流れ星の夜 | |
見事な彗星ショーだったとキャスターが絶賛している。 「ちぇっ。やっぱり起きてたらよかったな…」 テレビの前でアリスは舌を打った。 おととしだったか、しし座流星群で大騒ぎしたけれど結局肩透かしを食らったりしたので今回はあまり期待していなかったのだ。だから、火村と約束もしなかった。ま、約束なんて出来る状況じゃなかったし、していたとしても昨日はなんとなく熱っぽかったから多分一緒に居たらベッドから出してもらえなかっただろうと思う。いつもと違う意味で。ああ見えて心配性な恋人だから。 「…火村は見たんかなぁ」 実は今、これまたいつもと違って、火村が原稿に追われていたりする。何とかっていうアメリカの専門誌に載せる論文なのだそうだ。結構権威のある雑誌らしくて、そこに名を連ねる事は研究者として認められている証明でもあるらしい。…なんて、火村本人は何も言ってくれなかったけど、たまたま学食で一緒になったウルフ先生が興奮して話してくれていた。 それが一ヶ月ほど前の事だ。あれから一度も京都を訪ねてはいない。火村も一度大阪府警への用事のついでに来て泊まっていったぐらいで。…その時もアリスの話も素通りで原稿を走り書きしていたぐらいだから余程気合が入っているのだと理解した。 だから。この一月ほど、自分からは何も連絡をしなかった。 人にはそれぞれのペースがあって、自分が乗ってる時ってのは何にも邪魔されたくないはずなのだ。例えそれがとっても大切な人からであっても。 丁度いいタイミングで連絡すればそれは物凄くパワーになるけど、例え激励でも場合によっては有難迷惑って時だってある。 そういう気持ちがわからないわけではないから。いや、寧ろ嫌と言うほどわかるから、この一月余り声を聞きたくても我慢していた。火村から電話が合った時だけ、寂しい気持ちも押し殺して明るい声で話をした。その事を火村が気づいているかどうかはわからないけれど。 『……も見れるらしいですね』 『えぇ、今晩もやはり夜中3時頃に…』 ぼーっとしてた耳にそんな声が届く。 「…そうなんや。…今晩か…」 がらがらとベランダに出て見る。冷たい空気の中、星が煌いている。こんな都会の空にも北斗七星がはっはりわかる晴天の空だ。といっても、他の星はよくわからない。これだけ星が見えたらもっと色々な星座も出ているだろうに…。 「…火村やったら、いろいろ教えてくれるのになぁ…」 天文学者に憧れた事もあるらしいから。 「…ふう…寒―い」 ぞくっとしたのは冷えて来たせいだろう。慌てて部屋に戻りコタツに潜り込んでいると程なく身体は温まってくる。でも、何だか寒い。 心が…寒い。 「…火村…」 呟きと涙とが一緒に零れ落ちる。 「…会いたい…」 そう思うと居てもたってもいられない。 ジャケットと車のキーを持ってアリスは走り出していた。 ××× 久しぶりの北白川。 火村の下宿が見えるところまで来てアリスは車を停めた。でも、予想に反して火村の部屋に明かりは点っていなかった。まだ起きていると思っていたのに…。 「…もう寝たんかな…」 鍵は持っている、火村の部屋の。でも、この時間だとばあちゃんはもう確実に眠っているだろうから母屋自体が開いていない。 「空振りかぁ…」 溜息が溢れる。でも、今更帰る気もしない。だって、ここに居れば明日は会える。朝一番に火村と出会える! おはようの一言でもいいから声が聞きたい。電話越しじゃない、火村の肉声が。 「しゃあないな…ここで待ってようかな。空でも見ながら」 ガラスの向こうの遠い空には夕陽丘と変わらぬ星が輝いている。いや、もしかするとこっちの方が多いかもしれない。それだけ町に灯りが少ないのだろう。 「あ!」 視界の中を白く流れる星。 「…うわぁ…ほんまや。あそこも、動いてる!」 一つ、二つ、キラキラと空から零れ落ちてくる輝きはあっと言う間だったけど。 「一緒に見たいなぁ…」 アリスは切なく願った。 その瞬間。 ノックの音がした。 「え?」 運転席を覗き込むその姿は、今願った相手。でも、火村の部屋は相変わらず暗いのに。幻でも見てるんだろうか? 疑うアリスの耳にもう一度ノックの音がする。 慌ててドアを開けながら「どうして?」とアリスは尋ねる。 「それは俺が聞きたいよ。どうしてここに居るんだ?」 それは紛れもない火村の声で。 「アリス? …おい、アリス、泣くなよ」 そっと頬に触れる指は少し冷たいけど、確かに火村の指で。 「会いたかったから…。火村に…会いたかったから…」 少しタイミングのずれた返事は火村の胸でくぐもっていく。 「俺もだ。何だか眠れなくてずっと、アリスに会いたいなぁって思ってた。で、何気なく窓の外見たらさ…流れ星が落ちていく先に車が見えたから、すっとんで来た」 「同じ事願ったんやな…俺達」 「あぁ。そうだな」 「だから、叶えてくれたんやな」 「そうだな」 流れ星に願い事、そんなロマンティックな事を夢見る年でもないけれど、今は信じてもいいような気がする。 「…でも、俺、他にも願ったぜ」 「え?」 「…会いたい、触れたい…抱きたいって…アリスは?」 言葉と同時に重なって来た唇は応えも飲み込んでしまう。 「俺…もっ…」 願った。…火村と…一つになりたいと…。 アリスがその告白をちゃんと出来たのは火村の部屋でたっぷりと互いの願いを叶え合った後だった。
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