藤田家の宴会
第4話「雅史、謎の女の子に言い寄られるの巻」


レミィによってステージができ、場の雰囲気が盛り上がってくると、それに比例して酔っ払いの数も多くなる。

だが、全員がおしなべて酒癖がいいとは限らない。

 

「ねえねえ…あなた…えーと…たしか雅史君?」

急に隣から声をかけられて雅史が振り向くと、いつからいたのかそこには腰まである艶やかな黒髪の女の子が座っていた。

「え?あ、えーと…たしか…来栖川先輩の…」

たしか、浩之に付き合ってて一度か二度あった事のある少女だった。

「妹の綾香よ。よろしくねー。」

そう言ってニコニコと微笑んでいるその顔を見ると…確かに雅史の学校の校庭で時折ぼーっと空を見上げている、来栖川芹香先輩とそっくりだった。

「あ、はい。よろしく。」

雅史は不意に差し出された手をしばらく見つめそれがようやく握手を求めるものであると気付いて一呼吸遅れて慌てて手を差し出した。

突然知らない女の子に話しかけられることは始めてではないが、やはり慣れてしまう事でもない。

特に目の前の女の子は、雅史の目から見ても驚くぐらいの美人だった。

 

ふと気付くと、綾香が自分の顔をジーっと見つめている。

な、なんだろう…?

だが、よくみると、ほのかに頬が桜色に染まっているような気がする。

それに唯一お姉さんの芹香とは対照的な、少し釣り目がちの瞳がどことなく笑っているような気がする

やはり彼女も酔っ払っているのだろうか?

雅史はさっきまで、一人で座敷の隅っこであかりと葵の作ったのり巻きなどをもくもくと食べていたせいでほとんどお酒が入っていない。

「あ、あの…なんですか?」

張りついたような愛想笑いもたどたどしく綾香に話しかける雅史。

当然だが酔っ払いの…しかも女の子の相手はあまりした事がない

相当気後れしてしまっている。第一同じ学年だというのにすでに敬語である。

「ふうん…ねえあなた。雅史くん?」

「…はい」

「今までに誰かに「カワイイ」って言われた事…あるでしょ?」

「はあ…?」

一瞬、雅史の目が点になる。

雅史は少なくても初対面の人と最初に交わす挨拶で、こんな事を言われた事は当然ながら…無い。

「あ、あの…?」

「んふふ…やっぱりあるのね?絶対あると思ったんだー」

ヤバイ…酔っ払いだ…見ず知らずの酔っ払いに捕まってしまった…

雅史は本能的にこの状態がなにかよくない事を招くような予感を感じた。

「い、いあ…そんなことは言われた事ないですよ…」

ずりずり…

座って握手した状態のまま、器用に後ずさりをして見せる雅史。

「え〜ウソ〜?おかしいわねえ…あなた男の子にしちゃかなりいい線いってると思うんだけど…?」

よく見ると目の前の女の子の目は、完全に新しいいたずらを思いついたばかりの子供の目になっていた……

要するに半笑いの目である

な、なにかヤバイ…雅史の中でよくわからない警報音が鳴り始めた気がした。

「や…、ハハハ…からかわないで下さいよー」

ブンブン…

そう言いつつも、先ほどからずっと握られっぱなしの握手をほどこうとする…

 

……ほどけない……

 

不思議な事に、なぜかこの少女に握られた手の平は…痛いわけではなかったが、どう振ってみても自分の手から離れなかった…。

 

…だ、誰か助けて…

なにか危険な雰囲気を発散している綾香にズリズリと近づかれ、雅史が泣きそうな顔であたりを見渡すと、たまたま空いたお銚子を持ってウロウロしていた浩之が目に止った。

「あ、浩之!!ちょっと、ちょっと…」

「ん?おお、雅史じゃねえか。なにやってんだ?」

ヒョコヒョコという感じで浩之が近づいてくる。こんな状態なんだから、見たら解りそうなものだ。浩之もやっぱりシラフではないのかもしれない。

「おお、誰かと思ったら綾香じゃねーか。なんでウチの学校の打ち上げに居るんだよ?」

「あら…まるで邪魔者みたいな言い方するわね。わたしは姉さんがついて来いって言うから仕方なく来たのよ。…まあむこうよりこっちの方が楽しいんだけどね。」

むっとした様子で怒った後、今度はカラカラと笑い出す。酔っ払っているので感情の起伏が激しいようだ。元々の性格もあるのかもしれない

「え?先輩も来てんのか?どこに?」

キョロキョロと辺りを見まわす浩之。雅史もつられて視線をやる…

すると、少しはなれたところで一人でノロノロとした動作でお調子をお猪口に注ぐ芹香先輩が見つかった。

「おー、ほんとだ。先輩来てるんだったら教えてくれればいいのに…おーい…芹香センパーイ」

そう言って来た時と同じようにヒョコヒョコといなくなる浩之…

 

…………

……

ああ、しまったぁ!

雅史がそう思ったのと、綾香がしてやったりという笑みを浮かべるのは同時だった。

「さて…それじゃ邪魔モノもいなくなった事だし……」

……ああ…あああ…逃げ場がない…

後ずさりが過ぎて、雅史の後には壁があるだけだった。

「ちょっとだけ……こっちに来てね。あなた素質あるわよ、きっと…」

「…………ちょっと待って下さい〜〜一体なんのですかぁ〜あぁ〜」

「ふふふ…もしかしたら癖になるかもよ〜?こういうのって目覚めちゃうとすぐだから…」

「ひゃゃゃぁぁぁ〜」

「大丈夫だって?少しだけ少しだけだから…」

ずーりずーり……

襟を捕まれて断末魔をあげながら引きずられて行く雅史の姿に気付いたものは、少し離れた所で、今では一つ下の後輩に話しかけられて少し嬉しそうにしていた黒髪の少女だけだった。

……しかし彼女は無口だった。

 

…さして数十分後、フリフリのドレスと頭よりも大きなリボンを付けた謎の美少女化した雅史が宴会場で目撃され、男共のおかしな色の入った喝采を浴びる事となった……