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「あ、ちょっと待った」
突然にアリスが立ち止まる。
「何?」
「ん、いいから…ちょっとだけ待ってて」
「どこか寄るなら一緒に…」
「いいって。頼む。10分、いや5分でいいから」
目の前で拝み倒され火村は訳のわからないまま頷いた。
「ありがと、そしたら…」
脱兎のごとく駆け出したアリスが雑踏を縫っていく。
その後ろ姿を追いかけたい衝動を抑えて、火村はキャメルを口にする。
……5分か…
ちらりと時計をみようとして視線を落とした左手首。
「…あれ?」
当然のものがない…?
「おっと、健忘症になるにはまだ早いな」
電池切れで狂いだしたのに気づいて、腕になくても変わりになるものはあるからいいやと家においたまま出たんだった。
と言う事で取り出したのは携帯電話。電車の中で切ったまま入れてなかった電源をオンにする。もう直ぐ一年になろうかとしているのにまだあまり機能しているとは思えない代物だ。
まぁ、この番号を知っている相手が超限定だから当然といえば当然。別名は専用回線。ホットラインとでもいったところか。自宅の電話もこれといってかわりはとないのだけど。
待つ時間というのは、意外と長い。
秒針がないデジタル画面だから余計にそう感じるのかもしれない。
心の中で数えてみる。1.2.3…。目ではただ、通り過ぎる人々を追う。さすがにGWだけあって親子連れや、恋人達が多いようだ。それぞれに楽しい時間を過ごしてきたのだろう。
「…55.56.57.58.59.60…まだか…」
変わらない時間は結局80で動いた。
アリスといるとあっという間なのになぁ。
ちょっとした無駄話で、一分なんて過ぎてしまう。
キスするだけで、一分なんて過ぎてしまう。
少しでも触れ合ったら、一分なんて問題外だ。
少しでも長く、少しでも深く…少しでも多く…知りたくて、暴きたくて、伝えたくて夢中になったら時間なんて感じる暇もない。
そういえば…。
もう一度、もう一度見つめた画面には5/6の文字。
「なるほど。それで…か」
互いの予定があって世間とは少しずれた、今日明日の2日間が二人の今年の黄金週間(GW)になった。『悪いな』と電話をしたら『連休からずれるけど、丁度いいやん』と声を弾ませていたアリスの言葉が、やけに謎めいていたけれど。
何年になるのだろう?
大学2回生の明日、自分達は出会うのだ。
…あの日から。
アリスと出会ってからの時間は長いような、短いような…。
色々と紆余曲折をへて、今の関係になるまで…多くのことがあったような、なかったような…。
「ま、とにもかくにも、お前がいなくちゃ面白くないよな。俺の時間は…」
ちょうど。
「お待たせ!」
息を切らして、駆け戻ってきたアリスに、火村は優しく微笑む。
「5分と27秒…まぁまぁだな」
「ごめん。ちょっとレジで待たされて…って…どうしたん、火村?」
「いいや、別に。何か変か?」
「変やないけど、やけに嬉しそうやから…何かいい事あった?」
「別に…」
お前が居るから…とは、口に出しては言わない。
でも、アリスの事を考えるだけで、こんなに幸せ゜な気分になれる自分がなんだか単純で笑える…と思ってしまう火村だったりする。
「そういうアリスもなんだか、ご機嫌だな」
「そうか?」
「一体、何してきたんだ? 5分27秒も俺を置いて…」
「それは後でのお楽しみー」
「何だそりゃ?」
「いいやん、時間はまだまだあるんだから」
「ま、そうだな。よし、帰るか」
「うん」
一緒にいる時間。
その幸せを…噛み締めながら二人は、家路を急いだ。
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