入院中に作ったオニの面。本人は大変気にいっていたようです
2001年 2月 体のあちこちが痛がったり、腰に激痛があったり、せきがとまらなかったりと、体調が悪くなっていく。
3月 外来でできる治療を望み症状は一応おさまった。
4月 無理だと思っていた修学旅行にも参加することができた。
5月 連休明けから足を引きずって歩くようになる。
1週間ごとに症状悪化。
18日 全く歩けなくなる。
28日 「最後まで、自分の力を試したい、まだわからへんやろ、もう一度歩きたい」と、入院、治療を受ける
6月3日 症状悪化 死亡
2000年3月に退院してからの1年間は私たち家族にとっても、とても幸せな時間でした。
翔希は自分がガンであることを知っていました。体の自由がきかず、たつこともできず、全く歩けなくなっても、不平、不満をいうことなく、泣き叫ぶこともない翔希でした。
いつも物事を前向きに受け入れていました。どんなにしんどくても『学校を1日休むとずーっと休んでしまいそうやから頑張って行く。みんなと一緒にいることで元気になるんや』そう言って、学校に通っていました。