Inveraray

2010/6/20(sun)~6/22(tue)

Glasgowをお昼過ぎのコーチ(日本で予約済み)に乗りました。Buchanan Bus Stationへ行くと大勢の乗客が待っていました。満席か?と思っていましたが、予定のコーチが到着した時にスタッフの説明で、二手に乗客が別れていきます。一方は目の前のコーチ、もう一方は隣のスタンスに入ってきた同じ行き先のコーチ。私はどちらに乗るのか分からなかったので、スタッフに聞いたら、隣の方でした。こちらの方が乗客が少なく、ゆったり乗ることが出来ました。最初の方は何かの団体(スポーツ関係か学校関係?)のようでした。同じ時刻の出発で、並んで出発したはずと思ったのですが、途中から、もう一方のコーチは見えなくなりました。Inveraray到着時も見えなかったので、あのコーチは何だったのか不明です。
宿はバス停近くの中央通りにあります。これも予約済み。ドアの前で予約票を出そうとした時、後ろからおばさんに声をかけられました。この方が宿の方で、到着時刻を知らせていたので、直ぐに私と分かってくれたようです。部屋の窓は宿の裏側を向いています。つまりLoch Fyneの方になるですが、その手前に家があり、それぞれの裏側。眺めとしては楽しむことは無理なようです。

今回は2度目の滞在ですが、前回(2002年)、折角滞在したのにInveraray城の中を見学できなかったのが残念で、その内に機会を見つけてと思っていました。今回、旅程や宿の関係で、Glasgowの後の日程が開いてしまい、移動のルート上にあるこの町に再び滞在しようと思ったのです。到着後直ぐにツーリスト・インフォメーションへ行きInveraray城の情報と共にその他の名所などの情報を手に入れました。そして分かったのはInveraray城は通年開館となっていたことです。前回は休館日(金曜日)に入館しようとして入ることが出来なかったのに、今回はその休館日もなくなっていました。8年間に変わったようです。また、前回と違いお天気にも恵まれ、街中や森の中を気持ち良く散策していました。
Inveraray Town
Inveraray TownInverarayはA83上のLoch(入り江) Fyneの美しい江畔上にあります。町の印象は白い建物が絵のように並んでガヤガヤした小さな町を占めているというものです。町ではユニークなお店やレストランを見つけたり、アトラクションを経験できるでしょう。Inverarayは1700年中期にCampbell氏族の長、第3代Argyll公爵によってそれ以前にあった漁村の側に作られました。彼はお城を再建するための場所を確保するために元の村を壊し、Scotlandで最も魅力的名村の一つである新しい村に人々に新しい住居を与えました。
<Mid Argyll~Inveraray>
何世紀もの間Campbell氏族の本営だったInveraray城はScotlandの最強の一族の1つの歴史を魅惑的に物語っています。第3代Argyll公爵Archibald卿は建築術の宝石である18世紀の家々と公共の建物に対して責任を負っていました。名高い建築家Roger Morrisの助けを受けて、”計画された町”が作られました。他の多くの作業はRobert Mylneによって付け加えられました。教会、いくつかの居住区、お城の内部の一部、いくつかの橋の1つです。John AdamはArgyll Arms Hotelと2つの橋に対して責任を持っていました。Inverarayは法廷の中心地で、19世紀の監獄と裁判所は現在魅力的な観光地となっています。町を見下ろすDuniquaichは、頂上に見張り台がありますが、森の中の散策の後にデザインされた緑地、お城、町を見渡すパノラマを楽しむことが出来ます。
Argyllの公爵達はArgyll全域にある多くの土地に責任を持っていました。たとえば、1712年Argyllの当時の公爵夫人はCampbeltownの波止場にある建物を調査しまし、こうして町の発展に貢献しました。勿論、町は夫の家族にちなんで名付けられまいした。ここからA83をMid ArgyllとKintyreを聖人達と王達の足跡を辿ることが出来ます。
Inveraray Castle
Inveraray Castle現在のInveraray城はバロック式、パラディオ式、ゴシック式が一体となった珍しくて独特なお城です。
一般公開され、その外観と同じくらい素晴らしい内装を誇っています。さらに家具と絵画の素晴らしいコレクションやRob Royが使った伝統的なハイランドの短剣を含む膨大な兵器もあります。
お城は1745-1790年に建てられ、Argyll公爵と公爵夫人の本拠地で、Campbell氏族の先祖代々の中心地となっています。櫓のある不思議な外観と異なり、内装は上品で豪華です。中にはマスケット銃、斧、だんびら(幅が広い剣)、Cullodenの戦いから持ってこられた剣、フランス式のタペストリー、ヨーロッパ式の家具、沢山の絵画、そして、Campbell一族の記録が展示されています。
現在の城主は第13代Argyll公爵。先代の第12代Argyll公爵は2001年に亡くなっています。一族の歴史を飾っている部屋には第13代Argyll公爵と公爵夫人の仲の良い写真や、結婚式の模様などが展示されています。4-10月の毎日10:00-17:45の開館(最終入場は17:00)。
入場券は駐車場の入口で購入するようになっていました。中へはいると、大きな荷物は入口の脇にあるテーブルの下に入れるように指示されました。撮影禁止なので、カメラのバッグも置いて身軽に見学していました。玄関ホールには一族の歴史などの展示、両脇の部屋は食堂や応接室になっています。食堂を見ようとしたら、団体(非英語圏)がドッと入ってきたので、その先にある小部屋で暫く食器の展示を見ていました。こんなお城や屋敷には必ずこんなコレクションがあるようです。2階は寝室や書斎がありました。最後に地下にある台所を見るわけですが、ここの先は出口。入口に荷物を置いてきていたので、地下には行かずに玄関から出ることになりました。台所も面白うそうなのに…と思ったのですが、同じく地下にある売店とティ・ルームに入り買い物と昼食を済ませた後、ふと案内を見ると、その台所が見学できるようになっていました。ここだけは入場料不要?隣がティ・ルームなので、良い香りが漂ってきて台所らしい雰囲気になっていました。
Castle Gardens<The Formal Garden>
中央の小道が境界線となってそれぞれに芝生と植え込みがあります。その境界線は’旗の境界線’として知られています。その小道はScotlandの国旗St. Andrew's Crossの形になっています。この境界内には、美しいサクラの’ウコン’とコヒガン(バラ科サクラ属の植物、サクラの一種)がある泉があり、シャクナゲ、Eucryphia(日本語不明、低木らしい)、様々な灌木、とハーブの草が植えられていて、年中楽しませてくれます。
以前、門の外からちらっと眺めて、入場不可らしくこの美しい庭園を見ることが出来ないと思っていました。しかし、町へ戻ろうとした時にその門が開いていて、”チケットを持っている人のみ入場可能”という説明書きが見えました。”入れるんだ”と、喜んで入場。これとばかりに庭の隅々まで歩いて回りました。中にはベンチもあり、歩き疲れると休憩も出来るようになっていました。小道沿いに植えてあるハーブ(と思う)が珍しく感じました。右上のお城の写真はそのお庭の方から撮ったものです。
Standing Stone町からお城までの道は今回で3回目。その横の生け垣の向こうにスタンディング・ストーンを毎回確認しながら歩いていました。近づけるようなのですが、入口が分かりません。今回良く見ると、サッカーグラウンドの直ぐ横に立っていました。グラウンドに入ることが出来れば近付ける訳です。勿論グラウンドは公共施設なので、誰でも入ることが出来るのです。入口は後で探そうと思いつつ歩いていたのですが、その生け垣が切れると、その先はグラウンドの入口(しかもかなり広い)でした。その目の先にこのスタンディング・ストーンがありました。こんなに簡単に近付けるなんて思っても見ませんでした。今まで何をしていたのでしょう!
The Watch Tower on Dun Na Cuaiche
Dun na Cuaiche(標高248m)の上にあるモニュメントはInverarayからの目立つ目印です;そこからは素晴らしい眺めで、4.5km(2.75マイル)の丘を回る道を1.5~3時間かけて歩いてそこに上ることが出来ます。
丘の名前は文字通り’カップ、ボウル、または酒杯の丘’という意味で恐らく頂にある窪地のためにそう呼ばれているのでしょう。この形状を作り出した芸術作品は塔が建てられた時またはそれ以前の鉄器時代の発掘のためと思われています。
塔は’廃墟の模造品’と言われ、Roger MorisとWilliam Adamがデザインし、1748年に総額£46で建てられました。その目的は全くの飾りで、お城や町から眺めた時に空に映えるためです。丘の急な斜面の端に器用にしかし頂上に確実に立っています。屋根は1989年に大規模に修復されました。この眺望が効く位置からは景色が過去300年を超えてどう展開してきたかを見ることが出来ます。
View from Dun Na Cuaiche
Dun Na CuaicheからのLoch Fyneとその東側の山々、中央にInverarayの町、そして右端が塔;中央の人達が先を越した3人組
前回の滞在で泥濘にはまりそうになりながらこの丘に登りました。今回は止めておこうと思ったのですが、お城と庭園の見学の後、まだ時間と気力があったので再び上ってみることにしました。その前に少し迷いがあったので、西側にある鳩小屋まで行ってみようとしましたが、私有地なので近づくことが出来ず、その側から流れるAray川沿いの道を歩き回っていました。木々に囲まれて結局回りの様子が分からない状態でしたが。それでも尚時間が余ったので上ることにしたのです。今回はお天気続きで道もぬかるんでいないはずなので、歩きやすいと思ったのです。
前回、2つのルートがあると思っていたのですが、実は3つありました。その内の2つを上り下りしていたのですが、このルートのスタート地点でこの2つが危険で入場禁止になっていました。残る1つが入場可能で、黒い矢印に従って進むと頂上まで登ることが出来るとありました。その矢印に従って歩くと、最初は車も通行可能な林道でした。ずっと登りなのでそんなに速くは歩くことは出来ませんが、道が乾いているので歩きやすい方でした。その林道の終わりに、森の中へ入る矢印がありました。こんな所を進むの?と思いましたが、飲み物を飲んで小休憩をしている間に後ろから来た3人(フランス人の親子らしい)連れがさっさと入っていきました。こんな所に来る人は他にもいるんですね。その3人に少し遅れて森の中の道を入っていきました。この道は人が歩いた跡がある程度で、僅かに階段があるような道です。たまに木が倒れてその下を潜ったり、段差が大きい石の上を進んだりしていました。その内に森を抜け頂上に近づいたことが分かります。その場所は前回歩いて上った道に合流しています。ここには前回上った道には通行止めがあり、今回使った道には矢印で指標が立っていました。ここからはまた林道のような幅広い道です。
頂上に着くと先の3人が見えません。そんな馬鹿なことはない、と思っていたら、塔の中に入っていました。この中って、入ることが出来るんだ!前回は入っていません。私はひとまず上の方のベンチに陣取り、回りの景色を先ず楽しんでいました。北の方の山の斜面には前回覚えがない風力発電の風車が7~8基立っていました。Clachan Flats Wind Farmというらしく、北東の丘Clachan Hill(658m)の斜面にあり、2009年に完成したそうです。Scotlandの山々は変わらないと思っていましたが、たまにこんなこともあるようです。
先の3人組が去った後、塔の中に入ってみました。中へ入る段差は少し高く感じました。中は何もないがらんどうの状態です。取り立ててな特筆することもないような状態です。眺めは外で見ているので大したこともありません。東側のちょっとした高台から下の谷を眺め、ここに上る前に歩き回った辺りを確認していました。下りはちょっとしたこと(デジカメを落とした、でも壊れなかった)はありましたが、無事にお城まで着きました。往復2時間程でした。

Lochawe
お天気が悪くなることもあるので、この町には1日余分に泊まることにしていました。しかし、1日目で目的は果たしたので、残りの1日をどうするか決めていませんでした。ツーリスト・インフォメーションでもらった資料の中に、町の南のAuchindranという村に野外博物館があるとなっていました。しかし、それ程興味は引かれませんでした。この旅の前に友達からObanからGlasgow方向に進んだ所にLoch Aweという湖があり、そこの中にあるお城の話を聞きました。興味があったので調べていたのですが、Inverarayからも近く、またツーリスト・インフォメーションでそのお城の絵葉書を見つけたのです。Obanから行ってみようかとも思っていたのですが、Oban滞在時には他の場所も考えていたので、ここで思い切っていくことにしました。Obanからは鉄道も使えますが、Inverarayからはバス(コーチ)のみです。時刻を調べると1日3本で、朝行って夕方に戻って来られるような時刻でした。
Kilchurn Castle
GlenorchyのCampbell氏族の本拠地でした。初期の建物は1460年頃に建てられました。最後の改装は1698年のJacobite蜂起時に3つの師団の宿泊のために行われました。恐らくBritain本土で最古の残存する兵舎でしょう。1760年代には見捨てられました。Dunoon/Inverarayへ向かう道(A819) とLoch Awe村へ向かう端の間の道(A85)の横に小さな非公式の駐車場があります。
Kilchurn CastleGlenorchyの初代のColin Campbell卿(1485年死去)はここに城館を建てました。島には唯一の土手道を使っての往来は1449年より前には時々、その後には度々行われていました。お城は次の2世紀に渡って 何回も増築や改修が行われましたが、1690年代には施設軍の本拠地の隠れ家としてすっかり外観を変えられました。
1689年のハイランド戦争に対して、伯爵はお城の改造に取りかかりました。彼自身の軍隊の本拠地に対してBritain最初の兵舎を建てました。1715年と1745年の2回のJacobite蜂起での政府軍に使われましたが、この高価な新しい兵舎が実際に使われたということは余り知られていません。お城はその後やがて、塩と魚の保存のためにKilchurnの’魚貯蔵庫’として使うことを願い出たLoch Aweの鮭や鱒の漁師に貸し出され、住居としては放棄されました。城館はお城の初期の状態を残していて、建設者でGlenorchyの初代地主であるSir Colin Campbellの住居でした。最初に建設された時には、1440年から1460年の間の内のある時期ですが、主な通路は入り口を通って、中庭からの一続きの階段を上って着いていました。そこは直接ホールまたは大食堂に続いていていました。
Inside of Kilchurn Castle15世紀の僅かに現存している元々の特色的なものとその修復されたものはそのために危険になっています。大きな暖炉の後は現在全て無くなっています。しかし、離れた壁には、4つの出入口があったことが見受けられます。それらの内の外側の2つは小さな小部屋または私室に繋がっていて、それぞれ半円形に作られていてトイレになっていました。;右側のトイレは隣の部屋から入る小部屋になっていて、短い階段を上がるようになっています。左側の中央のドアは下の貯蔵庫へ入る別の階段に繋がっていました。恐らくそれは食料と飲み物をホールに運ぶための階段だったのでしょう。
塔の上部の階は右側の壁の階段に繋がっていて、現在はなくなっているドアを通って主要な入口のどこかに繋がっていました。3階には、4階にある別の2つの私室に通ずる個別の階段を通る2つの私室があり、そして、(1550年以降ですが)松ヤニが塗られた木製の屋根の下には屋根裏部屋の別に2つの私室がありました。
城館は城主およびその直近の家族に加えて他の人間が泊まるには余りに小さすぎました。そのため、1475年から1575年の間、Colin卿の息子Duncan Campbell卿が中庭の下に広々としたホールを作り、後に別の建物も加えられました。
お城がある島へは土手道が作られ陸続きになっています。また、Loch Awe駅から船で行くことも出来ると聞いていて、地図にも航路が書いてありました。船が面白そうだったので、バスに乗る時にはLoch Awe駅の近くで降ろしてもらうよう頼んでいました。駅の手前の案内には、ホームを跨る橋を渡って船着き場に行くことが出来るとありました。向かいのホームに渡った所で、人の声が聞こえてきたので、船を出すのを待っているのかな?と思って船着き場まで。そこにいたのは2人の釣りをしている男性でした。1人が私を見て”何にもないよ”と。”ここからあのお城まで船があると聞いていたが?”との質問に”もう船はない。道路(幹線道路A85)に出て、この湖(Loch Awe)を回ったら行けるよ”と教えてくれました。それは今バスで来た道を戻ることになるのですよ。バスでお城の入口で降ろしてもらったら良かったのですが、今更どうしようもないので、歩いて向かうことにしました。Inverarayのツーリスト・インフォメーションで確認しておけば良かったのに…道は分かっているし、歩いても1時間弱と思って歩き始めました。入口もストリート・ビューで見ていたので、案内はなくても分かります。その手前に鉄橋があるのでそれも目印になります。ただ、道が幹線道路で、歩道があるのは村の外れにあるホールまで。その先は大型トラックがビュンビュン飛ばしている道路脇を歩く訳ですから、気を遣います。
思ったより早く40分くらいで入口に着きました。その先は遊歩道を進みます。この道が大変と聞いていたのですが、どうやら雨でぬかるんでいる時らしく、この時はお天気続きだったので何の問題もありませんでした。お城に着くと先ず、その先にある小島に行きました。こちらも濡れることなく渡ることが出来ます。干潮時に道が現れるような状態らしいですが、このLoch Aweは湖で潮汐はないのでお天気次第なのかも知れません。その小島の横を通ってお城の東側にある船着き場に船が行くことが出来るようでした。しかしこの時この水路は狭くて浅くなっていました。どうやらそのために船が出なくなったようです。私がいる時には、カヤックで来た人がいましたが、その水路はそれくらいの船しか通ることが出来ない状態でした。
お城は先ず外側を回り、その後中へ。入口は扉はありますが、出入り自由で、放牧されている羊が入らないようになっているだけです。廃墟なので、天井はありませんが、塔の2つには階段が設けてあり、上の階に上ることが出来ます。上からは回りの景色を眺めることが出来ます。その眺めの説明板もありました。このお城は人気もあるようで、見学者は途切れることなく来ていました。と言っても、団体は来ないので、ゆっくり見ることが出来ます。
上の右の写真は船着き場からのお城、左は中庭から北側の塔(右写真の右の塔)の様子です。
Saint Conan's Kirk
St Conan's Kirkこの教会の建築様式とデザインは独特です。世界中の人々が訪れています。骨のかけらがあるRobert the Bruce礼拝堂はDunfermline修道院にあるRobert the Bruceの墓からのものと思われています。訪れる価値があります。ObanからA85で40分程東に向かった所の、Loch Aweの湖畔の村Lochaweにあります。
Kilchurn城を見学した後、夕方のバスまで十分時間があったので、隣の村Dalmallyにも素敵な教会があると書いてあったので先ずそちらに向かいました。バスでInverarayから向かう途中に立ち寄る村です。バスからは教会は確認できなかったものの、バス停の側のホテルの近くにあるとなっていました。しかし、この村はバスでもちょっと時間がかかったような記憶がありました。そして、いくら歩けども村に近づいた気配がしなかったので、諦めてLochaweの方へ戻りました。こちらは距離が分かっていたからです。Kilchurn城の入口に辿り着く前に親切なおじさんが拾ってくれて助かりました。Lochaweにもちょっとした祈念碑とこの教会があるとなっていたのです。祈念碑は駅の側とあったのですが結局見つかりませんでした。教会は駅にあった簡単な絵地図で方向が分かりました。森の中にあるような位置でした。
その方向の山道を歩くと、St Conan's Towerという看板を見つけました。建物も立派ですが、教会は一般開放されているはずですし、入り口が閉まっていました。個人宅?と思って違うようなので更に進むと行き止まり。教会はありません。結局諦めて、バスを降りた辺りで帰りのバスを待つことに。しかし、時刻表を良く確認すると村のバス停はSt Conan's RoadのJunctionにあるとなっていました。絵地図を確かめると、ずっとObann寄りの向こうです。駅の所でもバスは止まってくれると思いましたが、心配なので、そちらのバス停に向かうことにしました。そして、かなり歩いてバス停に近づいた時にこの立派な教会を見つけたのです。絵地図があまりにいい加減なのでした。まだ時間があったので、急いでこの教会に入りました。外観も立派ですが、中も良かったです。テラスからはLoch Aweの湖を眺めることが出来ます。もっと時間があったらゆっくりできたのに残念です。行きのバスを降りる時運転手に村の中か教会で下りるのか聞かれたのですが、こんな立派な教会ならばわざわざ下りる人もいるのでしょう。見逃さなかっただけ幸運だったとしておきます。
バス停は教会の直ぐ南にボックスがあり、ここは確実に止まってくれます。ルートはLoch Aweの湖沿いを走ります。勿論隣の村Dalmallyにも寄りますが、ここの教会は確認できなく、また行きに遠かったという感覚は間違っていませんでした。帰国後、ネットで場所や教会の位置を確認してみました。ホテルは村外れの東側なので距離もあり、教会はホテルのすぐ側でもないようです。ネットの写真で見るとこちらも立派な教会のようです。

  1. Inveraray-Argyll Information(英語):Inverarayの町の旅行情報のページです。
  2. Inveraray Castle(英語):Inveraray城のページです。
  3. Kilchurn Castle(英語):Historic ScotlandのKilchurn城のページです。
  4. Kilchurn Castle(英語):Undiscover ScotlandのKilchurn城のページです。
  5. St Conan's Kirk(英語):Undiscover ScotlandのSt Conan's Kirkのページです。