東下関駅(=停車場)(Higashi-Shimonosekieki)
長州鉄道の始点だった。「東駅」と通称されている。山電本社、電車の車庫がある。
昼間は、彦島口から来た電車(10分ごと)の半分は、東下関駅折り返しとなる。
従って、昼間は、幡生線は20分ごと運転である。

幡生線(東下関駅―幡生駅)
幡生線は、鉄道線(単線)だが、軌道線の車両が直通している。
それは、次のような歴史によるものである。

1914年 4月22日 長州鉄道/東下関―幡生―小串23.8km開業(単線、蒸気動力)
1925年 6月 1 日 長州鉄道/幡生―小串21.6km国有化(後の山陰本線)
1926年 3月     長州鉄道/東下関―幡生2.2km電化
1928年12月28日 山陽電軌が長州鉄道を合併
今は無き山陽電気軌道の軌道風景(1959〜1963年)
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東下関駅―1962-6-17
右に駅舎がある。左手奥に電車の車庫がある。
電車は、左がモ206、右がモ600形である。
左に山陽電軌のバス駐車場がある。

東下関駅―1962-6-17
プラットフォームから山の口方向を見たものである。
電車は幡生駅行きモ206である。

大坪八幡(=停留場)(Otsubohachiman)
この停留所は、1960年頃の開設である。台地上にある。

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大坪八幡―1962-6-17
左:東下関駅方向。
右:金比羅方向。前方で左に曲がると、山陽本線をまたぐ大坪跨線橋がある。

金比羅(=停車場)(Kompira)
大坪八幡がある台地を出ると、山陽本線をまたぐ。そこから坂を下ると、金比羅である。
朝夕の10分ごと運転の時は、ここで行き違いを行う。電車どうしで通票を交換する。
昼間の20分ごと運転の時は、行き違いは行わない。駅員が1人、配置され、電車の通票を交換する。
猛暑や酷寒時は、駅員は、大変だっただろう。

金比羅―1962-6-17
左:大坪八幡方向。  右:竹久方向。

武久(=停留場)(Takehisa)

武久―1962-6-17
左:金比羅方向。  右:幡生駅方向。

幡生駅(Hatabueki)
国鉄・幡生駅の裏側にある。近くに、山陽本線をくぐる地下道がある。

幡生駅―1962-6-17
左:彦島口行きモ205が停まっている。
右:終端側。

国鉄・幡生駅―1962-6-17
山陽本線から山陰本線が分岐する。

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