Swansea発18:45のバスに乗り終点のAberystwythに着いたのは時刻表の予定時間より15分早い21:15。止まる回数が少なかったとはいえいくら何でも早い。確かにスピードは出していたようですが・・・時刻表の間違いかとも思いますが。途中で見えた海-Cardigan湾の眺めはとても良かったのですが、雨が近い様子でした。宿まではすぐ近くとはいえ、方向を近くを歩いていた女の子に尋ねたら説明し易い所まで一緒に行ってくれました。彼女は逆方向に歩いていたにもかかわらずです。宿に着いた時はホッとしました。翌朝、朝食時にダイニング・ルームを見渡すと棚一杯にチェスの駒。色々な種類のセットが20以上はあったのでは。各地の変形物のようです。アフリカ産みたいな物もありました。ご主人によると、最初は2つぐらいを揃えたけど、その内どんどん増えていったとか。Outer HebridesのLewis島の物はなかったけど・・・でも、朝食時の見物でした。
Aberystwyth | |
Wales中部の海岸に面したCeredigion(Cardigan湾という意味)地方の交通の中心となっている町です。町の名前は”広い川=Rheidol川)の河口”というWales語とか。西側は海-Cardigan湾で、その先にはIrish海となる海辺の町で、ここもリゾート地のようです。海はとても美しく(荒れていなければですが)、海岸は大部分が広い砂浜で、町全体はそれ程大きくもなく小さくもないせいか何となく落ち着ける感じの所でした。 予定していた訪問地の最後の町で、最後となる日西の水平線に沈む太陽を見たくて海岸まで。残念ながら水平線には薄い雲がありましたがそれでも結構きれいな夕日(写真が当ページの一番下にあります)を眺めて今回の旅を終了ということになりました。 |
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丘の上から見た町 |
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交通 | |
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第1日目は先ずツーリスト・インフォメーションへ行って情報を仕入れひとまず町を回ってみました。午前中は生憎の風雨。特に海からの風がとても強くて実家へ送る絵葉書に書くついでに暫くティールームに入っていました。名所はこの風雨の中で訪れたのですが、午後から雨は止んだので無理に午前中に行かなくても良かったのでした。 | ||
Ceredigion Museum | ||
ツーリスト・インフォメーションの隣にあります。昔は劇場と映画館を兼ねた建物でした。建物の名前はそのまま”The
Coliseum"と残されています。展示フロアは3階分ありますが、上の2つの階は劇場のテラスに当たるのでそこから下を見下ろすことができます。リーフレットには"Probably
the most beautiful Museum in Britain”とあります。 展示品はこのCeredigionに関する品々。様々な生活用品、農業に関する物、海洋に関する物、音楽関係の物(楽器のみではありません)、化石などこの地方のありとあらゆる物があって思い出せないほど。最初はこんなに沢山あると思っていなかったので気軽にちょっと覗くだけと思っていましたが、見て回る内に上の階にも色々あるのが分かってきました。私が訪れた時はまたしても学校の生徒達がワイワイガヤガヤ。学校の研修のようでした。結構楽しむことができました。 入り口は劇場の物をそのまま使っていますので、歩道から幅広いカーペットが敷かれた階段を上って入ります。また、ツーリスト・インフォメーションの中からも入ることができます。最初の階(2階)に上がるリフト(エレベーター)もこのツーリスト・インフォメーションの中にあったように思います。各フロアにもリフトが付いています。平日と土曜日の10-17時の開館。無料。 |
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The Castle & War Memorial | ||
上の”丘の上から見た町”の写真で右側の海に突き出た所にあります。ここを訪れたのが風が特に強かった時でした。飛ばされないように足を踏ん張って写真を撮ったこともありました。風に当たらなくなるように壁に隠れたことも。 お城の方は廃墟で、勿論吹きさらし。残っている塔の中も荒れているので、ここの中で町やこの地方の歴史を見るのは不可能です。見易いように敷地は整備されているので歩き回るのは楽でしょう。1277年にEdward一世が建て、12月28日にAberystwythの町が作られました。その時にこの新しい城の近くに堀と壁、商業ギルド、市場と2つの定期市を持つ自由自治の居住地を造る憲章を王が発行しました。ここに着いてすぐこの中にストーン・サークルを見つけました。これは新しいようで、町の案内冊子には1916年のNational Eisteddfod(Walesで毎年開催される吟唱詩人大会、英語の辞書にもありましたがWales語そのものです)中に立てられたとか。13個の石で作られています。 その城の海側にWar Memorialが建てられています。戦争から復活した勝利と人間性の花輪を持った平和の天使の像が塔の上に乗っています。1919年にイタリア人の彫刻家Mario Rutelliが仕事を任されました。他の町にも必ずと言っていい程War Memorialはありますが、この町のは一風変わったデザインでした。城の側にありますので足を延ばしてみて下さい。 この直ぐ北側にUniversity of Walesがありますが、この建物は絵になるほど素敵でした。お城から見てみて下さい。 |
War Memorial |
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The Castle |
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Constitution Hill | ||
町の南にある丘です。町では”Consti”と呼ばれていて、高さは430ft(約130m)で、海側の道を進むとこの麓に行き着きます。頂上のからの眺めは素晴らしく、晴れたに日はSnowdonを含む26ものWalesの山々を、またCardigan湾の方はLlyn半島からStrumble岬までの60マイル(約96.5km)の広がりを見ることができます。この丘に関係する3つの建造物があります。
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The Cliff Railwayの上の駅 Camera Obscura |
North Beach | ||
the CastleからConsititution Hillまでの海岸です。こちらの方は賑やかで海岸に沿って幅広い遊歩道があり、そこにはバンド・スタンドやRoyal Pier Pabilionという遊技場があります。またボート乗り場があり、マリン・スポーツに使われているようです。海岸沿いの道にはホテルが建ち並んでいました。CornwallのNewquayと似ているように思われるかもしれませんが、こちらは距離も短くホテルの数も少ないのです(WalesにもNew Quayという町がこの近くにありますが、間違わないように!)。また浜辺からの高さも2mくらいで遊歩道からすぐに降りることができます。ここで散歩している人や犬をよく見かけました。遊歩道ではサッカーをしている若者もいました。この町を訪れたら先ずここを歩いてみるのも良いでしょう。但し風が強いことが多いようで服装には気をつけましょう。 | ||
North Beach;奥の丘がConstitution Hill |
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South Beach | ||
The CastleからRheidol川の河口までの短い浜辺です。あまり歩く人もいないしさして何かがあるわけでもありません。河口はマリーナになっていて数隻のと船が係留されていました。この川の対岸にはPen Dinasという丘があり、頂上にはWellington記念碑が立っています。マリーナのすぐ側に立派な石橋があるので対岸にはすぐに渡ることができます(車がガンガン通っているので注意!)。 | Rheidol川河口付近 |
Vale of Rheidol Railway | ||
Walesには8ヶ所に蒸気機関車が走っています。いずれも観光用で鉄道ファンならずとも観光客にとても人気があるようです。日本でも人気のある”機関車トーマス”のモデルになっていることで有名でしょう。どれも景観が良い所をゆっくりと走るので窓からの景色をゆっくりと眺めることができます。 この鉄道は1902年に鉛鉱山、材木、そして旅客のために開通しました。費用節約のため、そしてその線路が敷かれている急カーブや急勾配の不利な地形のため、鉄道は標準より狭く造られています。 全長11.75マイル(約19km弱)です。蒸気機関と車両は1923年から1938年の間にSwidonのGreat Western Railwayが作りました。この路線は何回か所有者が変わり、閉鎖の脅しをかけたBritish Railが最後に蒸気機関車を所有したが1989年に個人所有となるまで生き残っていました。ここ10年この鉄道は蒸気機関車と車両の再建、殆どの線路を新しくすること、そして何十年もの間見られなかった景色を切り開くことを含む完璧な修理プログラムを受けてきました。この作業は景色をより良くし、この先計画されている両端の駅の乗客用設備を改善することにつながっています。 客車のドアは勿論手動、中から閉めるための工夫が面白く感じました。通路はありませんので座りたいところのドアを入りますが、壁はありませんので1車両全部が見渡せます。ファースト・クラスもあります。4-10月に運行されていますが、運休日もあり、またこの間に雪が積もっても休みになります。運行時間は1日2本、夏やバンクホリデーの頃に4本となることがあります。スケジュールはツーリスト・インフォメーションや駅(British Railway駅の隣)で確認して下さい。 |
Vale of Rheidol Railway;Devil's Bridge駅にて |
Devil's Bridge | ||
Vale of Rheidol Railwayのもう一つの終点駅です。名前の由来はRheidol渓谷にかかる3重の橋によるものです。この橋は上下3重に重なっていて最古(最下段)のものは11世紀にStrata
Florida修道院によって作られたものだそうです。また、ここの伝説は以下の通り; 悪魔がDevil's Bridgeで最も古い橋を作り、橋を渡る最初の人の魂を要求しようとしました。はぐれた牛を取り戻したがっていた1人の老婦人は蹄が二つに割れていないことを見つけ、パンの耳を投げて彼女の犬にその橋を渡らせて悪魔を騙しまし、魂をなくすことはありませんでした。悪魔はその犬の魂を取らなければならず、その老婦人は無事にその橋を渡って牛を取り戻しました。 蒸気機関車の終点駅から道路(A4120)を暫く歩くと橋に着きます。途中にホテルが1件、ここのティールームで一回りした後に休むのも良いでしょう。道路は広いので車の通りも多く、橋の片方には駐車場も設けられていました。 橋の上から下の渓谷が見下ろせますが、これがそんなに変わっているとは上からでは分かりませんでした。両側に有料の入り口があり皆どちらに入るか迷っていましたが、殆どの人は下流の方(料金の高い方、おじさんがチケットを売っていました)に入っていました。上流の入り口は無人で、コインを料金箱に入れると入場できるというものです。下流の方はMynach Fallsを回るコース、上流の方は橋の下に流れ込む渓谷を味わえる短いコースとなっていました。橋の下の方はこのコースの両側から見ることができますが、木の枝が邪魔をして写真ではよく見えません。時間があれば両方から見ると面白いと思います。どちらも急な階段が多いので足の悪い方は無理だとありました。 |
上流から見たDevil's Bridge; 橋は上の方で枝に隠れている (2枚の写真の合成) |
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下流から見たDevil's Bridge; 上の鉄骨部分が最も新しい橋 石のアーチ部分が2番目の橋 最も古い橋はアーチの下の方にある(写っていない) |
Mynach Falls | |
橋の下流に広がる渓谷を流れる滝です。落差は大きく、その上から下まで下り、また登るという激しい運動になりました。流れの幅は狭いので水量は多く感じました。途中、滝を跨ぐ太鼓橋のような橋(幅は1人分)を渡るときは恐る恐るでした。足下は湿った金属で平坦ではないのですから。その後は登りになるのですが、これまた急。景色が良かったのでゆっくり眺めながら登っていると、蒸気機関車の汽笛が聞こえます。乗ってきた列車が出発する時間になっていました。仕方ないので次(最終)で帰ることに。この最終に乗り遅れたら大変です。列車の到着と発射の間は1時間。このコースではとても時間が足りません。最終に乗った場合は注意が必要です。乗り遅れたら泊まるかヒッチハイクで戻るかでしょう。最終列車で降りた人達数名が乗ってきませんでした。何人かのお客さん達は”彼等はどうするのでしょうね”と笑いながら心配していました。 このコースには途中この辺りにいる(いた?)動物の像が置いてありました。鹿が多くて、最初に見た時はどきっ!。獲物を捕っている姿で、かなりリアリティがありました。こんなの置く必要がないと思うのですが・・・また、途中枝道のようなものがあって”無事に通ることができる保証はない”という警告がありました。 上流の方は最初の列車に乗り遅れたため時間ができて入ったのです。水が流れるのを間近に見ることができました。そして橋の下の岩がどれほど高く、水がこの岩の間のずっと下の方を流れているかを見た時には唖然としました。あまりの凄さに暫く見とれていました。水はここの岩を削っていて、手前には思わず人工的と思ったくらい綺麗に丸く削られた岩もありました。早ければ十数分で回ることができるコースですが、その壮大な眺めをゆっくり味わうのが良いでしょうね。 翌日この歩きのせいと思うのですが、右足だけが筋肉痛。両足は同じように使っていたつもりでしたが。 (右の写真は滝の一つ。橋のすぐ下から流れ落ちていた。) |
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Rheidol渓谷 | |
Vale of Rheidol Railwayが通っている川の両岸の渓谷です。とにかく美しい景色です。行きは山の方の席に座っていたので森しか見えなかったのですが、帰りは谷が美しいと分かってそちらの方に座りました。ゆっくり走っているので写真を撮る時はピントは合わせ易いのですがいきなり目の前に木が並んで登場するので注意が必要でした。川沿いにはハイカー用の道もあり、また家も点在しているので車も通ることができるようです。滝のものすごさと比べると川は静かに流れているようでした。川の途中に水力発電のダムもあります。Nant-y-Moch
and Dinas Reservoirsという自然保護地区にもなっているそうです。 (右の写真は水力発電用ダム) |
町巡りをしている日に入ったレストランの席の側に1つのリーフレットが置いてありました。何となく気になったので1枚もらって場所を調べると割に近くにある町でした。ツーリスト・インフォメーションには置いてなかったので不思議に思っていたのですが、他の州(Snowdonia)だったからのようです。とにかくケルト・ファンとしてはこの”Celtica”に行ってみないと気が済まない気分になっていました。 | |
Machynlleth | |
Aberystwythから列車で30分の町(3つ目の駅)です。町は古いものと新しいものが入り交じった感じでした。そんなに大きいという町ではないのですが、交通の要所にあるのか道幅はやけに広かったような気がします。Aberystwythとの途中(北側)に美しい干潟が見えます。Traeth Maelgwynというらしく、Dovey川の河口になります。この干潟一帯は自然保護地区となっています。 | |
Celtica~experience the world of the Celts | |
3000年以上にもわたってヨーロッパの歴史に影響を及ぼしてきた文化を持つケルトの人々の歴史を紹介する展示館です。Walesの他とは違ったケルトの遺産(=西ヨーロッパ辺境地域の他のケルト地方の人々に共通しているのですが、現在と未来と同じように過去への誇りを持っている国を映し出している神話と音楽、景色と言葉が不思議に入り交じったもの)を映し出しています。 建物の入り口を入るとすぐ前に受付があります。ここでオーディオ・ビジュアル・ツアーの予約をすることができます。出身国(または普段使っている言葉)を訪ねられます。日本語の案内書(コピー)も用意されています。オーディオは残念ながら日本語はありません。数ヶ国語用意されているようです。オーディオでの説明を聞きながら各部屋を回ります。殆どの部屋に蝋人形がありました。最後の部屋ではドルイド僧と少年(ギディオン)の対話からケルトの流れは未来にも続いているといったことで締めくくられ、最後にWales語の美しいコーラスが流れます。2階にはWalesとケルトの歴史の展示の説明のコーナーがあり、こちらは自由に見学できます。PC(Windows)も設置されていて画面でも楽しむことができます。またセミナー等も行われているようです。(写真は展示館の正面入り口) |
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オーディオ・ビジュアルや各部屋の展示はとっても楽しめました。建物の回りは広大な敷地(元荘園)に子供用の遊技場や庭園があり見学後にゆっくりと過ごすのも良いでしょう。 場所は駅を出て右方向へ進むとA487に出るのでそこをAberystwythの方向へ戻ることになります。暫くするとクロック・タワーが現れますので更にそこを真っ直ぐと。大きなCeltica看板が見えたらのその看板の左の奥がこの展示館と敷地です。看板には道を真っ直ぐに進んで左に曲がる矢印が描かれていますが、これはあくまで車用です。駐車場がその先なのです。これがよく分からずに先へ進みそれらしきのも無くなって後ろを見たところで初めて駐車場の案内と気づきました。かなりの回り道。敷地をうろついた後帰りにその大きな看板の所が”人用”の入り口と気づきました。歩いてくる人のこと考えられているのか?なとも。毎日10-18時の開館ですが、オーディオでのガイドコース受付は16:40が最後。オーディオ・ツアーは約1時間かかります。 |
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ここのティールームは最悪でした。味ではなくて・・・Aberystwythで列車を待っていると30分以上も遅れて来たのです。30分で到着できる所に1時間以上かかったのです。これで先ず予定が狂い、次に駐車場の回り道で更に遅れて到着。オーディオの予約をしてティールームに入ったところ注文をなかなか取りに来ない。やっと注文したところで他のテーブルにずっと前に注文したらしい人にやっとナイフとフォークをセットしているのを見てここで食事をするのを諦めました。この時持っていたのはリンゴだけ。外のベンチ(IrelandのNew Grangeの入り口の渦巻き模様のある石を模していました、木製)で食べて何とかお腹を持たせて・・・ティールームを出た時にマネージャーらしき人が謝りに来ました。私が来る少し前に団体が入ってきたのでてんてこ舞いになっていると言っていました。そしてひとまずオーディオ・ビジュアルと2階の展示を楽しんだ後お腹がすいていたのでもう一度このティールームに。そこで聞いたのはもう食事のサービスは終わったとのこと。そんなの何処にも書いてなかった。そのまま出てきましたが、ティールームの看板を蹴りたくなるほど頭に来ました。Walesは相性悪いな・・・。(この後Aberystwythに戻ってちょっぴり良い事があり、また下の写真の夕日を見て何とか持ち直しました。) | |
Aberystwythで見た夕日;これで旅はお終い