってあっけなく剥ぎ取られた布がパサリと静かにベッドサイドに落ちる。
 自分だって何一つ言わないくせに、自分からは全てを聞きだそうなんて虫がよすぎる話だと思わないのだろうか? このわがままな恋人は…。
「何でもないって」
 頬を滑る指を避けるようにそっぽを向く。
「…アリス…」
 追いかけてきた声が耳元に注がれる。
「いややって。疲れてるんやろ、休まな」
「俺はどうもないさ」
 がさごそと音を立てながら脚の間に絡まってくる火村の身体。
「あかんって」
 逃れようとしてよじった瞬間に触れてしまった互いのモノ。
「…嘘はダメだって言ったろ」
 疲れは放出してしまえばいい…そんな言葉と共に頬から首筋をやんわりとくすぐっていた唇が擦りよってくる。
「やっ…ひむっ…ん……」
 ブランデーの匂いがほんのりと口の中に広がる。 
 いつもと少し違う。火村らしくない、そんな薫り。
 それでも、やっぱり絡められた舌が知り尽くした動きで翻弄するから、アリスは説得もされていく。完璧にその舌先から…。
「やっ……んんん……ん」
 瞬間、身体が跳ね上がる。
 一方の指が弾く熱を貯めた胸の小さな蕾。
 男にこんなもの何の役に立つんだろうと思っていた常々の疑問が火村によって解決されてからもう何年になるだろう。
 少なくとも自分にはこうして感じるために必要だったのだ。
 火村の手でこうして弄られ、溶かされていく為に…。
「あっ…なぁ…止めようや」
 かろうじて保てている理性がどこか遠くで抵抗している。
 でも。
 それは嘘だって言うまでもない。身体が告げているから。
 火村はそんなこと百も承知で進めていく。
 いつものように慣れた仕草で辿っていく軌跡は自信に満ちていて、何の疑問もなくアリスを高めていくのだ。
さっきまでの影なんてもうどこにも感じる余地がない。
「ずるいっ」と動いた唇もきっと声にはならなかったはずだ。
 もう、どうでもいい。
 火村の思うままでいい。
 それが感じるってことで。
 それが自分を何よりも満たすことで。
 安心させることで…。
 幸福にしてくれる事で…。

 どこか遠くで、ぬめった音がする。
 ぐちゅぐちゅと…かき乱されているのは火村しか知らない処にその指が入り込んだせい。
 さっきまでしゃぶっていたあの長い指が今は別の場所を丹念に探っているのだ。
 変幻自在に、緩やかだったり、こねくり回したりしながら。
 奥へ奥へと的確な愛撫を施しながら。
「あ…やっ……ん……んん……」
 ぐいっと曲げた指が広げていく場所。でも、その全てを逃すまいとするかのように収縮している。
「…アリス…」
 かすれた声に呼ばれて、うっすらと目を開ける。
 汗ばんだ火村の顔が艶っぽく笑っている。
「…もっと…感じてろ」
「そんなん…無理やっ」と告げようとした言葉を飲み込むかのように襲ってきた口付け。
「…!」
 圧迫感が強まったのはそこを思い切り広げた指の間から火村のもっと長いモノが侵略してきたせい。
「ぁぅ……」
 唇の隙間からこぼれ出た苦痛。
 それでも…止まらないモノをこの身体はやすやすと飲み込んでいくのだ。
 知っているから。その行き着く先を。
「ごめん…まだ、きつかったか?」
 なだめるように優しくなったキス。
 そしてショックでなえていたモノを再び導く指。
 優し過ぎるその動きに揺られながら、ふと思う。
 どうしてそんなことを知っているんだろう…?
 答えは簡単。
 憶えてしまったからだ。
 火村と作り出す、火村とだけ紡げるこの切ない快感を。自分を手放す快楽を。
 だからこそ、言葉とは裏腹にもっと先へと正直な身体は告げてしまう。
 もっと奥へと。もっと暴けと強欲に誘い込んで…。
「いいよ…淫らで…」
「…ぁ…やっ…あぁっ…」
 互いの汗で湿った身体がぶつかるように触れる度にあやしい音が鳴る。
「アリス…」  
 掠れた声に呼ばれ続けて、全身が答えたいと震える。  
「ひむっ…んぅ……んんんんーー」
 ドクッドクっと音を立てて快感が迸る。
 己とそして呼応したように雪崩れ込む火村の熱。
「あぁ…」
崩れるように意識を手放しながら、アリスはこの上なく穏かな微笑みを浮かべた。
だって、それは同時に火村に安らぎの時間が訪れた証拠だから…。
  





ペーパー裏話としては、結構濃いかな。裏指定、話ですよね(笑)
でも、大人な恋人同士としては言葉でなく身体で確かめ合う時間もあっていいのでは…と思います。
恋人暦も長いひむありなればこそ…ね。