カラダとココロの曖昧な関係 /しほりさま シャワーを浴びた後の少し火照った身体を持て余し気味に、くすくすとじゃれあいながら乾いたシーツの間に滑り込む。身体を抱き込む腕の強さと、耳殻に直接吹き込まれる吐息の艶めかしさに、隠しようもない本能の炎の熱さを感じて、更にその炎を煽り立てるかのように、自分を抱き込む背中に軽く爪を立てた。と、同時に耳朶を軽く唇に含まれる。 「んん…」 思わずアリスの唇から甘い吐息が漏れるのは当然のこと。 誰だって、それこそオカタイ職業の助教授サマでも、身の内に湧き起こる不埒な欲望に素直に従えば、予想可能で不可能な、素敵な世界が待っている。 その甘い声に気を良くしたのか、欲望に忠実な彼のコイビトは喉の奥で気分良くくすりと笑うと、耳朶を弄ぶ舌先に力を込めた。柔らかく耳朶に歯を立て、空いた彼の右手は肩から肩甲骨を滑り落ち、柔らかな二の腕を通って指先同士を絡め合う。 指先からじんと幸せな気持ちが、アリスと、そのコイビトの身体をゆっくりと侵食していくようだ。それだけで暖かい、それでいて触れれば火傷する程の熱い、互いに求める心が渦のように混ざり合い、アリスの脳天を突き抜けた。 湧き起こった欲望に身を任せ、絡め合った指先を隙間なくぴったりとくっつけた身体の間に持ってくると、アリスは愛しむように一本一本唇を寄せた。その後舌先を伸ばしてちろちろと節くれだった指の間を唾液で湿らせる。まるで何かを想像させるような淫猥な表情と行為。 時折上目遣いに彼の顔を見上げて、まるで独立した生き物のように舌先を蠢かせ…欲情して濡れた瞳と、軟体動物のような動きを示す紅い舌先を見下ろすコイビトの瞳に焼き付ける。 相手の反応を観察するまでもなく、視覚効果はばっちり。 防音サッシ越しに響く、くぐもった街の喧騒の中で、ごくりとコイビトの喉が鳴る音がした。と、突然顎先を掬い上げられ、貪るような口付け。 『キス』なんて、そんな子供同士の戯れのような可愛らしいものじゃなくて、最初から舌を絡め合い、唇を食んで…相手の欲望に火を点ける、最も効率的な仕草を見せ付けて、見せ付けられて、そして煽られて。 吐息が桜色に色付く頃には、普段重きをおいているはずの『レイセイ』な思考なんてこれっぽっちも残っていない。ただ純粋に、本能のままに眼の前にある快楽の華を一心不乱に摘み取るだけのケモノに成り下がる。 その堕落し切った行為と思考に、脳髄まで痺れるような快感が走り抜け、それこそ理性なんか、とうの昔に燃えないゴミと一緒に路上に打ち捨ててしまおう。 体面、体裁、理性、理論、世間体…『愛』を語るのには大層邪魔っ気な、役に立たない『ヒョウメンジョウのコダワリ』を脱ぎ捨てて。 純粋に、淫らに、本能の赴くまま相手のココロもカラダも手に入れて。 それでもまだ、自分の欲望を満足させるには『アイジョウ』が不足しているから、空気中に拡散した誘惑の吐息さえも貪欲に貪り尽くして。 更に深い口付けを強請る桜色の唇から頤を通り、頚動脈の上を滑らかに走り落ちていく、特徴のある煙草の臭いの染み付いた唇をほんの少々物足りなく感じながら、唇とともに肌の上にさらさらと緩慢でじれったい刺激を与える、彼の固い髪に指を絡め、そっと力を入れて引っ張ってみた。 と同時に鎖骨の辺りから、くぐもった笑い声と呆れかえったような、それでいて包み込むように柔らかい声。 「引っ張るなよ。」 「引っ張ってへんよ。」 「痛いだろ? この歳でそこだけハゲたらどうするんだ。」 「何言うてんのや。この前、若白髪はハゲにくいって自分で言うとったやないか。」 「最近はダイオキシンの影響で…」 「あ〜もう、うるさい口やな…使い方、間違ってへんか?」 そんな言葉とともに、ぐいっと力任せに鎖骨の辺りで戯れる、物理的には増減しない唇を引き上げ、無駄口を叩く唇を最も効率的な方法で封印する。しっとりと濡れた唇がコイビトと自分の身体を蕩かすまでそう時間もかからない。そしてさらさらりと溢れた唾液が、合わされた唇の合間から透明な軌跡を描いて、アリスの喉下へと滑り落ちていく。そのフシダラな道程を、フシダラな唇が、フシダラな動きを見せて追いかけて。 そして吸い上げて、歯を立てて、そして見せ付けて。 「ん…ふぅ…」 漏れるのは甘い吐息と、わづかばかりの背徳の余韻。 くすくすと吐息と共に肌の上を滑る唇の感触が心地良くて、そしてその官能を呼び覚ます舌先の動きに促されて、既にほとんど喪失してしまっている『ジョウシキ』のカケラを躊躇いもなく深遠たる闇に葬り去ると、そこには先程までわづかばかり残存していたはずの背徳なんてモノは、きれいさっぱり消えてなくなり、後に残るのはただただ快感を貪る己の、そして相手の欲望のみ。それはいっそ気持ちが良い程に。 「あぁ・・・もう・・・」 「『もう』、何だよ。」 「うるさい、わかっとるくせに。」 「あぁん? 俺は超能力者じゃないから、口で言ってもらわないとわからないんだよ。」 「ほんまに、減らん口や・・・」 「口は最初から1つ、増えたり減ったりしない。」 「ふん、舌は二枚以上かもしれへんけどな。」 上目遣いに情欲に濡れた瞳で、覆い被さる意地悪なコイビトの笑いを含んだ視線を受け止めると、強請るように、その引き締まった肩の筋肉に軽く歯を立てる。その瞳に蕩けそうな苦笑を漏らしながら、限りなく意地悪で、それでいてめろめろに甘いアリスの想い人は、彼のお強請りを叶えるべく、再び減らず口を叩く、舌が二枚以上ある唇を、コイビトの媚態を引き出す優秀な器官として働かせ始めた。 淫らに咲き誇る唇から零れ落ちるのは、ただただ快感に濡れた甘い吐息。 じらされて、熱く火照った身体に与えられる刺激が、更なる熱さを呼び覚まし、その波に抵抗することなく、悦楽の海へと身体ごと、心ごと自分をダイヴさせる。 溺れているのは心なのか、それとも身体なのか。 曖昧で、強烈な感覚に眩暈すら起こしかねない。 抱き込まれて、貫かれて、アイジョウという名のスパイスが、痛みさえもたまらない快感に変換する。 フシダラと言われても、それが正直な身体の反応。 与えられる刺激を一片たりとも逃さないようにするなら、取り繕ってなんかいられない。 「なぁ、火村…」 「あぁ?」 「好き、やで。」 「…俺が? それともセックスが?」 「さぁな…それは…秘密や。」 「正直過ぎて、涙が出るな。お前って。」 『愛している』、言葉でいうのはとても簡単。 でもホンキの台詞に少々の毒を含ませて。 コイビトをその手に抱き続けるために。 |
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