恋人達の夜
「…微妙やなぁ」
 テレビの前。アリスがぶつぶつと呟いている。
 風呂上りの俺は一口飲んだだけのビールをその額に軽くあててやった。と…、ようやく俺の存在を思い出したらしい。
「うわっ…つめたっ! 驚かすなや」」
 振り向いてきっと睨まれた。
 もちろん、ポーズだけで次の瞬間には、ほんわかと笑顔でその缶を受けとっている。
「何が微妙って?」
「ん、明日な、夕方から所によっては雨っていうてるからさ…」
「明日? なんかあったか?」
 鸚鵡返しに尋ねた俺を見る目が今度は呆れたモードに変わっている。
「ひーむーら…。……まぁな、君が俗世間の慣わしに何の興味もないってのはわかってることやけどな…。でも、君、仮にも天文学に憧れた頃ってのがあるんやろ」
「……あぁ、七夕か…」
「そうそう。だから、俺がわざわざ笹持って来たんやないか」
 ほらっ…と指差したのは窓の外、ゆらゆらしている影だ。
 留守中に訪れた室内では絶対に猫達の遊び道具にされてしまう、と危険を顧みず(本人曰く…だ)くくりつけたらしい。
「火村もあとで、何か書いてな。短冊も用意してきたから、あ、おいしい…はい」
 ごくんと一口、ビールを含んで、さっきの缶が戻ってきた。
「いいよ。そんなもん」
「そんなもんって…。夢がない奴…」
「別にそういうんじゃないさ」
 一口飲んでは相手に渡す缶がマイクのように、持った方が話しているのがなんだか笑える。
「昔から興味なかった、とか言うんやろ、どうせ」
 ほらっと、押し付けるように戻ってきた缶。
「違うよ。子どもの頃はそれなりに俺も何か書いたりしたぜ。でも、もう大人すぎるほど大人だからな」
「何やねん、俺がガキやとでもいいたそうやな」
「ばーか、拗ねるなよ。迷惑なのはどっちかよく考えてみろ」
 口元にビールを持っていったその手がはたと止まった。
「迷惑?」
 ぱちぱちと瞬きするクエスチョンマークがたくさん飛びまわっているのが見える。
 その手からビールを取り上げ発言権を譲り受けた。
「そうじゃねぇか。考えてみろよ。牽牛と淑女ってのは一年に一回しか逢えないって恋人同士なんだろ…。そんな奴等の貴重な逢瀬なんだぜ。赤の他人の願いごとなんて、構ってられると思うか?二人きりにしてやる方がよっぽど親切ってことだろ」 
 一秒、二秒。まじまじと俺を見つめて、アリスは感心したように頷いた。
「……なるほど、そういう考え方もあるんやなぁ」
「俺なら、たまにしか逢えない恋人を前に我慢なんか出来ないしな」
 言うや否や、奪い取ったアリスの唇。
 いつもながら、柔らかくて甘い。
 俺の大好きな唇。
「ん…んんっ……」
 突然のことに、しばし停止していたアリスがぽかぽかと胸元に抗議のサインを送ってくるけれど、そんなもの無駄。
 だって、俺達自身が、本当に久々に逢う恋人だったのだから。
 味わいたい。全てを…そう思うのは当たり前だろう。
 アリスだって本気で抵抗しているわけではない。
 その証拠に、ほら…さっきまで俺を叩いていた拳はもうシャツを握り締め縋りついてくい。
 それだけじゃない。求めるように絡まってくる舌が…熱い。
 溶かし、溶かされ…。
  
 いつしかそろりと缶を置いて、俺は両手でアリスを力いっぱい抱き締める。
「あん…んんっ…」
 息継ぎの合間に洩れた吐息ごと、もつれこむように倒れこんだ畳の上。
 ようやく離れた唇が糸を引いている。
「……火…村…」
 潤んだ瞳。
 擦れた声。
 それは俺も同じ事。
「愛してるよ。……なぁ…俺の願い事…叶えられるのは、お前だけなんだぜ…アリス…わかるだろ」
 伝わるはずだ。
 触れ合うだけで。
 こんなにも滾る想いの全て。 
「…うん…」
 答えるように…背に回された手がぎゅっと俺を抱きしめた。
ここまでは、2000年に「雪うさぎ」の管理人様の白澤雪乃様とご一緒に企画した『七夕企画』に載っておりました。それに、続きを加えたものを2000年の冬コミの際発行した『anniversary』って本に収録させていただきました。お蔭様で完売しておりますので、続きも載せて、2001年晴天の七夕の日にupしたいと思います。




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