Colonsay

2017/7/11(tue)~7/14(fri)

Obanには島帰りで何度か宿泊していますが、やはり見逃したりした所があるので今回も宿泊することに。前回はお天気の都合で行くことができなかったこともあったので、余分に日程を取っていました。、無事にその予定を消化し、ついでに他の所も追加しました。
Colonsay出発の日も車を頼んでいたのに来る時間が不明。フェリーに乗る時間が近づいたところでやっと来てくれました。待ちきれずに少し歩き始めた頃にやっと来てくれたのですが、待ち時間は2時間くらい。港に着いた時はすでにフェリーが到着していたので、慌てて向かうと、フェリーのスタッフらしき人が私の手を見て乗船票を取ってくれました。他の人は待合室で渡していたようです。もっと早く迎えに来てくれていたら、近くのカフェで追加の記念品を買おうと思っていたのに…この送迎の車がこの島の唯一の汚点でした。
Obanの宿はネットで予約できてはいたので、港からタクシーで向かいました。荷物を片付けて街中へ。宿を出て表を見るとすぐそばに前回泊った宿がすぐ近くにありました。なんとなく、知った街に思えてきました。

Obanの街中

Obanについては前回の”アーガイルと周辺の島々”で触れていて同じ内容になるので今回は省略いたします。しかし、街中をちょっとだけ訪問した所もあるので取り合えすご紹介しておきます。
McCraig's Tower
McCraig's TowerOban滞在中ほぼ毎回ここを訪ねています。宿近くの坂を上るので、Oban最終日に宿に戻る前に上りました。翌日の午前中でも良かったのですが、お天気がひどくなる予報があったので、この日の夕方に行くことにしました。前回の旅の後に買ったデジカメにパノラマ撮影の機能がついているのでここからのテラスからの撮影のためにあるようなものと思い訪れました。テラスに到着して気づいたのはライトの鉄柱が邪魔だということでした。テラスの真ん中で撮ることができず、それぞれの端に寄ってとりあえず撮ってきました(右写真)。お天気が良くないので見えているのはOban港とKerrera島までで、晴れた日にはその向こうにMull島が見えます。
Oban Museum
  正式にはOban War & Peace Museumで、第二次大戦終了後の50周年を記念して1995年に開館しました。それ以降、館は拡張を続け、戦時中の展示と同じ様にObanの豊富な文化的な歴史の展示を広げてきました。この博物館は完全に独立していて、気持ちよく迎えて町のことについては豊富な知識を持っている”警備員”のボランティア・チームによって運営されています。2011年にはボランティア全員が女王陛下に認められ、ボランティア活動に対しての女王の賞-ボランティア・グループに対するMBEを与えられました。
Oban War & Peace Museumは何年にもわたるObanとLornの多くの生活様相の記録や写真の興味深いコレクションを展示しています。また、展示物には湾がRAF Obanの飛行艇の基地だった第二次世界大戦中の場所が戦略的な場所であったことを示すものもあります。古いOban、フェリー、漁業と海事産業、鉄道の重要性、そして、McCraig's Towerに関する記事などを見ることができます。また、軍の勲章と記録の素晴らしい収集。そしておそらくスコットランドで最大の飛行艇モデルもあります。
入場無料、5月―10月は毎日10-18時、日曜日は10-16時、3月、4月、11月は毎日及び日曜に10-16時の開館。車椅子可。場所はツーリスト・インフォメーション(引っ越ししていました)がある北ふ頭を少し北に行ったRegent Hotelの隣です。
地図などでこの博物館を見つけたので訪れることに。以前は気づかなかった、と思ったらわりに新しい所でした。Obanを出発する日の午前中に時間があったので訪ねました。トランクを駅のコイン・ロッカーに預けたのですが、数日前と違いカギがちゃんとかかるようになっていたので、大雨だったこともありカメラのバッグも入れたのです。デジカメも入れてしまい、この博物館の写真は撮ってきていません。展示物をゆっくり見て回り、最後にビデオ上映をずっと見ていました(外が大雨だったので)。ビデオはLochgilpheadやKilmartin辺りのことも説明していて、役に立ちました。展示物も戦争に関連したものより昔の生活の様子が垣間見ることができたのがよかったです。無料のガイドシートと絵葉書を手にして支払いをしようとすると全部無料と。エッと思い、絵葉書を指したら、間違いに気づいてくれて万引き犯にならなくて済みました。いい感じの博物館でした。

DalmallyとLochawe

 前回行くことができなかったDalmallyと5分程度しか見ることができなかったSt.Conan's Kirkを訪れることにしました。
Glenochy Parish Church(Dalmally)
1390年以降に地元の名士が亡くなり埋葬された記録があります。1618年にGlenorchy(Glen Orchy,Glen Lochy, Glen Strae村?の総称)とInnishael(CladichとLochaweの総称)の教会が統一されました。1650年に分裂しましたが、1662年に再度統一されました。1809年に現在の教会の建物が造り始められ、1811年に完成しました。20世紀後半には牧師館を新しくし始め、2011年には教会の200周年を記念して多くの儀式が行われました。
<Dalmallyの名前の由来>
Màilidhの教会がある場所です。Dail(スコットランド・ゲール語)は’field’で、特に教会に関係する場合では古代ゲール語のdolからのものです。Màilidhはおそらく古代ゲール語の名前でしょう。Màilidhは祝福される聖なる男性の名前として多くの場所で現れます。
Obanから先ずDalmallyに向かいましたが、今回もCharchが目的と言わなかったため、定番の停留所であるホテル前で降ろされました。そこからそんなに遠くないことだけは以前に調べた時に知っていたので問題はなかったのです。ただ、幹線道路に出てどちらに進めばよかったのかまでは覚えていませんでした。Glenochy Parish Churchそこで、とりあえず東の方(バスの進行方向)へ向かってみたら、教会の尖塔らしきものが見えたので間違いないと。幹線道路からは外れてはいたのですが、そちらへ向かう道路も見つけ迷うことなく到着しました(教会手前のカフェの案内はありましたが)。
Inside of Glenochy Parish Church教会の全景(左写真)を見ただけで、感動しました。中にも入ることができ、小さいながらも見応えがしていました(右写真)。入口付近には200周年を記念したタペストリーや記念品も展示してありました。尖塔や2階に上がる扉やお手洗いが閉まっていたのはちょっと残念でしたが。絵葉書とガイドブックを買おうとしたのですが、小銭がなくて困りました(無人のため)。どうしても欲しかったので、一旦近くのカフェでお昼を取り小銭を作ってもう一度入りました。この間に、訪問者は私一人。到着した時におじさんが一人外観の写真を撮ろうとしていただけでした。
St.Conan's Kirk (Lochawe)
  St.Conan's Kirkこの教会の建築様式とデザインを変わっています。Ben Cruahanから砕石された御影石で1881年に造られ、礼拝をささげるために1930年までに大きく拡張されました。教会の中には、Robert The Bruce礼拝所にある骨のかけらはDunfermline大寺院のRobert The Bruceの墓からのものであると思われています。
<Aweの名前の由来>’water’を意味する古代ゲール語àbhからのものです。
前回、Kilchurn CastleからLochaweに戻りバスを待っている時に、バス停が違う所にあるのに気づいて向かい、そのすぐ手前にこの素敵な教会があることに気づきました。その時はほとんど時間がなくて、中をちょっとだけ見ただけでしたが、後でネットで調べるとLoch Awe側に出て、St.Conan's Kirk backsideそちら側も素晴らしいことを知り、再度訪れることにしたのです。
Dalmallyからは歩くしかないと思いひたすら歩いていました。途中、Dalmallyの駅で次の列車の時刻を調べたら、待ち時間が1時間以上あると分かり、歩き続けたのでした。しかし、列車と競争するものではありません。Lochawe手前で抜かれました。ただ、帰りのバスの時間までは十分にあったので、教会到着後、ゆっくり内外を見て回ることができました。表も素晴らしいのですが、裏(湖)側も素晴らしかったのです。Obanの宿の人と話していたら、裏側の一部はノートルダム寺院を模して造られたものだということでした。元は知りませんが、確かに印象的な造りです(右写真)。
Loch Awe from St.Conan's Kirkまた、裏に出てLoch Aweの眺めも楽しむことができます。Kilchurn Castleも遠くに見ることができます。
さすがに幹線道路沿いにあり、人気も高い教会とあって、人も結構いました。私以外は車で来ていました。バス停は向かいにボックスがあるもののこちらにはありません。しかし、道がここだけ広くなっているのでバスは止まってくれます。バスが見えた時、大きく手を振って止めてもらいました。往復切符で行き(Dalmally)と違う場所ですが、ここの方がObanに近いので問題ありませんでした。

Treshnish Isles & Staffa
 前回このツアーに申し込もうとしたら、2日もあったのにどちらの日も天気が悪すぎてキャンセルになっていました。今回は取り敢えず予約ができ、当日可能かどうかを予約デスクに確認することになっていました。ツアーは可能ということで出発しました。先ず、Mull島に渡り、そのあとミニバスでMull島の西海岸のUlva Ferry乗り場に向かいます。ここでこのツアーは私一人であることに気づきました。この間約55分、運転手のほかに関係者らしき女性が一人いたので、私は特に話すこともなく乗っていました。ツアーの船には家族連れが1組乗ってきて、船だけのツアーも予約できるらしいことを知りました。移動は自分たちの車だったようです。ボートツアーは約5時間40分程。Ulva Ferryに戻った後は行きと同じくミニバスとフェリーに乗り、Obanに戻ったのは20時過ぎ。今見返すと結構高額なツアーでしたが、Treshnish Islesに行きたいという積年の思いは果たせたと思います。ちなみにお天気は途中でかなり悪くなっていました。
Treshnish Isles
この魅力的な無人諸島には、パフィン(ツノメドリ)も含む何千羽の海鳥が巣を作っていて、それをじっと眺めることができます。海鳥-ウミガラス・ウミバト、オオハシウミガラス、ミツユビカモメ、フルマカモメ、ヨーロッパヒメウ、トウゾクカモメなど-には興味が注がれ、また興奮もします。オジロワシはここ数年定期的に現れます。Treshnish Islesを構成する多くの入り江や岩の間を船で通ると、コモンアザラシや灰色アザラシをすぐ近くで見ることができるでしょう。
Puffins on LungaDucthman's Hat(通称?、正式名?Bac Mòr)tと呼ばれている独特な形の島をMull島やTiree島(前回滞在)から見ていて何となく惹かれて行きたくなっていましたが、ボートツアーはそこでなくこの諸島の最大の島Lunga島に上陸することになっていました。上陸ポイントは足のサイズと同じ石の海岸で、バランスをとるのが難しく、一度しりもちをついてしまいました。他の人たち(他のボートツアーもいた))は身軽なのかスイスイと進んでいました。そして、崖の上に着くとそこにはパフィンの皆さん(右写真、ほんの一部)がたむろしていました。上陸時間は2時間ほどあるので、一通りパフィンの写真と動画を撮って、他の場所も見て回りました。Treshnish Isles(Dutchman's Hat-Bac Mòr & Lunga)この島には嘗て人が住んでいたのか住居跡らしき石積みが残っていました。また、南側(Dutchman's Hat)は丘で見えないものの、北側は諸島の北側の島々を見ることができました。と言っても、小さな島ばかりでしたが。左写真はボートの上から見たDutchman's Hat(左)とLunga島(右)です。この頃はまだ見えていたのですが、Lunga島を離れた後は次第にお天気が悪くなり、この諸島の影さえ見えなくなりました。
Staffa
  entrance of Fingal's Cave<名前の由来>’Pillar(柱)’の島と呼ばれています。Stafr(古代スカンディナビア語)は'staff(こん棒)','rod(棒)'または'pillar'、ey(古代スカンディナビア語)は島の意味です。これは明らかにMull島の西にあるこの小さい無人島に見られる玄武岩の柱状節理の島であることを指しています。
この島は地質学的に珍しい現象で、自然界の奇観の1つとされています。多くの階段に沿って進み、Fingal's Cave(フィンガルの洞窟)と呼ばれる自然の聖堂の中に入った時注意深く耳を傾けましょう。そうすると大西洋の永遠に続くの波にメンデルスゾーンの序曲の最初の数節が想像できませんか?--->私にはWolfstoneの”Fingal's Cave”の方が思い浮かびます。
StaffaTreshnish Islesから向かう時にお天気がひどくなって上陸できるか心配でしたが、こちらの島は船着き場があるので問題なく上陸していました。以前Iona島からのツアーでなんとFingal's Caveを見逃してしまい、ずっと悔やまれていたのです。今回やっとその無念を晴らしたのです。
左の写真はStaffaの南側の全景。雨で暗くなりぼやけてしまいわかりづらいですが、右の洞窟がFingal's Cave、中央の洞窟がBoat Cave、左側に隠れていますがMacKinnon' Caveという洞窟があります。更に非常に分かりにくいですが、Fingal's Caveの右に他のボートツアーの人達が並んで洞窟に向かっています。
inside of Fingal's CaveFingal's Caveは上陸後左に柱状節理の上を張ってあるチェーンに沿って進みます。潮だけでなく雨でも濡れていたので恐る恐るでしたが、滑りもせず無事に洞窟の入口へ。ツアー客がちょっといたため、皆で代わる代わる奥を覗き込んでいました。ずっと奥には危険なので行けないようになっていました。私はここで満足したし、お天気も良くなくて階段を上る気がしなかったので崖の上には行きませんでした(上では再びパフィンを見るだけ)。ボートに早めに戻ることにはなったのですが、様子を察して乗せてくれました。
右の上の写真はFingal's Caveの入口の様子(柱状節理がはっきり分かります)、右の下の写真がFingal's Caveの奥の様子。

柱状節理:玄武岩が固まる時に海水が入り込んで形成される現象の岩です。北アイルランドのGiant's Causewayが世界遺産にもなっていて有名です。スコットランドには他にSkye島のKilt Rockがあります。日本では兵庫県豊岡市の玄武洞(’玄武’岩の由来となった場所)、福井県坂井市の東尋坊、佐賀県唐津市の七ツ釜、長崎県平戸市生月島の塩俵断崖などで見ることができます。

Isle of Kerrera
ケレラ島/Isle of Kerrera
Kerrera島はObanの対岸に位置していて、南西風からの避難港があります。Obanから2マイル(約3.5㎞)のGallanachからフェリーで渡り、荒れた丘を横切っている良く踏み込まれた道を探り歩くことができます。島の北の端にあるDavid Hutchesonを記念するオベリスクはObanの町からも見えます。彼は蒸気機関船の会社の創立者で、会社は義理の息子David MacBrayneに引き継がれ、その名前で今日でもまだ運航をしています。
南へ向かう楽しいウォークはフェリー埠頭からLittle Horseshoe BayとDalright(またはKing's Field)を過ぎます。その場所でAlexander2世が1249年にHebrides諸島へ遠征する途中で亡くなりました。
南の端には細長い廃墟のGylen Castleが立っています。その城は16世紀にMacDougallsが塔を立て、1647年にCromwell軍のLeslie将軍によって焼き払われました。その時Lornのブローチがそこにあり火事で破壊されたと思われていましたが、19世紀初期に見つかりMacDougallsに返されました。帰りにはその道は南部と西部の海岸を進み、フェリー乗り場の戻ります。

<名前の由来>おそらく’copse island(雑木林の島)’で、’copse'はKjarbr(古代スカンディナビア語)、ey(古代スカンディナビア語)は'island'。
Isle of Kerrera from Gallanach
Obanの町から島の北部のオベリスクやクルーザーが係留されているマリーナがいつも見えています。また、Mull島やTiree島とColl島、Barra島とSouth Uist島に向かうフェリーからも北側や西側の海岸を見ることができます。右の写真はGallanachから見たKerrera島。
交通
Obanの南2マイル(約3.5㎞)にあるGallanachからフェリーで渡ります。徒歩または自転車のみで、車は不可です。車はGallanachに置くことができます(駐車場があるわけではありません)。切符は乗船後購入します。往復割引があるので行きに買っておきましょう。
10時半から18時まで30分ごとに往復しています(日曜日は運休)。所要時間は約5分。よって、船にはベンチはなく手すりがあるだけです。詳しい時刻表はObanのツーリスト・インフォメーションで手に入れることができます。
北側のマリーナへ直接渡ることはできません。おそらく個人の船で渡っていると思います。
Oban滞在は正味3日取っていて、そのうち2日は予定を決めていました。残りの1日はお天気次第で余分にとっていたのでした。しかし、最初の2日で予定を無事消化したので、最後の1日をどう過ごすか決めていませんでした。そこでツーリスト・インフォメーションへ行って色々見ている内に町の目の前にあるKerrera島に渡ることができるのが分かりました。時間と交通手段を聞いたら、資料を渡してくれ、フェリー乗り場まで2マイルと言われました。そこへ行くバスはなく車かタクシー、あるいは歩くしかないと。2マイルと聞いて最初は遠いと思いましたが、キロメートルに直すと3.2㎞(実際は3.5㎞らしい)で歩けない距離ではないので行くことにしました。道も迷うこともなく着きました。12:05のフェリーに乗る積りでしたが、その前の11:35に乗ることができました。
Gylen Castle
  GylenはClan MacDougallの首長に長らく所有されていて、現在はDunollie保護基金のMacDougallが所有しています。
城はおそらく16世紀のそのClanの首長であったDunollieのDuncan MacDougallによって建てられ、1582年に完成したといわれています。GylenはDuncanの要塞として知られるようになりました。後にはGylenの農場管理区から名前がとられました。またその名前はゲール語のCaisteal nan Geimhleanの派生ともされています。この地の自然の源泉に由来した’泉の城’の意味。現在Gylenでの所有の争いはカラスと鳩だけです。
Gylen Castle南側の外には1枚の壁が草に覆われた狭い庭に立っています。絶壁が境界になってからこのエリアでは非常に注意を払われています。
なぜ防衛の砦としてここにGylenが建てられたかわかりやすくなっています。急な崖に三方を囲まれていて、陸と海両方からを広く見張ることができます。晴れた日にはここからScarbra島の最高峰と共にJura島が見えるようにColonsay島や、その手前にはInsh島または’ヒツジの島’とGarvellach島または’海の島々’を見ることができます。その島々は聖ColumbaがIona島から退却するときに訪れたといわれています。
ここはHistoric Scotlandが管理しているので、城に関する説明書きが沢山ありました。上記の説明はその中から少しだけ抜粋したもので、この城のことを十分に伝えるものではありません。現地に行くかネットで調べるともっと多くのことが分かると思います。
城の中にも入ることができます。元は4階建てだったのですが、天井と床が抜けていて現在は1階と2階に足を踏み入れることができるだけです。右の写真ではその1階部分は隠れていて見えません。一旦下に下る階段を下りた後2階に上がることができます。
この城はKerrera島でも人気がある最大の観光スポットなので、多くの人が訪れていました。傍のカフェも満員に近くて繁盛していました。ほとんどの人はこの城を見て帰るようです。
 Gylen Castle Circuit
  概要:このウォークは島の南半分を回ります。ウォーク中には概要にある島々を眺めGylen城の廃墟をいい雰囲気で訪れます。
地形:ほとんどが沼地と草が生い茂った道ですが、城を訪れる道は湿っています。
距離:11㎞(6.75マイル)、勾配::275m、時間:3.5-4.5時間、沼地度:3
フェリーで島に上陸した時に島の南半分と北半分のルートを示す案内を見てお城に行ってみたいと南半分のコースをとることにしました。お城までは坂の上下はありますが、道も整備されているので何ら問題もありませんでした。時々サイクリング中の子供たちから抜かされたり、抜いたりして、所々にあるゲートを開け閉めながら進みました。そうやって、カフェでの昼食も含めてお城には1時間弱で着きました。お城の見学は(カフェからの)往来も含めて30分程。
Gylen Castle Circuit 1カフェから西へ向かう道に進むと、途端に人がいなくなりました。えっ!みんなここまで!? ちょっとだけ不安になりつつ、間違った道ではないと思いながら進みました。Ardmoreという所に1軒大きな家がありましたが、そこまでは車も通るので道はしっかりしていました。そしてその先のパスを進むと途端に山道になるのですが、前日の雨で小川状態(左写真)。しかしまだこのころは良かったのです。そのうち草ボウボウでしかも水たまりの道で、ここに多くの人がここに来ない訳が分かった気がしました。しかし、先人達は水たまりを避けるためにその脇の草地の間に歩いて獣道を作っていました。そんな時に前からジョギング中のおじさんがやってきて話しかけてきました。でも、すれ違う直前に(石に?)躓いて転びそうになって急いで立ち去っていきました。恥ずかしかった? 結局何を言われたのか全く分かりません。
Gylen Castle Circuit 2そしてやっとちゃんとした道(舗装はされていない)に出て、ホッとして適当な所で休憩しました(右写真は休憩した当たりの眺め)。その前からですが、後ろの方にカップルが1組歩いているのを確認していました。その後の登りで雨が降り始めたのでレインコートを着たりしていたらその2人に追い抜かされました。しばらくするとさらに3人組の若い男性にも追い抜かされました。この3人には全く気付かず、1人が”Hello”と声をかけながら追い抜いて行ったのです。しかし、そんな歩きでもフェリー乗り場に近づいた時は目標にしていたフェリーの時間にはかろうじて間に合いました。フェリーは遅れているのか、まだ対岸のGallanachを離れていませんし、私を追い抜いた5人もまだ乗り場で待っていました。ちょっとラッキーな感じでフェリー乗り場に着きました。

<参考>
Hutchison's Monument Circuit
概要:このウォークは島の北半分を回り、島の北端ではその眺めと共にオベリスクの記念碑を訪れます。
地形:時には沼地の道で、帰りには短いのですが湿った道がない所もあります。
距離:9㎞(5.5マイル)、勾配::190m、時間:3-4時間、沼地度:3
 フェリーに乗っている間に雨がさらにひどくなり、Gallanachに着いた後傘もさそうと思っていました。リュックから傘を出してさして歩き始めた時、例のカップルがObanまでなら乗っていくか?と言ってくれてありがたく乗せてもらいました。降りる場所を聞かれ、TESCOと言いました。確かにこのスーパーで買い物はしたかったのですが、何よりも駐車が使えるし、分かりやすい場所でもあったからです。おかげでObanに早く戻ることができ、ついでにMcCraig's Towerに上った後宿に戻りました。

  1. Oban War & Peace Museum(英語):Oban Museumのオフィシャルサイトです。
  2. Glenochy Parish Church(英語):Scotland's Churches TrustのサイトのGlenochy Parish Churchに関するページです。
  3. St Conan's Kirk(英語):Undiscovered ScotlandのSt Conan's Kirkに関するページです。
  4. Kerrera Feature Page(英語):Undiscovered ScotlandのKerrera島に関するページです。
  5. Gylen Castle circuit, Isle of Kerrera(英語):WalkhighlandsのKerrera島南半分のウォークに関するページです。