- The Edge of The World -
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”世界の淵”と言われているこの小さな諸島St
Kildaに行こうと思ったのはあくまで2回目のOuter
Hebrides行きを考えてからのことでした。最初のOuter
Hebrides行きではNorth Uistから見ただけで満足でしたが、その後、実際に行った友人の話や写真、絵葉書や映像を見ている内に、機会があればと思っていました。そしてネットで調べている内に、友人が行った頃より状況が変わってきたらしく、かなり気軽に行くことが出来るようでした。
しかし、やはり自然の影響は大きく、日帰りのボート・ツアーは天候によってはキャンセルされるとのこと。よって予備の予約を入れることが出来るとツアーの主催者が連絡してきてくれました。おかげで予定していた日はキャンセルになりましたが、予備に申し込んでいた翌日に行くことが出来ました。
ツアー スケジュール |
08:00-11:20 ボート 11:20-15:30 St Kilda 15:30-19:50 ボート |
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船上(行き)にて |
船は港の外へ出ると、スピードを上げてSt Kildaへ一直線に向かいます。波はそれほど高くはないようですが、スピードがあるのでかなり揺れて、潮もよく被ります。ほぼ全員が甲板へ出て外の景色を楽しんでいるのですが、港が遠くなると回りに見えるのは海だけになります。 | |
振り返ったLeverburghの眺め |
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甲板は後部にあり、前方を見るには船室に入って操縦している船長(Seumas氏)の肩越しに見ることが出来ます。 片道3時間半近くの航海はさすがに退屈しますが、かといって船室で寝ていられる状況もないので、何とか酔わないように甲板で頑張っていました。甲板での移動や船室の往復などは手すりを捕まるか揺れが少ない時にやっていましたが、それでも船室に行き着く前に急に揺れたりして、思わずスタッフに倒れ込んでしまいました。甲板のスタッフは2人、当然揺れに離れていて、客の動きもよく見ているようで、動きたい時にはよく手をさしのべてくれていました。 船は直接島にはつきません。Village湾に係留した後、船につけてあったゴムボートに乗客を移しての上陸になります。勿論、乗客の数とボートの大きさは合いませんので、3往復ぐらいして全員を降ろします。(別のKilda Cruisesも合わせて)全員が上陸し、現地の係からの説明を聞いた後で思い思いの所に散らばります。私は預けたリュックは受け取ったものの、レインコートを船に忘れていました。寒いのを我慢できないので、係に説明したら、船に残っていたスタッフがボートで持ってきてくれました。係はどちらの船か聞いたのですが、その時にツアーの名前でなく船長の名前で”AngusかSeumasか?”と聞いてきました。それほど現地とこの2つのツアーは連携しているように思えました。 |
一口にSt Kildaと言っても一つの島ではなく、4つの島とその回りに大小の岩礁で成り立っています。最も近いNorth
Uistからは56kmは北西の位置にあります。最大の島はHirta島。その西北に2番目に大きいSoay島、南側にくっつく様に一番小さDun島、そして東北に6km離れてBoreray島があります。群島の広さは24,201.4㌶、陸地部分の合計は854.6
㌶。
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聖キルダとは |
Kildaという聖人はいません。誤解されて英語名がそうなったとのこと。Skildarという名前(尖った島々と言うよりも盾状の島々という方が適切表現である古代ノルマン語’skildir’から派生)が1540年の記述に残っています。16世紀の地図ではこの群島に対する名前が間違って記されています。その名前(Kelda、古代のルマン語で’井戸’の意)の由来は上陸場所であるHirtaのゲール語名に基づいていると考えられます。古代のルマン語でもゲール語でも単に’井戸’を表すのにもかかわらず、Hirtaは、ノルマン時代より後の時代では’Kildaの井戸’と間違って解釈されたTobar Childaとなりました。
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Hirta島 |
住居沿いに歩くと、先ず現れるのは白い家。The Factor's House(代理商の家、借地料を集金に来た地主の代理人が泊まった)と呼ばれる家で、現在はNational TrustのScotland警備隊の本部になっています。お手洗いがここにありました。そこから先に進むと展示館があります。この辺りはちゃんと現代的な屋根が補修されて付いています。中は島の住人が本土に移住するまでの生活などのパネルや説明が展示されています。上陸時間は約4時間なので、ここで余り時間を取られたくなかったので、ざっと見回す程度でした。この先にカフェ?らしき物がありました。飲み物があったような気がします。飲み物や軽食は用意しておくようにとのことだったので用事がなかったのではっきり覚えていません。また、住居跡(屋根がない家)には番号が振ってあり、本土移住直前に住んでいた人の名前が書かれています。中は草が生い茂った状態ですが、素朴な作りだったことが伺えました。 港のすぐ側には現在の駐留者達のための設備がありますが、その中には郵便局があります。と言っても、机と係がいるだけですが…そこから絵葉書を送りました。特別な消印を押してくれると確認した後です。その消印はパフィンの絵でした。絵葉書と切手はたまたま持ってきていたので、それを使いました。持ち合わせが無くても販売してくれると思います。 |
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住居跡を一通り見て村の端に到達した時、その上に向かう3人組がいました。村の端にはAbhainn Mhòrという小川が流れています。その小川沿いに登っていきました。暫くして、Mullach Mor(361m)とMullach Sgar(222m)の頂上まで続く道路に出た後、更に上り続けました。この辺りからVillageとVillage湾が一望できます(写真下)。この道路は、舗装されていて、車が通ることが出来ます。警備隊の車です。2つの頂上にはそれぞれ通信塔が建てられています。このための道路です。 | |
どちらの山頂までも行きませんでしたが、それぞれの下は直下にかなり険しい崖があるそうです。そこまで行くと降りる時間が気になってしまうのでやめました。葉書を出したかったので、ちょっとはやめにおりたかったのです。また、雲がかかっていて、眺めが道かな?とも思っていたからでした。かなりの人達は西側の崖の方に行っていたようです。そんなに大きい島ではないのに、観光客達はいったいどこに行ったのか見かけませんでした。唯一見かけたのがお父さんと子供2人の親子でした。この家族は宿も船も同じでした。 頂上に雲がかかっていて上からの眺めはちょっぴり残念でしたが、船から見たその景色は何となく幻想的でした(写真下、中央がHirta島、左側にDun島、右側にSoay島が見える)。 |
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Boreray島 |
Stac an Arminに近づいた後、Boreray島を一回りします。島やスタックには無数の海鳥がとまったり飛び回ったりしています。そして再び島の西側に進みます。そこで今度は波間に浮かぶパフィン(ツノメドリ)を見ます。他の客達がパフィンが見える側を占拠してしまったために、私が入る余地が無くなり、何とかパフィンを確認する程度になってしまいました。Staffa島で間近に見たことがあったので、そんなに必死になる気がしなかったためです。泳ぐパフィンを見ることが出来たかも知れませんが。 そして、名残惜しいSt Kildaを後にして、帰途につきました。 |
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船上(帰り)にて |
この2つはツアーのおまけです。ツアーのリーフレットには運が良ければイルカやクジラに出会うかも知れないと書いてありましたが、運が良かったのね。もう一方のツアー(Kilda Cruises)はその時見ていないので、もしかしてSea Harrisだけのサービスかも知れません。Leverburgh港に着いたのもかなり後だったように思います。 港に到着後、料金を支払います。私は現金で払いましたが、殆どの人がチェック(小切手)でした。クレジットは使えない?様です。これだけの料金なので、現金というのはあまりいないのでしょう。田舎なのでそんな金額を用意しておくのも大変なのですが、他にどうしようもありませんでした。私の場合は免除してくれましたが、予約の際には保証金が必要です。 2つのツアーがあって、同じ料金、同じコースならどちらを選ぶかという判断が要ります。私はネットからの申し込みがしやすいように思えたのでSea Harrisを選んだのです。船の大きさはKilda Cruisesですが、スタッフはSea Harrisの方が若そうです(関係ある?)。どちらにしても、事前予約をしておいた方が良いでしょう。天候でキャンセルになる場合もありますので、余裕を持った日程が必要です。 |