第16話 カウントダウン・その2
「では、予定通りでいいですね」
先生がにこにこと告げる。
「はい。よろしくお願いします」
深々と頭を下げる俺につられるように、ベッドに腰をかけたアリスも頷いている。
それはもう何度も二人で話しあったことだから。
この子達は明日この世に生を受ける。
なんて…断言するのはおかしいと思われるかもしれない。しかし、妊娠までは奇跡が起きても産道のないアリスにとって自然分娩はさすがに不可能だったから、いつ帝王切開をするかは先生の助言受けながら二人で相談してきた。
そして、選んだ日は最初に言われた予定日通り、2000年1月1日。
日が日でもあるし病院側が無理だと言えば…とも思ったが、極秘プロジェクトだから寧ろ病院に人の居ない日の方がいいから、と褒めてもらい問題なくこの日を選んだのだ。
「大丈夫ですよ。子供達も順調、有栖川さんも元気。問題なし! 今晩もしっかりと眠って明日に備えて下さい」
「はい。がんばります」
力強くアリスと、そして俺とも握手を交わして、先生は病室を出て行った。
「そしたら、私もいろいろ家に戻っておきますね。明日また来るから…十時やったわね。それまでに何か要るものとか思い出したらすぐに連絡入れてね。そしたら、火村君、よろしくね」
続いてお義母さんもマンションへと戻り、部屋には俺達二人きりになった。
窓の外、急速に空が色を変え、今年最後の陽を落としていく。
「…いつもやったら今頃、年越し蕎麦食べに行ってる頃かな」
カーテンを閉めようとした俺にアリスが尋ねる。
「そうだな。食いたいか? 蕎麦」
「いや…別にそういうわけやないよ。ただ…不思議やなって思って。去年の今頃…こんな年の暮れを迎えるなんて思ってもみんかった。…まさか、ここに火村の子がおるなんて全く予想外の出来事やん。こんな大晦日、二度と経験出来へんやろうな、とか色々思ってみたり…」
布団の上から、ふわり…もう満ちたお腹をアリスはさすっている。
「本当だな」
その上にそっと手を重ねてみる。二人で撫でる腹の下からはぽんぽんとまるで返事をするように蹴飛ばす元気もの達。
ここに…俺達の子供が生きている。
「ありがとう、アリス」
もう幾度言ったかわからない言葉がまた零れ落ちる。
「何言うてんねん。礼を言うのは俺の方やって言ってるやろ…。俺、ほんまに嬉しかったんやで。この子達がここに居てくれて。ありがとうな、火村」
それもまた繰り返されて来た会話だ。
「…来年は四人の大晦日なんだな」
「うん。きっと色んなことが起こる一年になるで」
「そうだな」
「がんばってな、火村」
「お前もだ、アリス。お前一人に大変な思いをさせて悪いが、まずは明日。頑張れよ」
ぎゅっ…力を込めて握る手をアリスも強く握り返してくれる。
「もちろんや。でも、火村、傍におってな」
「当たり前だろ」
離れたりしない。
その瞬間をこの目に刻んみ込んでおきたい。
アリスの愛を全て受け止めたいから。
そして、いつか…この子達が判るようになったらたくさん語ってやりたいから。
「絶対に、離れないから」
「うん。俺もずっと傍に居る」
そっと口付けを交わした後、アリスをベッドに横たわらせて、俺はベッドサイドに座る。
思い出しては語りながら過ぎていく時間。
でもやがて、どこからか微かに除夜の鐘が鳴り始めた部屋に穏やかな寝息が響いている。
そして…2000年。
その記念すべき夜明けを俺達は病院の一室で迎えた。
どちらからともなく目覚めて、新しい年を祝いあい…そして……。
「いよいよ、だな」
「うん」
予定時刻まで後五時間ほど。
「緊張してるか?」
「…そりゃあな…。でも、大丈夫、火村が一緒やもん!」
母は強し!
悠然と構えたアリスにはそんな貫禄めいたものが見え始めている。
俺も負けてはいられない。
…君達との出会いまでのカウントダウン。
緊張以上にわくわくしてるよ、とっても!
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