「にあわねぇな…」
くしゃりと頭をかき回す腕に「何がやねん」と持たれかかる。
「溜息」
「あほっ…俺かて溜息くらいつくわ」
少し場所をずらして体ごと背もたれになって受けてくれる火村の暖かさにほっとしながらも出てくるのはそんな憎まれ口だけど。
「そうか」
後ろでそっと呟いたきり、火村は何も聞かずに髪を撫で続けてくれる。
されるがままにあやされて。
ふわふわと…。
ほこほこと…。
優しくて。
穏かで。
こんなに心地よい場所はない。
でも。
「…どうして?」
余りに優しくされて戸惑う自分がいる。
「ん?」
どこか不機嫌そうな事に火村が動きを止めた。
「何も聞かへんねんな」
「聞いて欲しいのか?」
「別に…そういうわけやないけど」
「そんなもんアリスが言いたきゃ言やいいし。言いたくないならそれでいいさ…」
少し肩を竦めて、火村はさも当然とそう答える。
それはとても望ましい答えなんだと思う。
すっごく物分りのいい恋人の二重丸な言い分に、どこかでもっと強引に心配して欲しいと思うわがままな自分もいる。
「…気にならんか?」
「なるさ。…でも無理矢理聞き出す事じゃないだろう。お前はお前なんだから」
俺は俺?
何だかとても懐かしい言葉を聞いたような気がする。
あの頃。
火村との関係が友達を超えそうになった頃。
常識だとか、世間体だとかって枠に、本当の自分を押し殺そうしてたあの頃。逃げてばかりいた自分に火村は体当たりでぶつかって来た。
『偽りの人生なんて嫌だろ。アリスだって。…俺の独り善がりなら、諦めた。でも、違う。それだけはお前が否定したって認めない。お前も同じ想いを抱えている』
耳を塞いでいた両手首を剥がされて、直も抗おうとした俺をぐいっと抱き寄せて、火村は言った。
『認めろよ、お前はお前なんだよ。他の誰にもなれない。…自分に嘘ついて生きていけるか?』
耳元で熱く囁かれて、座り込んでしまった俺の前。目線を合わせて告げられた。
『少なくとも、俺は俺だから…この気持ちを否定するつもりはない。…アリスが好きだ』
あの真っ直ぐな視線に射ぬかれた嘘の鎧は砕け散って、後には想いだけが残った。
火村が好きだ…と。
誰よりも火村と居たい…と。
そして、現在(いま)がある。
黙りこんでいる俺を包み込む火村がいる。
「お前が必要だと思えば力になれる、それだけの距離に俺は居るから」
あの日より、少し落ち着いた声に告げられて、心の靄が晴れていく。
元々、別に対した事があったわけじゃなかった。ただ、自分が考えていたトリックが既に使われていた事にショックを受けただけ。火村に言わせりゃ…何だそんな事と言われて終わりだろう。
でも、まぁ…いいや。こうしてなんとなく漂える時間も愛しいから。
「火村…」
「ん?」
「…やっぱ、俺…。君の事大好きや」
一瞬、動きを止めた火村が、背後から覗き込む。
「当たり前だろ。どうしたよ、突然」
くすっと笑った唇が頬にあたった。
「突然違うって…。いつも思ってる事やで」
見つめ返して、そっと目を閉じた俺の上に『そりゃ、どうも…』と優しい口付けが降ってきた。
ペーパー裏話 27b
当初、27はどちらも同じ話の予定だったんだけど、なんとなく変えたくて。
しんどいといいつつ、書きました。
「ただ、甘い話」っていうリクエにお答えしたつもりだったんだけど…そううつるでしょうか?