「で、どこへ行くんだ?」 地下鉄に乗り込んで、火村はもう一度問う。 「ん、我らが母校。または君の職場」 「そりゃ…わかったけど、何しに行くわけ?」 ひらひらと切符を振りながらはてなマークを飛ばしている火村に『君との約束を果たしに…』と更に謎な答えが戻ってきた。 「俺と?」 「うん…火村と…」 ますますわからん…と火村は記憶を辿る。今日のアリスはずっとこんな調子だ。 約束なら果たしたはずなのに。 『…京都駅まで迎えに来て…』 それが一週間前に決めた今日の約束だった。 クリスマス行事への火村の無関心ぶりは重々承知しているアリスだから、何処へ行こうとも言わなかった。 ただ『久しぶりに京都がいいな‥火村も冬休み入るやろ…』と遠回りに切り出した言葉の狙いが、クリスマスカラーの町を二人で歩きたいのだと言うことはすぐにわかったから、お望みのまま迎えに出てきた。 その目的地が、さっき後にしてきた職場とは?? 1900年代最後のXマスと、子供たちの冬休みと、土日と‥色々な要素が重なって、どこからともなく溢れ出る人々。こんな日の大学に一体誰が‥と思っていたが、辿り着いた英都大もなかなかに賑わっている。 「あ、やっぱり今年もやってる‥」 先導していたアリスの近付く建物は、いつもと違って。 「‥ここ?」 教会だった。中では聖歌隊がコンサートをしていると看板が出ている。 「うん。久しぶりや、ここ来るの‥」 「俺もだ」 毎日、通っていても無縁の建物。前に立ち寄ったのはいつだったろう。 「入れるんかな? まだ‥」 「大丈夫だろ‥無料だって宣伝してたから」 「へぇ、知ってるんや、火村でも‥」 扉の前で立ち止まったアリスに返事を返すと、驚いたと言いたげな瞳に見つめられて火村は首をすくめる。 「ゼミの学生が聖歌隊に居るんだよ」 「そうなんや」 呟いてそうっと開けてみた扉の向こうから、厳かなキャロルが聞こえてきた。 全てのプログラムを終え、流れ出る人波。建物の外はすっかり夜。ディスプレイにと飾り付けられている周囲の木が、キラキラと輝いている。 「うわっ、きれいやんか」 見つめて足を止めたアリスに「一体何なんだ」と再び問いかけてみると、ぽつりと聞こえた言葉は「十年目」。 「え?」 「憶えてない? 火村が言ったんやで‥ここで。あの時。十年たったらって‥」 くるっと振り向いたアリスは、少し悔しそうな表情をしてみせる。 あの時とはいつだろう? キーワードは十年目。十年前と言えば‥大学院の頃か? 思いを巡らして‥。ふいに浮かんだ情景。 たまたま約束したイブの夜。 勤め人だったアリスに外で待ち合わせても時間が確約できないと言われて、研究室で待っていた。駆け込んできたアリスと歩く道すがら聖歌隊の声がして…。見てみたいというアリスの言うままに覗いた礼拝堂。 『‥本当の信者なんてどれだけいるのやら』 『いいやん、今日くらい…もうすっかり日本人の習慣やもん。クリスマスも』 『今日だけか? キリスト教徒でもないくせに神の前で永遠を誓う奴も山ほど居るぜ。ま、誓ったところであてにはならんがな』 『…また、そんなことばかり言うて…。そしたら、もし今俺がここでずっと火村の傍に居るって誓っても信じてくれへんの?』 『何を唐突に』 『知りたいもん…』 『そうだな…十年たって、まだお前が隣にいたら、俺だって誓ってやるよ。神にだってなんだって』 『ホンマに?』 『あぁ、でもそんな約束自体忘れちまうんだよ、人間の記憶なんていい加減なもんさ』 『そしたら、俺が憶えとく。必ず、君をここに連れてくる』 『十年は長いぞ…』 『大丈夫。きっと俺達一緒にいてるって…』 くるりと振り向いて目を閉じたアリスは、十字架にそっと呟く。 『十年後も俺は火村の傍にいます。必ず‥二人でここに来ます』 そうか、あれから十年‥。 「十年後、いや、死ぬまで俺はアリスの隣にいるよ」 そっと、頬へ差し伸べた手。 「火村」 にこり‥アリスに浮かぶ幸せの笑み。 「そんなこと、わざわざ誓わなくても‥当たり前じゃねぇか」 「‥でも、神様が知っててくれたら心丈夫やん」 「そうかな。俺なら生きてる人間が知ってる方が安心だけど」 「え?‥あっ!」 言葉と共に近付いてきた唇が、アリスの驚きを封じ込める。 聖なる夜に永遠の想いを込めたそれは、二人の神聖な誓いのキスだった。 |
クリスマス、何年経っても二人は二人…。サークル用ペーパーNo.1の裏に書いたお話でした。 |