KINGDAM
第2話
下弦の塔。 そこは、誰彼と出入りできるわけでない。導士とそれを目指すものの為の学びの塔。 ワードマスターの資格を持つ火村にとっては、自分の研究室が城のどの場所よりも長い時間を過ごす絶好の避難場所となっていた。 ふぅ…と葉タバコを燻らせ、流れ行く煙の先を追いかける。 窓の外。はらはらと落ちていく白。 「雪か」 歩み寄った窓際から、見渡す風景は穏やかそのもの。 昨日までと何一つ変わってはいないのに。 遥か先のどこかではすでに戦いが始まっている。 北の英都と南の夕陽。 何かと対極を成す隣国同士のここ百年ばかりなんとか保ってきた均衡はついに壊れた。いや、壊したのだ父が…。 「全く愚かな事をする…」 何故、好んで戦わなければならないのだろう。 平和を望んで、人は生きているのではないのか? 一国を負うとはその平和を守ることだと、自分に叩き込んだのは他ならぬ父であったはずだ。 あんな人ではなかったのに…。 全ては野上がこの国に現れてからだ。 野上が何をたてに父に取り入ったのかは知らない。母の危篤を理由に火村が旅先から呼び戻された時にはすっかり父は変わっていたのだ。 「いつか俺は、大罪を犯すかもしれんな…」 (親殺しの…) 母を見殺しにした時から、鬱積してきた思いがまた急に膨らんでいくのがわかる。 思わず握り締めた拳の中。 吸いかけの葉タバコが、ぎりっとちぎれた。 「おっと…」 苦虫を潰した火村の呟きとノックの音が重なる。 「どうぞ」 「失礼します」 振り向いた先に立つ森下は旅支度をしていた。下弦の塔に学ぶ彼は、フケイ共和国からの留学生だ。 「帰るのか?」 「はい。残念ながら…」 「…フケイは夕陽国についたわけか」 今、この国を発つということはそういう意味だろう。 「いえ…、あくまで中立を保つ為に両国に滞在しているものに帰国命令が出されました」 「なるほど。賢明な選択だな」 各地に配された学びの塔には、国も地域も関係なく学びたいものが集う。 塔にいる限りは国も人種も関係ない。もちろん、権力や地位もだ。交戦中の国同士の者であってもそこでは中立。それ程にある意味、権力を持った存在。それが「塔」だ。 火村自身も学ぶ立場であった頃には、夕陽国の上弦の塔にもフケイ共和国の新月の塔にも滞在したことはある。一国の皇子としてではなく、一人の人間として対等に学ぶ喜びがそこにはあった。 夕陽国と戦うと言う事はつまり、その仲間の誰かを確実に敵に回しているだろう。 共に学んだ仲間達の中には、既に「塔」を出て今はそれぞれの国で活躍する立場になっている者も多いはずだから。 「新月に行くのか?」 そこには今、鮫島がいるはずだ。 入れ違いで学んだ時期は異なるが切れ者だと評判の高い存在だった。 「いえ、とりあえずは家に戻ります。いい機会ですからたまには親の顔を見てきます」 「そうか。気をつけて」 「ありがとうございます。でも、先生。すぐに戻ってこれますよね? この戦いは…長期化しませんよね?」 「さぁ…。そうあって欲しいがな」 「えっ、でも火村先生が動けば、たちどころに局面は変わるだろうからと、みんな言ってますよ。それを承知で戦いを挑むなんて夕陽国も無謀だと…」 「…憶測で物事は計れるものではない。不用意な言葉は無意味な火種になると、習ってこなかったか…それとも、何か根拠があっての言い分か?」 手の中のちぎれたタバコが粉々に散っていく。 言葉に滲む怒りに驚いて森下は言葉を濁す。 「…いえ、別に…では、私はこれで」 感情的になりすぎたか、と火村も一呼吸おいてうなづいた。 「あぁ。道中くれぐれも気をつけなさい」 「はい。先生もお気をつけて」 深深と礼をして、森下は踵を返す。 バタン… 一人残った部屋で、思いを巡らせる。 「さて、どうする」 それは戦いに対してではない。自分に対しての問いかけだ。 確かに森下のいう通り、今、ここで自分が動けば、戦局は変わるだろう。 しかし、それでは自分はあの父を、父の背後のあの男を肯定することになる。 「…夕陽国…か」 本当に誰があの国を率いているのだろう。 再び思い巡らせる仲間達の顔。 江神か、赤星か…。 …それとも…。 否定はしてみても。 決して…戦いたくはない面影が浮かんでは消え…。 火村は唇を噛み締めた。 |
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ま、まずいっ。もう既に、当初の思惑からずれてきてるぞ…。と、あせりつつ、次回は、急展開になるはずなのです。
……ふっふっふ…これからさ。