春うらら
春眠暁を覚えず…とは全く名言だ…とアリスは思っていた。
朝だけじゃなくて、どうしてこう…春の日差しってのは眠気を誘ってくれるんやろう。
今日も今日とて。
時間つぶしのための図書館の片隅で、アリスはとてつもない睡魔に襲われていた。
4限がゼミでさえなかったら帰れたものの…。
どうも今年のカリキュラムはよくないよなぁ…などと自分に毒づきながら、ぱらぱら捲るページの文字がいつしか点に見えてくる。
ふぁぁぁぁ…と零れた大あくび…。
あとちょっとで…犯人がわかるのに…。
…ん……やっぱ…この…執事が…あやし……
…ZZZZzzzzz
どうみたって睡魔の勝ち。
ついにアリスはこくんこくんと船をこぎ始めた。
「おやおや…」
そっと…と隣の椅子を引いて、隣に座った人影が、そんなアリスを覗きこむ。
「…可愛い顔して眠っちゃって………」
くすくす、と笑いながら見つめる視線に一向に気づかずにアリスは深い夢の中。
「…全く幸せそうだなぁ…」
どう見たって大学生には見えない純真な寝顔は見ていて飽きない。
のどかな日差しの中。
静かな空気に時が止まったような空間がそこにはある。
柔らかな光に包まれて、すーすーと寝息をたてながら穏やかに笑みを浮かべるアリスの姿。
それはまるで。
「天使みたい…だな」
さらさらした髪に光がきらきらと輪を描く。
その光の輪を掴みたくって、思わず伸ばそうとした手首がぎゅっとつかまれた。
「ん?」
振り向くと。
「しーーーっ、そこまでです。高野先輩」
もう一方の人差し指を唇に当て、押し殺した声で火村は男を睨みつけている。
「別に何もしてないって」
「手出すとこだったんでしょ」
「そんなつもりないけど」
しらっと言ってのけるあたり食わせ者だと火村は思う。
「じゃ、これは何です?」
まだ掴んだままの手に力を込める火村に、高野は顔をしかめる。
「いてっ…ごめん。ごめんっ」
三島ゼミの助手である高野と知り合って、かれこれ一年。火村とてこの先輩が誰彼問わず手を出す人間でないことは知っている。
というか、わからないところはたくさんある人だけど、人の気持ちを知っていてアリスに手を出すような事はしまい。
「悪かった。ただ…天使に触れてみたくなっただけ」
ふっと笑って首をすくめると、高野は静かに立ち上がる。
「選手交代! ちゃんと見張っとけよ。こんな奴野放しにしたら、ぜーッたい誰かにさらわれるぞ」
「そのつもりです。言われなくても…」
ポンと肩を叩かれて、火村は当然とばかりに言い返す。
「はいはい、ごちそうさま」
来たときと同じくそっと…高野は席を離れていった。
「全く…一生の不覚だよな」
その後ろ姿を見送りながら、思わず声が漏れた。酔っていたとはいえ、誘導尋問にひっかかった自分が苦々しい。
『惚れちまってるんですよ…柄にもなく…天使に』
そんな言葉を言った自分が。
でも…。
「天使だよな…本当に」
こうして、見つめているとますますそう思う。
「アリス…」
そっと…髪に触れる。
「ん…」
呟きに、微かに動いた唇。
触れてみたくて…。
指を伸ばす。
「早く…俺だけの天使になれよ」
「……ぅん…」
無意識の返事に、誘われて。
「約束だぜ」
火村は内緒の誓いを重ねる。
Chu…
素早いKissは、眠り姫を揺り起こす魔法の効果を持っていたらしい。
「ん? あれっ…」
瞬きを二回。
定まってきた視界に、とっても優しい笑顔が写る。
「ひ…むら?」
「ああ、おはよう。っていうには、少々遅い時間だな…もう、始まってるぞ、4限」
飽きることなく寝顔を見つめて…もう一時間足らず過ぎている。
「ん…そうな…え、えええっ?? 今、何時?」
「3時23分」
突然、まどろみから覚めたらしい。
「げ、まずいっ! 遅刻やん!」
アリスは大慌てで席を立つ。
「ありがとう、起こしてくれて。行ってくる!」
ぱたぱたぱたぱた…
走り出した背中に、ひらひらと小さな翼が見えた。
「(甘)で、アリスをナンパする不届き者を撃破するひむ…」っていうリクエストを受けて書き始めたのですけど…
結果的にはちょっと違う話になってしまいましたねぇ。でも、ま、リクエを見て一時間で書いたから許して下さいませ(笑)