Channel Islands Guernsey Flag
Guernsey
Channel Islands Guernsey Les Vardes Les Fouaillages Le Trepiad Tomb Le Creux es Faies Passage Tomb La Table des Pions Batterie Dollmann Fort Pezeries Castle Cornet Guernsey Tapestry Guernsey Museum
2006/7/1(sat)~7/6(thu)

Channel諸島の最初の地は英国本土に近い方のGuernsey島にしました。フェリーの予約はPooleで宿を取ったついでにツーリスト・インフォメーションでやってもらいました。ネットで調べたり、手元のコピーを見てくれましたが、、”明日の運行はない”と言われてしまいました。コツがいるネットの予約で確認していたので、聞き返すと、フェリー会社に直接電話してくれ、予約を入れてくれました。
Channel諸島内のフェリーの時刻表が分からず、滞在日数を決めることが出来ないため、宿は事前に予約していませんでした。Pooleで取ることが出来ると思っていたら、無理だと言われました。フェリー会社で取ってくれるようなことをツーリスト・インフォメーションで言われ、出発の朝に聞いたらできないと。(夕方の到着の為)現地のツーリスト・インフォメーションも何時まで開いているかも知らないと言われ、到着ロビーに宿の情報があるので少なくともそこで確認できると。お昼過ぎの出発でしたが、フェリー・カウンターには早く行ったので、荷物を預け(カフェのトランク・ルームの中、メチャクチャ暑い)、Pooleの町中をちょっと散歩していました。
フェリーのチェック・インに慣れていなかったのでちょっととちりましたが、乗船の誘導に従って無事に乗ることが出来ました。座席は指定です。ほぼ満席で、隣には若い男の子(Englandのサッカー・チームのユニフォームを着ていた)が座ってきました。よくよく考えると、彼の席に私が座っていたかも知れません。窓側の2席で、どちらかよく確認せずに座っていたのです。彼は余り気にしていなかったようで、置いていた荷物をどけたらそれで良かったようです。沖に出ると船の中は退屈します。眠り込んで気が付いたらGuernsey島に到着するところでした。ここでデッキに出てみたのですが、その時に下船が始まりました。でも、回りの客は降りません。Jersey島まで行く人達だったことに気付いて、慌てて降りました。余裕は十分ありましたが。
ロビーの宿のリストがありました。しかし、電話が苦手なので、取り敢えずツーリスト・インフォメーションまで行ってみることに。そして、ラッキーなことに開いていました。宿は余りありませんでしたが、St.Peter Portの町中にある少々高めの所に決めました。取り敢えず4泊。2泊づつ部屋が変わるけど、土・日にかかる連泊で贅沢は言ってられなかったのです。

Guernsey島/ガーンジー島
Channel諸島で2番目に大きい島。英国本土から約113km、一周約161km、面積78km2、人口約65,000人。島の大部分に自然が残され、渡り鳥も数多く飛来し、1月だけでも449の顕花植物が記録されている程、年中花が咲いています。歴史的には、1066年に英国領土となって以来現在も引き継がれています。第2次世界大戦中は1940年から1945年5月9日までドイツ軍の占領下にありました。占領が終わった日は現在解放記念日となっています。地形は全体的になだらかで、山と呼べる高さのものはありません。島の北側には砂浜と岩場の海岸線が交互に見られ、南側は崖が続いています。有名な生産物の1つとして、ガーンジー牛乳があるそうです。商業的には近くのHerm島やSark島をカバーしているらしく、それぞれの島の人は日帰りの船で出かけて食料や雑貨を仕入れているようです。
首都はSt Peter Port。商業、交通の中心となっている町です。港にはフェリーなどの埠頭の他に、漁船やレジャーボートの渓流も多く、町の海岸通りの半分はこのマリーナに面しています。これまでScotlandの島々を渡り歩いた私にはこの町の大きさが大都会に等しく思えました。交通量も多く、少々幻滅した印象で島の滞在が始まりました。
St Peter Port
港から見たSt Peter Portの町
上記の地図で島を一周している赤い線が、私が実際に乗車したバスのルート(空港経由)です。その間を繋ぐようにある線は濃い黄土色が他のバスルート、薄い黄土色(わかりにくいようですが)がバスルートがない大きな道(と思います)です。St Peter Portは東(右)側の海岸に面したところにあります。色分けした部分は区分けされている地域ですが、飛び地になっている理由は分かりません。

Guernsey島先史時代の遺跡たち
宿にあった絵地図を貰い見回すと、”Heritage sites”の項目を見つけ、場所を確認しました。地図にはバスルートが書いてあり、一緒にもらってきた時刻表を見ると、日曜日も動いていました。しかも、時期によってルートが変わるところでしたが、運良く遺跡の近くを通ることになっていました。このバスルートは島を一周するもので、ついでにバスからの眺めも楽しめることになるのです。
  1. Les Fouaillages
    unknown dolmen新石器時代の埋葬塚。1976年に発掘され、元々の部分は紀元前4500年まで遡ります。ヨーロッパでもっとも古い構造をした1つです。
    絵地図にあった番号がゴルフ場の中にあったので、そのあたりをウロウロしていました。でもなかなか見つかりません。その内ゴルファーが”迷ったのか?”と聞いてきたので尋ねると、海岸に向かうように教えてくれました。そしてその途中に小ぶりのドルメンが見つかりました。これだと思ってそのままゴルフ場を出たのです。実はこれが間違いで、Ladies Bayと呼ばれる海のすぐ側にあったのです。つまりゴルフ場の外だったのです。このゴルフ場のサイトで航空写真を見ると確かにそれらしいのが写っていました。そして、紹介しているサイトも見つけました。教えてくれたゴルファーの言葉をもっとよく聞いていれば良かったのです。今になってとっても悔しいのです。どんな遺跡なのかは下に挙げるサイトで見て下さい。取り敢えず間違えたドルメンの写真を載せておきます。中に入り込める程の大きさです。
  2. Les Vardes
    Les VardesGuernsey島最大の石室を持つ墓です。重さ10トンを超える長さ10mの冠石が特徴です。
    新石器時代の紀元前3000-2500年に造られ、青銅器時代の後期紀元前1000年頃まで使われていました。冠石は入口から後部まで段階的に配置されています。 石室の北西の隅では楕円形に小さく窪んでいます。ここは19世紀に軍事訓練中に発見され、1837年にFC Lukisによって人間の頭蓋骨と骨が発掘されました。大量の焼き物、火打ち石や他のものが発見され、塚が紀元前3500年から2000年頃まで使われていたことを示すものでした。
    こちらは正真正銘、ゴルフ場の中にあります。このすぐ側に大きな石板が立っていたので近づいてみたのです。石板には”2000”という数字が彫り込んであり、遺跡ではないことが分かりました。そして振り返るとこの遺跡がありました。(ここで遺跡の説明板があったのに、前の遺跡にはなかったのでおかしいと気付けば良かったのですが。)
    石室の入口はちょっと身を屈めないといけませんでしたが、中は十分に高くて広くなっていました。埋葬品などは博物館に展示されているので全くありません。大きな石室のみがありました。やっぱりお墓なので、何となくヒンヤリします。この石室の上にも登ることが出来ますが、自己責任で足元に注意するようにとあります。冠石が剥き出しになっている所があり、2枚の石板の間があいていて、足を突っ込んでしまうと危ないからです。塚は小高い所にあり、その上からは360度のパノラマが楽しめます。
  3. Le Trépied Tomb
    Le Trépied Tomb先史時代の石室付きの塚で、島内の他の墓と同じ時代のものです。新石器時代の紀元前3000年から2500年の間に造られ、青銅器時代後期の紀元前1000年くらいまで使われていました。焼き物、火打ち石、石道具などの副葬品が遺灰とともに埋葬されていました。瓶型をしていて、長さは5.5mで、3枚の冠石がのっています。縁石や盛り土があったかは不明です。1840年にFC Lukisによって発掘され、その時に紀元前1800年頃のビーカー型の焼き物とやじり石が発見されました。墓はGuernsey島の魔女達の集会場として悪名高く、金曜日の夜の宴会は伝えられている所では(悪魔の?←説明板が削られていたので不明ですが、文面から判断するとおそらく”悪魔”でしょう)手先で、裁判が行われた17世紀に繰り返されたと記述されています。
    バスの運転手がよく知らないのか、かなり手前で降ろされました。近づいても案内がなかったのですが、”National Trust”の看板を森の中に見つけて入ってみると開けた高台の上に見つけました。じっくり見た後、その先の方へ進むとMont Chinchon Batteryという砲台を見つけ、更に下っていくと、案内板がありました。他の訪問客はそれを見て上がってきていました。時計回りに回るとちゃんとその案内板があります。(お察しと思いますが、時計回りとは逆に回っています。)石室の中にも屈み込んだら入ることが出来ます。子供はそのまま入っていましたが。
  4. Le Creux ès Faies Passage Tomb
    Le Creux ès Faies Passage Tomb先史時代の墓で、島で見られる素晴らしいものの1つです。これらは先史時代紀元前3000年から2500年の間に造られ、青銅器時代後期の紀元前1000年くらいまで使われていました。石室の中には焼き物、火打ち石、石道具を含む副葬品が遺灰とともに置かれていました。長さ9mで、狭い入口の奥には丸く広がった石室があります。元々あった冠石の内2つが残されていて、構造としては全体に覆われていたと思われます。盛り土が元々墓を覆っていたようです。周りを囲っている(再配置された)縁石は盛土の北側で見ることが出来ます。1840年にFC Lukisによって発掘され、紀元前1800年頃のビーカー型の焼き物とやじり石が発見されました。
    3.の遺跡から海岸縁を少し歩いた所にあります。森の中へ入っていくと、大きな砲台があり、”これじゃないよね?”と地図の説明文を確かめながら進みました。駐車場に出た所で、このあたりと振り返ると盛り土が見つかりました。盛り土を回ると入口が見つかりました。ここの入口は高くてそのまま入ることが出来ました。石室の中をデジカメで写真を撮ろうとしたら、ウンともスンとも動きません。電源も落とせません。慌てて外へ出て、電源を押したらやっと落ちました。再度電源を入れるとちゃんと動き出しました。いったい何だったのでしょう? 祟り? 気を取り直して、もう一度撮影に挑戦。今度をちゃんと動きました。今回の旅での不思議体験でした。
  5. La Table des Pions
    La Table des Pions<BR>ノルマン時代から19世紀まで休憩所として役人達に使われていました。その一方では道路と海の防衛を調査するためでもありました。地元ではFairy Ring(妖精の輪)として知られています。
    宿にあった島のガイドブックの写真を見て、興味をそそられた遺跡でした。きれいなストーン・サークルに思えたのです。そして着いた途端、”ちっちゃい!”と。真ん中の円形の草も禿げているし。”Fairy Ring”の雰囲気が感じられませんでした。それでも、行かず仕舞いで後々気になってしまうより、行った方が良かったのです。この近くに戦争中の遺跡があったのでついでに見学できたので、無駄足とは思っていません。
その他の名所等
Guernsey島にはその他、色々な名所があります。実際に訪れた所もいくつかありますが、時間の都合で訪れなかった所も多くあります。訪れなかった所で代表的な所も含めて紹介しておきます。
  1. Guernsey博物館 &アート・ギャラリー
    1977年に造られ、公開されています。1994年には拡張され一新されました。3月27日-10月31日は10-17時、11,12,2月は10-16時開館、1月は閉館。有料。
    展示物の大半がFerderick Corbin Lukisの遺品です。彼はこの島の遺跡を発掘調査した人で、上記に挙げた遺跡を私が見ることが出来たのも彼のおかげでした。それで、とっても親しみを感じてしまいました。その他に島で集められた収集品も展示されています。その中に日本の”布袋”さんの像もあったりして、この島が貿易が盛んだったことを伺わせます。建物は坂の上にあります。”前庭からSt Peter Portの町が見渡せる”とあったのですが、両側が木に遮られていて、一方向しか見えませんでした。
  2. Guernsey Tapestry
    Guernsey島の歴史と生活を10枚のタペストリーで表現したユニークな展示館です。冬期(11月-イースター)は木曜日のみ10-16時、他の時期は月-土曜日の10:00-16:30の開館。有料。
    博物館から少し下った所にあります。建物の中に入ると受付がありました。タペストリーを見たいと言ったら、階段を下るように言われました。展示館はDorey Centreの一室にあり、その受付はセンターの総合案内所でした。入場料を払うと、オーディオ機器を渡されます。番号を押すとそのタペストリーの説明を聞くことができます。勿論日本語はなく、英語を渡されますが、絵を見ながら聞くので結構分かります。部屋の中央にベンチがあるので、座って聞くことができました。タペストリーは十分に大きいので、離れてみる方が良いと思います。たったこれだけでしたが、十分に楽しめました。売店の隅にはタペストリーの作り方が実物で置いてありました。
  3. Castle Cornet
    Castle Cornet初期の城は後にEngland王となるJohnによって島の防衛のため1204年のノルマンディが放棄した後の13世紀後期に建設が始められました。Englandの市民戦争が1642年に起こった時、Guernsey島は議会側につきましたが、Castle CornetはSir Peter Osborne長官の元にあって、Charles一世の王室に残り、9年間包囲に抵抗しました。1672年12月29日の夜中、天守閣の下の弾薬庫に貯蔵されていた火薬に火が付けられました。Hatton卿長官の妻と母親を含む数人が死亡しました。18世紀には兵舎が加えられましたが、1812年にFort Georgeに新しい駐屯隊の本部が完成したことによって、砦としての役割は落ちました。1860年に城が島の本島と最初に防波堤で繋がれました。1940年のFrance陥落後、ドイツ軍がChannel諸島を支配し、大西洋の防壁の一部として要塞化されました。Castle Cornetは港と空の防衛の重要な機能を担って役が上がりました。1947年国王George6世が2つの世界大戦の間の忠誠を認めて、島の人々に贈りました。現在は、Guernsey州の遺産委員会によって維持され、一般に公開されています。
    到着した日の夕方、港を歩いているとこのお城が目立って見えました。入口で毎日公開(その日は夕方なので閉館していました)されていることを確認し、後日見学しました。結構大きなお城なので2時間くらいかかることは分かっていましたが、その後に行きたい所があったので、急いで回りました。あちこちある狭い通路や階段をグルグル回っていました。ここの庭園も名物だそうです。そして、城壁のあちこちには砲台がありました。これは第2次大戦の名残で、大砲が回るように造られています。また、中に海洋博物館とHattonギャラリーがあり、見学は自由です。海洋博物館はScotlandでかなり見てきたので、とりたてて目新しく感じませんでした。ギャラリーの方はちょっとは見るものがあったようですが、時間が無くて、少し覗いただけで終わりました。
  4. Fort Pezeries
    Fort PezeriesRocquaine湾の南側への上陸の可能性に対する防衛のために建てられ、1680年には3.5インチ(約9cm)の大砲が設置されました。Rocquaine城は、現在Fort Greyとして知られていますが、湾の北側をカバーしていました。18世紀には2つ目の花崗岩の砲台とマスケット銃の階段が造られました。南東の隅の大きな稜堡(リョウホ)は信号柱としても使われていました。第2次大戦中、ドイツ軍が小規模の連帯を駐屯させ、切り立った西側の壁の上に地対兵器用の場所を造りました。
    ここも島のあちこちの岬にある砦の1つですが、出入り自由です。現在残っているのは城壁と弾薬庫のみです。上から見ると星形をしているそうです。上記のLa Table des Pions(通称Fairy Ring)を見るために訪れた時に近くにあったので寄ってみました。Torteval地域のPleinmontと呼ばれる大きな岬にあります。駐車場からここまでの道は一般車両は通行禁止ですが、徒歩はOKです。
  5. Batterie Dollmann
    Batterie DollmannFrance最後の砲台です。ヨーロッパでは重量10トン、口径22cmの典型です。
    Fairy Ringから崖の上のパスを歩いてやっと見つけました。この前後に見た砲台には既に大砲はありませんでしたが、ここには大砲がありました。ただ、近づけないように有刺鉄線で囲われていました。近くの海に突き出ている崖の上には砲台の塔が並んで建っていました。すぐ手前にはPleinmont Watch-House(見張り小屋)と言うのがありました。形をとどめていないのですが、説明板があったので何とか分かりました。ついでに訪れたのですが、わざわざ訪れるようなものではありません。
以下は、訪れていない所です。
  1. Victor Hugo's House
    日本でも「レ・ミゼラブル」などでも有名なVictor Hugo(ヴィクトル・ユーゴー、 1802年2月26日 - 1885年5月22日)が1856-70年にこの島に滞在した時の住まいでした。「レ・ミゼラブル」はここで書き終えたと言うことです。現在はParis市が所有し、ガイドツアーが行われています。St Peter Portの町の南にあります。4,5,6,9月は10-12時と14-17時、7,8月は10-17時、月-土曜日の開館、有料。
    Herm島で会ったドイツ人夫婦に勧められたのですが、文学に疎く、他を回るので精一杯だったので、訪れる時間を作れませんでした。
  2. Guernsey Folk Museum
    National Trust of Guernseyによって運営され、Saumarez Parkの一角にあります。リンゴ酒小屋、洗濯小屋、乳牛、農機具、蹄鉄などを含む昔の生活用品を集めたものが展示されています。3月15日-10月31日の毎日10-17時開館、有料。
    町の郊外にあり、バス・ルートも3本あります。回りの庭園などを見学するとなると1日がかりになるので辞めました。
  3. Fort Grey Shipwreck Museum
    Fort Grey Shipwreck Museum地元では”the Cup and Sauser”として知られ、島の西海岸を見渡すことが出来ます。Martello塔は、現在Shipwreck Museum(沈没船博物館)となっていますが、1804年にFranceに対する防衛のために建てられました。2つの大戦中は有人でしたが、1976年に復元され博物館に変わりました。4月12日-10月31日の毎日10-17時の開館、有料。
    バスで島を一周した時に見えました。Le Creux ès Faies Passage Tombを見た後や、Pleinmontに行った時に、近くに見えていました。しかし、円塔が白く塗り立てられて回りから異様に目立つ建物が気に入らなくて、行く気が起こりませんでした。歩いても大して時間がかかる所ではなかったのです。取り敢えず何でも写真に、ということで外観だけ撮ってきました。余り大きい建物とは思えません。

Guernsey島での滞在は島内だけでなく、近隣の島へ日帰り旅行も行ったため、時間的にはあまりいなかったと言えます。また、あちこち行きたいため更に滞在しないといけなくなり、当初の4泊を6泊に延長しました。最初の予定では2日程、滞在地を決めていなかったため、他の滞在を詰めるということもなく、諸島内の滞在を楽しむことが出来ました。宿も泊まっている所が幸いにも空いていたので滞在費は高くなりましたが、移動の時間を取られることもありませんでした。近隣の島のことは、別ページに挙げますので、そちらを参考にして下さい。

  1. Visit Guernsey(英語):Guernsey島の観光局のオフィシャル・サイトです。
  2. Guernsey Island Life(英語):Guernsey島に関する情報です。島に残る先史時代の遺跡が紹介されています。
  3. Guernsey Museums & Galleries(英語):Guernsey島にある3つの博物館の紹介サイトです。
  4. Victor Hugo(英語):Victor Hugoに関するページです。
  5. National Trust of Guernsey(英語):National Trust of Guernseyのオフィシャル・サイトです。Guernsey Folk Museumに関する情報があります。
  6. Guernsey Bus(英語):バスのルートや時刻表を調べることが出来ます。