君と刻む時間

「あぁ、気持ちよかった」
 風呂上がり。ほこほこ湯気を立てながら近づいてきたアリスは、当然の如く火村の隣にすとんと座る。
「早かったな、ちゃんと洗ってきたのか?」
「うん、ピカピカやで」
「‥びちゃびちゃだけどな」
 まるで小学生を前にした親子の会話のようだと苦笑しつつ、火村は自分の首にかけていたタオルでアリスの髪をくしゃくしゃと拭いてやる。
「すぐ乾くって」といいつつも、されるがままに任せて、アリスは満足な顔を見せている。
 火村といると色々と気持ちいい時間はあるけれど、こういう時も好きやなぁ…なんて、ささやかな幸せを実感して、自然に笑みが零れてしまう。
 そんな様子を見て取って、火村はさり気なく尋ねてみる。
「なぁ‥、さっき何を取りにいったんだ?」
 帰り道に聞こうとしたら、するっとかわしてアリスは話題を変えてしまった。どうせ一緒に過ごす時間に種明かしはあるのだろう、と今まで我慢していたのだが。どうもアリスからはそんな話題が出そうに無いから。
「うーん、もうちょっと内緒」
「何だそりゃ?」
「だって…もうちょっとなんやもん」 
 ますますもって謎な言葉に、タオルごと頭を掴んで手を止め、覗き込んだ。
「アリス?」
「何? 気になるん?」
 火村のこんな顔初めてかも…なんて内心驚きつつそっけなく言い返す。
「当たり前だろ」
 ちょっと口を尖らせて、怒ったような、不安なような、それでいて困ったような…。そんな火村は何だか可愛い。いつもと違って、ちょっと自分がリードしているようなこの優越感もいいなぁ、とついにアリスは笑い出した。
「何だよ。笑うな」
「だって」
 くすくすくすくす…。
 笑えば笑うほど火村はムキになって問いただすけど、それが却ってアリスを助長させているみたいで…。
 言え、言わないの応酬の中で、もつれ合って倒れこんだソファの上。
「あぁ、もう。そんな口は塞いでやるっ!」
「えっ…あんっ…!」 
 まだ笑い続けるアリスに火村はついに実力行使。
 唇の端から這わされたキスをさほど抗う様子も見せずアリスは受け入れる。
 だって…もとより、今日は拒むつもりなんてなかったから。
 こんな日を一緒に過ごせるなんて…こんな幸せな事はない…。
 といっても。
 まさか、あの日。こうして二人、時を重ねて。愛を重ねているなんて予想はしなかったけど。
 でも、それは当然の成り行きだったし…。
 走馬灯のように駆け抜ける歳月。
 数え切れない程の甘い時間を積み重ねてきた自分達の歴史。
 その余りある幸福な時間の中で、こんなキスを一体何回しただろう?
 全てを思い出せないのが悔しいけれど、でも、それほどにいつもいつも、新しい記憶が過去に勝っていく。…それほどに、火村が愛しい。
 今、この瞬間もまた新しい記憶に重なっていく。
 
 長いキスのあと、さっきより優しい瞳で火村が尋ねた。
「まだ、ダメか?」
「どうしても知りたい?」
「そりゃ、もちろん」
 秘密にされればされるほど聞きたくなるのは人間の道理。
 増してや恋人の秘密なんてのは聞きづてならない事なわけで。無理やりにも暴きたいと思っておかしくない。
「じゃあ、ちょっと待ってて‥」
 するりと腕をすり抜けるとアリスは袋を持って帰ってくる。
「目、瞑ってて」
「あぁ」
 冷たい感触がしたのは、左の手首。
「時計?」
 思わず呟いた火村に「正解」とアリスは素早くキスをする。
「…いいよ、目開けて…」
「あぁ…でも、どうして?」
「調子悪いって言ってたやろ。だから、ちょうどいいなって思って」
「あぁ、ぴったりだ」
 金の調節具合がちょうどフィットしている。確かめられた憶えはないが、自分がアリスをわかるようにアリスもきっと自分のことをたくさん知っているのだろう。でも、アリスは否定した。
「あ、それ違う」
「違う?」
「うん、今火村が言ったのはぴったりしたサイズだってことやろ、俺の意味はそうやないの。今日から使うって事がちょうどいいの」
「今日?」
「そ、日、変わったやろ」
 ちらりと移った視線が壁の時計を見る。
「…五月七日…か」
「うん」
 それが何の日なのかなんて確認しなくても、お互いにわかっている。
 自分達にとって大事な記念日の一つであるという事は。
「火村の時間…いっぱい…おれにちょうだい」
 そっと手首に寄せられた唇が告げた。
「あぁ、もちろん」
「また、今日から刻んでいくんや。これで…、一緒の時間を…」
「アリス…」
  かけがえのない宝物を包み込むように、火村はふわりとアリスを抱き締め囁く。
「…ずっと二人で刻んで行こう。俺たちの時が止まるまで」
 でも、そんな言葉にアリスはまたまた笑い出す。
「…火村って…意外とキザやなぁ」
「うるさい! せっかく人が真面目に言ってやってんのに」
 ぶち壊しな事を言うアリスに火村はがくっと溜息をついた。
「ごめん、ごめん…。でも、とりあえず…今を刻んで…俺に…」
 すぐに真顔に戻ったアリスの強烈なお誘いに、火村は一瞬で機嫌を戻したのだった。

 
ということで、記念日話の続きでした。
…この続き…は皆様のご想像の通り…(笑)
そんなん許さんって方は、問い合わせてやって下さいませ。何かが出るかも…です。(笑)
ではでは、お目汚しでした。            Moon Notes 月城実紅

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