藤田家の宴会
 第1話「マルチ、登場と同時にフラフラになって退場の巻」


ピンポーン♪

「浩之さーん…」

マルチは呼び鈴を押し、数瞬待つ。

頼まれていた買い物も終わり、ようやく浩之の家にたどり着いたところだった。

 

「おーマルチかぁ?開いてるから入ってきてくれー」

インターホンから、浩之の声がする。

「はーい、お邪魔しまーす」

とインターホン越しにもよく聞こえるように、少し大きな声で返事をしてから、藤田家のドアを開けた。

 

今日は、浩之たちの通う高校で卒業式のあった日だった。

それぞれに進路が決まると、別れ別れになる者、また一緒の道を進む者…喜び合ったり別れを惜しんだり…様々な違いはあったが、皆それぞれとにかく今は楽しもうと、誰からともなく「三年間の打ち上げ」と称するドンチャン騒ぎが提案された。

学生時代…何かのきっかけで仲のよくなった者達で集まり、それぞれに分担を決めて、買出しへ向かう。

集合場所は浩之の家だった。こういうイベントには最適な場所だった。

マルチは、途中で道に迷い必死に藤田家を探してきたが、それでも約束の時間に随分と遅れてきてしまっていた。

「メイドロボならお使いくらい…」と張り切って出かけたというのに…と、落ちこみつつも、ようやく藤田家にたどり着いたのである。

「す、すみませ〜ん…途中で道に迷ってしまいましてぇ〜…」

マルチが応接間の障子を開けつつ謝ると…そこは…

 

……もう出来あがっていた……

 

「宴会」という言葉を絵に描くとまさにこうなるだろうか…。

飲むヤツ、飲ませるヤツ、飲まされるヤツ…まさに宴会場である。

「は、はわわっ…み、みなさん…ど、どうしたんですか?そんなに大きな声で…」

酔っ払いと言うものを見た事のないマルチには、周囲の状態はさぞ異様な光景に違いない。面食らって目が丸くなっている。

「おー、マルチじゃねーか。遅かったなぁ…ま〜た道にでも迷ってたか?」

浩之が、こちら気付く。

宴会の場と言うのは不思議で誰かがめずらしい事を言うと自然とみんなが聞いている。

「は、はい…あの、す、すみませぇ〜ん…途中曲がり角を間違えて、商店街の方に戻ってしまってぇ……え?」

いつのまにか、マルチの前にコップに注がれた透明な液体が差し出されている。

「あ、あの〜なんですか?」

キョトンとしてマルチが尋ねると…

「遅れた罰よ。お仕置きね。はい」

見ると志保だった。

随分と酒が回っている。顔が朱をさしていて、目も三白眼になっている。

無論酔っているからなのだが、マルチにはわからない。

「お、お仕置きですかぁ〜…。あぁぅ…で、でもわたし…飲食できるようには…」

…ずいっ

グラスが押し出される。有無を言わせぬ視線と言うのは、こういうものだろう。マルチは心の中で、本能的に無駄を悟った。

なんの事かはわからないが、みんな自分がこれを飲むのを期待しているらしい…という事だけは解った。

「は、は、はい〜…」

マルチは差し出された液体を手に取ると少し困った顔で周りを見渡す。

浩之が少し心配そうな顔をしているのがわかった。

「お、おい…マルチ。無理なら…」

「おおお〜!」

一呼吸遅かった…。

浩之が声をかけるのと、マルチが目をつぶって手に持っていた日本酒を飲み干すのは同時だった。

ぐいぐいっ〜という感じで一気にマルチが液体を飲み干す。なんの事かはわからないながらも、とりあえずみんなに喜んでもらえる…という事がマルチには優先した様だった。

…しかし、健気な精神からの行動が必ずしも報われるとは限らない…。

「に、に、苦いですぅぅ〜〜〜!!」

顔をしかめてグラスを開けたマルチに「おお〜〜!」という感嘆と拍手が送られる。マルチはなんの事かわからなかったので、

「え、え、え?」

と周りに正解を求めたが、どこにも見当たらない。そのうちに、マルチは自分の視界がグニャグニャと回り出したのに気づいた。

「あ、あれ?あれれ…?なにかカメラの調子がぁぁぁ〜」

そう言いつつも足元もおぼつかない。マルチには生まれてきて初めての感覚だった。

どこかが故障したのかと思った。

「し、志保さん。今の…なんだったんですかぁ〜?ぐ、ぐるぐるしますぅ〜」

いうなり、ペタンとその場に座りこむ、足のジョイントにも力が入らない。

「なにって…お酒じゃない。あんたもここに飲みに来たんだから駆付け三杯は基本よ。

き・ほ・ん」

そんな事を言う志保の後ろから…

「あ!マルチちゃん!」

と言う声が聞こえた。

「あ、あかりさん〜」

いつもの30%増しくらいのフニャフニャな声でマルチは呟く。

視界の中に映るあかりの姿もぐるぐるとしている。

「志保…マルチちゃんにお酒なんか飲ませたの?」

「う…だっ、だって…」

わずかに非難の色を帯びた視線を向けられ、志保が鼻白んだ。

「ヒ、ヒロも一緒に飲ませたのよ。共犯よ共犯!」

「うわ…お前、人を勝手に共犯にするなよ。どうみてもお前の単独犯行だろうが。」

急に振られて浩之がたじろぐ、

「アンタだって、止めなかったんだから、立派に共犯よ!」

「おまえなー…」

とりあえず、うやむやの内にいつもの口喧嘩が始まってしまう。

あかりは、それを見るとふー…っと短いため息を一つついて、足元でふにゃふにゃと目を回しているマルチの方を向いた。

「大丈夫?マルチちゃん…?」

「あ、あ〜か〜り〜さ〜ん〜…」

声まで回っている…。あまり大丈夫そうではなかった…。

「さ、マルチちゃん…こっち来て。浩之ちゃんのお部屋でしばらく休んでるといいわ」

そう言って、マルチを助け起こす。

「ううっ…す、すみませぇ〜ん。」

あかりはマルチの肩に手を回すと、マルチを抱え起こした。

マルチは見た目通りそれほど重くなく、あかり一人でも引っ張り上げる事ができた。

浩之の部屋まで連れて行くと…ベットにマルチを横にする。

ロボットに対してこういう時どうすればいいのか、あかりは当然知らなかったが、なんとなくマルチに対しては人間の子と同じようにすればいいのではないかという気がした。

「大丈夫?マルチちゃん」

もう一度、マルチに尋ねる。

「は、はいぃ〜〜…」

まだ、大丈夫でもなさそうだ…目がグルグルしているままだ。

「すみませぇ〜ん。あかりさん、ご迷惑ばかりお掛けしてしまってぇ〜」

「ううん、そんなことないよ…」

あかりはそう言って慰めたが、マルチはますます恐縮してしまう。

「ううっ…わたし、皆さんのお役に立とうと思っても、いつもあかりさんや浩之さんやたくさんの人に逆に助けられてばっかりで…」

マルチの目はもう、回っている上にウルウルしている。

メイドロボとして、少しでも多く人の期待に答えたいという気持ちが、マルチには人一倍強い。そのため、より多くの人の期待にこたえる事の出来る力を持っているセリオやその他のメイドロボットにマルチはいつも憧れているのだろう。

「本当にわたし…何やっても、どじでへたくそで……ううっ…ごめんなさいぃ〜」

アルコールが体内でどう作用しているのかは知らないが、多少涙もろくなっているようだ…。もともとの性格も由来しているだろうが…

 

「ううん…そんなことない。みんな…浩之ちゃんも、わたしも、志保だって、みんなマルチちゃんの事が好きだよ…。ほんとだよ…」

あかりは、そんなマルチの泣きそうな顔に手を添えて、前髪をかき上げてやった。

もし、マルチが仮に優れてないとしても、それはメイドロボットとしてである。

普通の女の子としては、マルチはとてもとても素直で純粋ないい子なのだ。

なによりマルチ以外の他のメイドロボットには、いくら多機能であっても今のマルチのように人を思いやったり、こんなふうに心からお礼を言う事ができない。

あかりはそれだけでも、マルチのほうが羨ましい幸せな女の子だと思った。

「……あかりさん…」

マルチは少し幸せそうに呟いた。ようやく体内のアルコールは多少収まったようだった。