ずるい!
 
 ドスン! 大きな音がした。

「なんや?」
「何?」

 顔を見合わせて部屋を飛び出たあたし達が見たのは、階段の下にうずくまってる人!
「大変や!」
「火村っ」
 とてとてと近付いてみるけど、何かいつもと違う。

「寝てるの?」
「あほっ! 着地失敗で倒れてはるんや」

 ゆさゆさと触ってみても反応がない。
 ぺろぺろと舐めてもぴくっともしない。
 足をがりがりってしても、こらっとも言わない。

「どうしよう、動かへんーー」

 おろおろ、おろおろ…。
 どうしよう、どうしよう。
 ぎゃーぎゃーと叫びまくっていたら、どこかに行ってたうりさんが台所の方からひょこと姿を見せた。

「どうした?」
「わかないけど、ひむらが!」
「落ちたんか?」
「そーみたい」

 だって、ばあちゃんはお出かけしてるから、今うちに人間は火村だけなの。
 あたし達がケガとかしたら、ひょいって抱いて、たたたって救急箱出して、二人ともちゃっちゃと世話してくれるんだけど、まさかあたし達だけで火村をどっかに連れてくなんて出来ないし。

「困ったなぁ…」
「ばあちゃん夜まで帰らないんだよな」
「…夜ってすごーく後のことだよねぇ、えっ…えぐっ…」

 どーしたらいいんやろう。
 うろうろ。
 おろおろ。

「落ち着け、桃!」

 そう言うこじさんもうりさんも、たたたたって走り回ってるやん!
 どっかおそとで人って連れてこられへんのー?

 ん? 
 人ってゆーたら、あれやわっ。
 いっつも来る人。

 火村がめちゃがんばって、マーキングしてる人。
 身体中、ぺろぺろして、いっつもくっついてるのにー。どーしてこんな時いないんよーー!!
 うーうーうー。
 ほら、ここっ。来てってばぁ。
 どこよ、どこよ、ドコォ!

「んもぉーー! 人を呼ぶんってどうしたらいいんよー?」
 あたしは叫んだ。と、うりさんがぴたっと止まった。
「呼ぶ? そうや! あれや!」
 そして突然ダッシュ!
 慌ててあたし達はうりさんを追いかけた。



「火村!」
 がらっと駆けこんで来たアリス(そう言うんやってうりさんに教えてもらった)は靴も脱がずに玄関を上がって来た。
「火村!どうしたんや? なぁ、しっかりして!」
 ぎゅうっとしがみつくように何度もアリスはその名を呼びつづけている。
「…み、水…飲ませたらいいかな」
 ばたばたと走り回る姿はあたし達と変わんない。と横に纏わり着いてたあたしが思ってたなんて事は勿論アリスは知らないだろうけど。
 とにかく、台所からコップを持って帰ってきて。
 それを口に含んで、火村に飲ませてる。
 
 すると! 
 
 うーっと軽く頭を振って火村がやっと目をあけた。
「火村!」
 ひむら!  
 あたし達も一緒に呼んだんだよ。

 でも、火村が名前を呼んだのは、たった一人。
「…おぅ! アリス」

 あたしは?
  あたし、ここぉーー!
 一生懸命叫んでたけど、うりさんとこじさんに引き摺られてしまった。

『無駄無駄、感動の再会って奴を邪魔したら、後が怖いから止めときって…』
 そんなのあり?
 あたし達が頑張ったのにーー??
『後でな。…うん、後で』
 そんなぁーーーっ!
 
 叫ぶあたしの傍らで、お二人さんは見詰め合ってる。
 つーか、アリスのお膝の上に頭置いた火村の手はちゃんとアリスのほっぺに触ってるやないのぉーー。
 いやん、あたしもいい子いい子してぇ!
 そんな叫びも『無駄だってば』と、うりさんたちに笑われるだけだった。

「よかった…生きてたんやなぁ」
「何を人聞きの悪い」
「あほか、今の今まで倒れとったくせに!」
「え? …そういや、俺…階段下りようとして…落ちたわけだな」
「何を冷静になっとんねん! どこが痛い? 動くんか?」
 そんな矢継ぎ早に言われても困る。
 そりゃ、 手、足…腰…なんとなく至るとこ痛いけど、動くって事は大丈夫らしい。
「平気みたいだぞ」
「はぁ。よかったー」
「そういや、何でお前ここに居るんだ?」
 ようやく火村の頭は働きだしたらしい。
「だって、この子らが必死に叫んでたから。絶対火村に何かあったと思って」
「え? この子らって?」
「猫たちやん。電話かけてくれてんで!」
「はぁ?」
 階段から落ちたのは俺なのに、どうしてアリスの方が変になっちまったんだろう…火村はぼーっと考える。
「…お前、信じてへんやろー? でも、まじなんやからな。火村の番号でかかってきたのに、取ったらミャーミャー言い詰めで。俺も最初はあほな事すんなって怒ってたんやけど、どうも尋常やないって思って。とりあえず駆けつけたんや、だからちゃんと感謝しいや…って、あれ? どこ行ったんや? さっきまで騒いどったのに…」
 アリスの視界に猫の姿はない。
「きっと、もうお役ごめんって思って遊びにいったんだろう。お前が来てくれたからさ…」
「そうなんかな?」
「あぁ、そうさ…。うちの猫だぜ…そのくらいわかるさ…ってことでアリス…、もう一口、水くれないか」
「…一口でいいん?」
「訂正、たっぷりと…」
「了解。でも、ちょっと待って。先に鍵かけてから……な」
「いいのか? そんな準備されると…」
「あほっ。今日は俺が君をちゃんと検査したる。全部、使えるかどうか…きっちりな…」
「はいはい」
 
 そんなこんなで…。裏口から引きずり出されたあたしが表玄関をがりがりした音はもう二人には聞こえなかったみたい。
 なんか、ずるいよぉーーーーーーー!


         桃ちゃん大奮闘の巻(笑)
         何かの時に、リモコンを猫が踏んでもチャンネルが変わるよね、みたいな話をしていて
         どどっと書いた話なんですが。
         ちょっと不憫な桃ちゃんたちですが、ちゃんと後でお礼のご馳走は頂いたことでしょう。