KINGDAM


第1話


「なんとも月並みな展開だな」
 つまらなさそうな声で火村は席を立つ。
「殿下! お待ちください」
 引き止めてはみたものの。いつものことだと側近たちも半ばあきらめている。が、さすがに今はまずいとでも思ったのか、珍しくしつこく声が追ってくる。
 でも、火村は足を止めることない。全くのマイペースで扉へと向かっている。
 その自信に満ちた態度。 
 隣国との緊張感溢れる状況に皆が色めき立つ中にあって、この皇子だけは平常と変わらず悠然としていた。
 といって、それは戦局が見えていないからではなく、寧ろ逆だ。
 わかりすぎているためだと、誰もが知っている。

 英都皇国の火村。それはこの国の世継ぎの通り名。
 父も、またその父も、皇子であった頃はそう呼ばれてきた。
 建国以来、ずっと続くならわしの一つだ。
 今。その名前は畏怖の念を持って呼ばれている。
 千里眼の火村。
 いつ、誰が言い出したのかは知らないがその名は、この国の見えない砦となっている。
 領土的には、周囲のどの国よりも小さなこの国が未だかつてない強靭さをもって対外交渉に出ているのも、全てはこの皇子の存在ゆえ。
 そして、今にも綻びそうで綻ばない一発触発状態の隣国との微妙なバランスが保たれつづけているのも、偏にこの切れ者皇子が見えない抑止力となっているのは周知の事実。
 『たとえ第一線に姿がなくても、英都には火村がいるのだ。どんな策略が仕掛けられるかわからない』
 そんな思いが諸外国からの攻撃を抑えている。
 つまりはそれだけの実績を残してきたという事だ。
 ぶっきらぼうで、斜に構えたマイペースを突き進む皇子が多少どんな勝手な行動をしようとも、周囲が容認するのも無理はない。
 
 だからといって…決して皆、いい気分ではない。
 現に、この場の雰囲気ときたら最低極まりない。
 なんといっても火村の父、皇王の前での御膳会議だ。
 大国・夕陽国がついに攻撃を決意したとの極秘情報をうけてから続いていた何回目かの戦略会議。その場から火村が立ち去る事を黙って見逃すわけなはいかない。
 「皇子、どうか…お戻りを」
 先回りで扉に控えた大臣が、恭しく頭を下げる。
 父の側近、野上だ。
 深深と下げた頭から、上目遣いに見上げるその視線。
(忌々しい…)
 父を傀儡にしているその男を完璧に無視して、火村は振り向く。
「俺がいなくても…。陛下のやりたいようにおやりになればいい…。あなたの国なんだから…」
 投げ捨てた言葉はそのどちらにも向けられたもの。
「平和主義が聞いてあきれる…」
 思わず、拳に力がこもった。
 そう。火村の怒りはそこにある。国がどうなろうがそんな事は、知ったことではない。でもわざわざ自分からでっちあげた事件で火種を起こそうなんていう謀略は大嫌いだ。売られたケンカはいくらでも買う。でも、こちらからは売らない…、それが火村のモットーだったから。
「それは私も同じことだ…。でも、先に手を出したのはあちらさんだ…皇子」
 淡々と告げる声が玉座から聞こえる。
 そうせざるをえないよう、仕向けたくせに…。
 顔を見れば、声を聞けば…怒りは増すばかり。
 
 ぎしり…歯を食いしばる。
 「御随意に…」
 押し殺した声を置き土産に、野上の脇をする抜けようとした瞬間、ドンドンと慌しいノック音とともに伝令が飛び込んできた。
「何事だ?」
 色めき立つ室内に、伝令は声高に叫ぶ。
「夕陽国より宣戦布告。本日をもって友好条約を破棄する…とのペーパーがまいりました!」
「何!」

 それは、剣と魔法の支配するこの世界では、正式な宣戦布告。言霊を表記することよって告げるという最も厳格な形で大国は立ち上がったのだ。

 …遅かったか…。
 火村の心に激しい後悔がわきあがる。
 よもやその国を敵に回すことになろうとは……。
 あの聡明な王が挑発に乗るとは余程のことをやってのけたはずだ。
 自分が思っていた以上に、父はこの男に毒されている。
「ということですから…皇子。席にお着き下さい」
 勝ち誇ったような野上の声を聞きながら、火村は苛立つ。
 戦いで何がえられるというのか?
 名誉や富…? 
 そんなもの…平凡な日常に変わる幸福などありはしないのに…。
 
「始まった以上…帝国の民を守らなければなりません。あなたはこの国の世継ぎですから」
 皮肉たっぷりに返された言葉にちらりと冷たい視線を流し、火村は扉を開けた。
「皇子」
「……下弦の塔にいる」
 投げ捨てる火村の背後で、謀略に満ちた扉が閉まった。
 
 
 
第2話につづく




なんといいましょうか…。ファンタジーです。…どんな話になるのかは海のものとも山のものとも…。
でも、続けますのでよろしければお付き合いを。


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